scene6-13 下の紙にうつるというあれ
無事脚本が見つかった日の昼休み、俺はじゅんごに演劇部員の人数分のコピーをとる作業を手伝わされていた。
ここが重要で俺が自ら手伝う意思を示したわけではないのに、授業終了のチャイムが鳴ると同時に有無を言わさず腕を掴まれここまで連れてこられたのだ。
クラスメイト(主に咲坂さんや七瀬さん)との親睦を深める大きなチャンスであるお昼ご飯の時間を潰すとはこの田之上じゅんごという男、なんてけしからんやつだ。
まぁこの貸しはいつかきっちり返してもらおう、覚えとけっ!
って、そんな俺は心の狭い人間じゃないさ、友人の為ならいつだって力を貸すさ、いや本当に。
「おい、手が止まってるぞ」
ぶーぶー、せっかく人がなけなしの善意を披露してるのにー。
「ねぇ」
「なんだ?」
俺の問いかけにも手を休めずに聞き返してくる。
「“綾瀬”って、あの天ノ宮中の女の子だったよね?」
「あぁ、演劇部の中等部で女子はまだ綾瀬しかいないからな、綾瀬がどうかしたか?」
「いや、うーん・・・部の中で彼女のことをさん付けで呼ぶ人って何人いる?」
「それは同じく中等部の和泉っていう男子だけだな」
あの、じゅんごの脚本を元々の脚本に代えることを最後まで拒んでいた男子か。
「そっか」
するとじゅんごは作業の手を止めた。
「なんだ?さっきから、はっきり言ってくれ」
うっ・・・食いつかれたくなかったんだけどなぁ。
「えっと、じゃぁじゅんごの書いた脚本の1枚目を見てみて」
コピーをとり終え、横に置いてあったそれを手に取るじゅんご。
そして俺はそのある一点を指で示す。
「ここ」
「ん?」
「上で何かを書いたんだと思うけど、“綾瀬さんへ”って文字がうつってる」
そう、ペンで文字を書いたりしたとき筆圧が強いと下の紙にまで跡が残ってしまうあれ。
あれってなんていうんだっけ?
己のボキャブラリーの少なさにちょっとがっかり。
「たしかに、だがこんなものよく見つけたな」
別に俺が人並み外れた注意力を持ち合わせているわけでも、他人が引くほどカンが鋭いわけではない。
気づくときには気づくのだ、ただそれだけ。
要は運、頭を使う問題を出されて瞬間ひらめくこともあれば永遠悩むこともある。
「これは“想像”だから聞き流してもらってかまわないんだけど、なくなった脚本の一部が直接部室のテーブルに戻されていたってことは、それを故意に持ち出した人がいる可能性が高いと思う。それで思ったんだけど、その人はその1枚目に残った文字の跡を見られたくなくて持ち出したんじゃないかな?」
本当はこんなことじゅんごに話すつもりはなかった。
単なる俺個人の幼稚な想像、探偵の真似事なんてしたくはなかったから。
そんな才能がないことも自分自身がよくわかっているから。
「こんなの注意してみなけりゃ気づかんし、気づいてもなんとも思わんと思うが」
「他の人にはそうでも、その人にとってはそれくらい神経質になることだったのかも」
「なんだかよくわからんな」
「まぁ俺の勝手な想像だよ」
笑ってくれてかまわない、ちょっと出すぎた真似だった。
そしたら俺も笑い返してそれで終わり。
こうして脚本も戻ってきて全て解決してるんだから、今さらああだこうだ言う必要なんてないんだ。
俺はコピーをとる作業に戻る。
「お前のその“想像”にはまだ続きがあるんじゃないか?」
「あぁ、でも何の根拠もないただの辻褄合わせだよ」
「わかってる、あくまでお前の勝手な“想像”として聞く、話してくれ」
うーん・・・確かな証拠もないのに憶測だけで物事を語るっていうのは俺には少し抵抗があってなんというか、そうあまり気が進まない。
探偵ドラマで最後に犯人を追い詰めていくシーンであれだけ流暢に話せるのは、確固たる自信とそれの元となる確実な証拠があるからなんだとつくづく思う。
証拠もないのに自分の想像に近い推理だけをべらべらと披露する探偵はいないのだ。
「“綾瀬さんへ”ってことはある人が綾瀬さん宛で手紙を書いていた、それがたまたま部室に置き忘れていた脚本の上だった」
「部長たちが掃除をするまで本当に散らかっていたからな」
「その人は書いている現場を見られたくなくてカギをかけていたし、知られたくなくて脚本を持ち去ったし、見つかりたくなくて窓から逃げた」
「なんで見つかりたくないのにわざわざ部室なんだ?」
その点についても少し考えていた。
例えば、その手紙を直接本人に渡すわけではなく部室にあった彼女のロッカーに入れておこうとした場合、脚本にうつってしまった文字の跡を気にするくらい心配性な人間だったら手紙を家から書いて持ってくる途中どこかで落としたり学校でクラスメイトなんかに見られることを恐れて部室で書いていたんじゃないだろうか?
書き終えてすぐに夏帆ちゃんのロッカーに入れてしまえば誰にも見つかることなく最初に見つけるのは彼女だ。
でも、これではなんか苦しい。
「さぁ、それは見当がつかないな、でもこうして今脚本が戻ってきたってことは、もうその1枚目にうつった跡が見つかってもかまわない状況になったのか、もしくは良心で返してきたか」
「そういえばさっき俺に聞いたな、綾瀬をさん付けで呼ぶやつがいるかって・・・」
そう、そのじゅんごの答えで俺の想像はふくらんでしまっていた、けれどそれは決して言葉にはしない、自分の中にとどめておけばいいのだ。
どうして2日後にこうして脚本が出てきたのか。
想像は推理とは違う。
憶測だけで物を言って、濡れ衣を着せることにもなるかもしれない。
自分が考えたことなんて所詮ひとつ、稀に天からひらめきが舞い降りてきてもせいぜいふたつくらいの角度からしか物事を見れていないんだと思う。
人並み外れた能力を持たない俺のような一般人なら尚更、自分の考えが正しいと思い込んで突っ走るやつがいたらそれこそ最悪だ。
「さぁ俺には・・・」
わからない、そう言いかけたがそれは第三者の言葉によって遮られた。
「すいません、田之上先輩!」
入り口のところで頭を下げていたのは、じゅんごの演劇部の後輩の和泉だった。
じゅんごは驚いた様子で振り返る。
「和泉!?いつからそこに・・・」
「ごめんなさい、コピーを手伝おうと思って・・・あと謝らなきゃいけないことも」
「何だ和泉、頭を上げろ」
その言葉にようやく和泉は頭を上げた。
そして、
「実は・・・脚本を持ち出したの俺なんです」