01 気になる人と絡み合う視線
同じ場所に居ると、何故か視線が合う。
彼女がいることを知らなかったにも関わらず、俺の視界に入って、目が離せなく。
俺の視線に気づくからか、それとも俺が彼女の視線に気づくからなのか、視線が絡む。
俺は勇気を出して、彼女が一人で飲み物を飲んでいる時に近寄って、話しかける決心をした。
「時々お会いするけれど、あなたの名前を知りません。教えていただいてもいいですか?」
彼女は視線を俺に合わせて「私のこと、覚えてらっしゃらないんですか?」と数度瞬きをしてその視線に怒りを乗せて視線を伏せた。
明るいブラウンの髪に、氷桜色の瞳に、くすみのない白い肌に、俺の片手で掴めてしまう程小さな頭。
背が高く、俺の肩下あたりまである。
俺の身長が百九十cmあるから、女性にしてはかなり高いほうだろう。
身長の高さだけで男性に敬遠されてしまうタイプかも知れない。
背は高いのに肉付きの薄い体で、凹凸は余りあるように思えなかった。
「わたくしはあなたのことをよく覚えているわ。バーンノークス・アルバンチーノ侯爵様」
なんだろう、俺の名前を呼ばれただけなのに背中がゾワゾワとした。
「私はなぜ、あなたを忘れてしまったのでしょう?」
「アルバンチーノ様が私を嫌いだからではないでしょうか?」
「私があなたを嫌い?」
「ええ。はっきりと嫌いだと言われたことがあります。それからお会いすることはなくなりましたので」
「それは申し訳ないことを言いました。私が覚えていないことを教えてもらってもいいですか?」
「アルバンチーノ前侯爵様にノーアヘルベルトが、お元気にしていらっしゃいますか?とお聞きしていたとお伝え下さい」
「ノーアヘルベルト・・・辺境伯のご令嬢ですか・・・?」
彼女は何も答えず、私に視線を合わせて、フイと視線を外して、それ以後俺に何の興味も持っていなかった。
俺は屋敷に戻り、父にノーアヘルベルトの娘を知っているか?と聞くと、父は大笑いをして「話したのか?」と聞いてきた。
「ノーアヘルベルト辺境伯には四人の娘がいる。お前が深く関わったのは四番目の娘、シールハウス嬢だった」
名前を聞いても、俺の心には何も引っかからなかった。
「シールハウス嬢ですか・・・?」
「初めて会った時は確かお前が七歳だったか・・・三つ下でお前よりも背の大きい女の子だった。お前はシールハウス嬢と同じ年だと思ったらしくて、自分のできることはシールハウス嬢も出来ると思っていた。けれど当時まだ四歳のシールハウス嬢にはお前と同じようには遊べなかった。その年はそれで済んだんだが、翌年、シールハウス嬢が自分より三つも年下だということを知って、自分より背が高くなっていたシールハウス嬢に『女のくせにデカすぎるんだよ!!お前なんかきらいだっ!』と走って逃げてから、一度として関わろうとはしなかったんだ。子供の頃は標準より小さかったからなぁ・・・お前」
「全く記憶にありません・・・」
「彼女はなんて?」
「俺のことは覚えていて、俺が彼女を嫌いだったから覚えていないのだろうと・・・」
「まぁ、それで正解なんじゃないか?」
「・・・・・・」
それからも、色々な場所でシールハウス嬢に出会った。
話しかけようとしても、逃げられてしまって、話しかけるきっかけを失っていた。
俺は正面からぶつかるだけでは、彼女と話せないことを嫌というほど理解したので、ノーアヘルベルト辺境伯の家へと直接出向くことにした。
父に聞くと、父同士は学生時代からの友人で、久しぶりだからといって、父まで一緒について来ると言い出した。
父が訪問するのにくっついていくという体裁なら、歓迎してもらえるかもしれないと気がついて、父から先触れを出してもらい、俺もそれにくっついていくことになった。
ノーアヘルベルト辺境伯に着くと、四人の娘と、二人の息子、シールハウス嬢以外は結婚されていて、その連れ合いと辺境伯夫妻が出迎えてくれた。
家族全員、背が高いことには少し驚いた。
その分、配偶者が低いので、高低差がすごく激しかった。
父達の挨拶が済むのを待ち、俺も挨拶をする。
ノーアヘルベルトの子供達全員のことは覚えていなかったが、息子たちのことは覚えていた。
息子たちと、子供の頃のことで話が盛り上がり、女性陣は席を外していった。
「私は子供の頃にシールハウス嬢に対して失敗してしまったようで・・・」
と話すと兄の方が「シールの初恋はバーンだったからね。それはショックが大きくて、翌年から、シールだけはアルバンチーノ家へは行かなくなってなってしまったからね。未だに引きずっているとは思わなかったよ」
「兄さん、仕方ないよシールはそれからも背が高いことで男の子達に虐められていたからね。それに、背が高すぎて・・・というか、ちょっと卑屈になりすぎて、結婚相手も見つけられないからね」
「シールを望んだのは、ブルガルセ伯爵令息だけだったよね」
「ブルガルセ伯爵令息・・・」
「自分が背が低いから、背の高い嫁をもらったら、子供は大きくなるかもしれないから結婚しようとプロポーズしてきたんだ」
「あの時も荒れたよなぁ・・・」
