scene6-11 気持ちを切り替えて
「いいんですか先輩!?」
そう声を張り上げたのは演劇部の男子である和泉だった。
彼は天ノ宮中の生徒で、じゅんごの後輩にあたる。
「あぁ、今回脚本をなくしてしまったのも、きちんと管理していなかった俺の責任だ」
そうじゅんごは冷静にこたえる。
「そんな・・・あんなに頑張っていたのに、部長、せめてあと1日待てませんか!?」
そう言って和泉はすがる様な目で野宮先輩を見た。
「さすがにこれ以上はね・・・」
しかし、さすがにこれ以上待つのは練習期間が足りなくなってしまうこともあり、困った表情を見せる。
「そうだぞ、俺がこう言うのもなんだがあまり部長を困らせるな」
「それなら・・・それならこれはどうですか!?元々の脚本で練習は始めます、でもあと数日で田上先輩が脚本を仕上げられたら・・・」
「和泉!そんな脚本が途中で代わるかもしれない状況じゃ練習にも身が入らんだろ、それに俺だって今日からは役者として練習に参加する、台詞を覚えるために自分の脚本のことは公演が終わるまで忘れるつもりだ」
「そんな・・・」
がっくりと肩をおとした和泉に、他のメンバーの表情も曇る。
パンパンッ!!
そんな中、野宮先輩が手をたたいて注目を集める。
「まぁ、そんな暗い顔しないで」
そんなやり取りを俺と加奈琉は部室の外で聞いていた。
部室から野宮先輩の声が聞こえてくる。
「気持ち切り替えて頑張りましょ!」
ほんとうにじゅんごの書いた脚本はどこへ消えてしまったのだろうか。
そんなことを思っていると部室のドアが開きじゅんごが顔をだしてきた。
「ふたりとも待たせてしまって悪いな、これから講堂に行ってそこで練習だから先に行って待っていてくれ」
「う、うん」
そして俺と加奈琉は演劇部の練習を見せてもらうために講堂へと向かった。
講堂についた俺たちは隣り合ったイスに腰掛け、練習をぼんやりと眺めていた。
練習が始まってしばらくすると加奈琉が話しかけてきた。
「色々あった予測の中にね、演劇部が注目を浴びて客を集めるための自作自演なんじゃないかっていうのがあったんだけど」
そんなの・・・、
「ないな」
「だよね」
「もしそうだとしたらじゅんごがああまでして脚本を書き直そうとする必要もないしね」
ん?
さっきからぼんやりと練習をながめていたのだが、なにやら様子がおかしい。
「夏帆ちゃん、夏帆ちゃん」
「はいっ!」
野宮先輩の呼びかけに慌てた様子で返事をかえす夏帆ちゃん。
「次、夏帆ちゃんの台詞よ?」
「す、すいません」
そう言いながら頭をさげる。
それを見て、他の部員たちは顔を見合わせている。
「大丈夫?なんかぼーっとしてるみたいだけど」
心配そうに尋ねる野宮先輩に夏帆ちゃんはブンブンと手を振った。
「全然平気です、すみませんでした」
なんだろう、実は練習が始まってからこういう場面が何度かあるのだ。
「なんかあの子様子おかしくない?」
「夏帆ちゃんだっけ、ぼーっとしてるというか心ここに在らずみたいな」
野宮先輩は脚本をパタンと閉じた。
「一旦休憩にしましょ」
練習が中断されると同時に加奈琉が立ち上がった。
「私たちはそろそろ帰ろっか」
それに続いて俺も立ち上がり、目の合った野宮先輩に頭を下げその場をあとにした。