序之五
家康は目を覚ました。
瞼は、自然と開いていた。
目の前は真っ暗であった。
深い闇の中で、心臓がばく、ばく、ばく、と、激しい音を立てる。
冷や汗をかき、寝覚めは良くなかった。
しかし、頭はいつになくはっきりとしていた。
布団を剥ぎながらゆっくりと上体を起こすと、闇夜の中で目だけをぐるりと動かし、家康は視界の悪い周囲を見渡した。
ここは……二条城の寝所の一室である。
頭はぐらぐらと振蕩している。意識は朦朧とし、少し吐き気があった。
……が、特に何をするでもなく、その吐き気はすぐに収まった。
神経が徐々に回復してゆくのを感じ取る。霧が晴れていくかのように脳内が鮮明になり始めると、同時に家康は、今までの記憶をすばやく辿った。
二日前────豊臣秀頼が上洛し、この二条城内にある御成の間で、徳川家康と謁見した。
亡き太閤の忘れ形見は、家康の予想を大きく裏切り、立派な偉丈夫となっていた。
天下人の素質を十二分に感じさせる、悠揚迫らぬ物腰とその所作、堂々たる立ち居振る舞いは、家康だけでなく周囲の者達をも、大いに驚かせていた。
家康の脳裏に、未だ記憶に新しい秀頼の姿がはっきりと映し出される。
闇夜の中でじっくりと、家康は先日の謁見の様子を思い起こした。
顔や姿は決して似てはおらぬが、そういえばあの陰陽師も、秀頼に通ずるただならぬ雰囲気を醸し出していた。
そして、その息子も、また……────。
しばらく経った後────落ち着きを取り戻した家康は、自身の寝床の横にあった小さな鈴をひとつ、手に取った。
その鈴を二、三回程ちりちりと小さく揺り鳴らすと、やがて一人の家臣が、家康の寝所の前に、静かに現れた。
宵闇の中にぼんやりと浮かび上がる家臣の影をじっくりと見つめると、家康はその人影に向かって、ゆっくりと口を開いた。
低く重厚感のある濁声が、夜闇の二条城内の一室に、深い余韻を残した。
「……泰重に伝えよ。
“刻を、駿府に呼べ”と────」