「あれはあれでおかしなプロポーズではなかったよな?」
「そうだな。真っ当なプロポーズだった。シールが気にしすぎなんだよ」
「普通に結婚の申込みをしてくれたら、結婚していただろうに、シールは頑なになっちゃって、もう結婚はしません!!って泣いていたよな・・・」
「あれは少しだけ笑えた・・・」
兄弟って酷いな〜って思いながら、聞いてみた。
「もしかして私はシールハウス嬢の最初の心の傷を付けた相手と言うことですか?」
「そうなる・・・かな?それ以前にも色々言われ始めてた頃だったから、一番ってこともないかも?!」
二人の兄の軽い返事に私は先行きは明るくないと感じた。
「シールハウス嬢に謝りたいのですが・・・」
「古傷えぐるだけだからもう、関わらないほうがいいんじゃないかな?」
「私は嫌われているということでしょうか?」
「それはどうだろう?シールじゃないから、シールの気持ちは解らないよ」
「是非、会って話をさせてください!!」
「声は掛けてみるけど、話す気になるかは解らないよ」
「お願いします」
それから三十分は待たされただろうか、不機嫌な顔をした、シールハウス嬢が現れた。
俺は「まず謝らせて欲しい、子供の頃の頃とは言え、シールハウス嬢を傷つけてしまって本当に申し訳なかった。あなたは、私にとってとても美しいと思う」
顔を朱に染め「ふざけるのは止めてください!!」と怒って答えた。
「ふざけてなんかいないよ!!どこに居ても、君がいるところでは、君に目を惹かれて仕方ないんだ。美しい立ち姿に、心が揺さぶられてしまうんだ。あなたを傷つけた私が何を言っているんだと思われるかも知れないが、シールハウス嬢とお付き合いをしたい!!」
真っ赤な顔のシールハウス嬢の反応は悪いものではなかったのに、彼女は急に立ち上がり「馬鹿っ!!」と言って部屋から出て行ってしまった。
突然のことで、私は呆然として、間抜けにもただ、その場に座っているしかできなかった。
夕食の席に私から一番遠い席に座り、シールハウス嬢は私のことを居ないものとして扱った。
私は夕食後がっかりして、肩を落としていると、父が「婚約の申込みをしてやろう」と言ってくれた。
人生で父にこんなに感謝したことはないほど感謝して、父に「ぜひお願いします」と頼み込んだ。
翌日父親同士で話が進められ、辺境伯がシールハウス嬢に意向を確認してくれた。
その返答は一日経っても、二日経っても返答はなく、明日、帰らなければならなくて、私は焦っていた。
シールハウス嬢を窓の外に見かけたので、彼女を求めて、私も外へと追いかけた。
「シールハウス嬢!!話をさせてくれないか?!」
私が来た方向とは反対方向へ走って逃げるので、つい追い掛けてしまった。
彼女の手首をつかんで、立ち止まらせ、触れたことに謝罪した。
「逃げ出すほど嫌なら、断ってくれてかまわないんだ。私はシールハウス嬢が好きだと思うが、その思いが通じなくても仕方ないと思っている」
シールハウス嬢の視線が私と合い、走ったせいなのか、私を意識しているからなのか、頬を染めて彼女が口を開くのを待った。
「わたくしはっ・・・!!」
それっきり、何も言わないシールハウス嬢に、俺はこれは振られたな。と理解した。
「シールハウス嬢、申し訳ない。あなたに嫌な思いをさせたかったわけじゃないんだ。本当にすまない。私は子供の頃からあなたを傷つけることばかりしてしまうようだ。傷つけようと思ってしたことではないとはいえ、全て私が悪い。許さなくていい。もう、声を掛けたりしないから。婚約の申込みも取り下げるから」
シールハウス嬢はハッとして私に視線を合わせてくれたので「本当に申し訳ない」と目礼して背を向けた。
その日の内に、父に婚約申込みの撤回をしてもらって、シールハウス嬢との関係はこれで切れてしまった。
最後の夕食を皆で楽しく話しながらも、シールハウス嬢とは視線が合うことはなかった。
その日はお開きになり、翌早朝、朝食を頂いて、ノーアヘルベルト辺境伯の皆さんと別れを告げ、馬車は走り出した。
屋敷に戻り、シールハウス嬢の笑顔だけは見られなかったなと思いながら、子供の頃にしたことが大人になっても引きずることもあるのだと知り、これから気をつけようと自分を戒めた。
シールハウス嬢が出席する夜会は大体把握出来ていたので、その夜会には欠席することにして、シールハウス嬢と会わないまま半年が過ぎた。
父親に私もそろそろ二十二歳になるので、いい加減結婚相手を決めるように言われたが、心に浮かぶ相手が居なかったので「誰でもいいので、適当に相手を決めてください。その人と結婚します」と答えた。
「本当にいいんだな」
確認を取られ「構いません」と投げやりに答えた。
父が私の婚姻相手を、広く声がけするようになって、五〜六人の見知った女性から申し込みがあった。
「誰を選ぶ?」と聞かれて「家にとって都合の良い人ならどなたでも構いません。おまかせします」
父は憮然としていたが、シールハウス嬢にまだ心を残している俺は、他の誰かを選ぶことは出来なかった。
次話12日19時UP予定です