scene4-5 河原×小指
体はひかりちゃんの家へと走っていた。
心は準備なんてできていやしないのに。
家にいってどうする?どうせまた同じことの繰り返しなんじゃないか?
そんなの言われなくたってわかってる。
今までと何も変わらない。
ひかりちゃんが学校を休んでいる理由がわかったわけでも、ひかりちゃんのお母さんを説得できる自信もない。
ただ、行動せずにはいられなくて。
夏の暖かな日差しの中、息を切らして走った。
川沿いの土手を駆ける。
川は太陽の光できらきらとひかっていた。
土手のゆるやかな斜面には草が一面に生い茂り、自然のじゅうたんを織り成してる。
そこで俺は足を止めた。
精一杯息を吸っては吐いてを繰り返して呼吸を整える。
そして俺は緩やかな斜面を川のほうへと下りていった。
近づいて声をかける。
「ひかりちゃん」
そこに彼女は膝を抱えるようにして座っていた。
俺の声に驚いて振り向く。
久しぶりにみたひかりちゃんの顔は以前と比べて少し痩せているように見えた。
良かった、逃げようとはしないみたいだ。
俺は隣に腰を下ろした。
明らかにひかりちゃんには元気がない。
そしてしばらくふたりで遠くを流れる川を見つめる。
聞きたいこと、話したいことが両方ともありすぎて何を話していいのかわからなかった。
しばらくして俺は話し始める。
「ひかりちゃんに手伝ってもらって作った人形、妹の誕生日に渡したんだけどすっごく喜んでもらえたよ。ありがとう」
「ほんとに?・・・よかった」
そう言ってひかりちゃんは少しだけど笑ってくれた。
嬉しかった。
その笑顔をどれほど待ち望んだことか。
「ほ、ほんとほんと!うちの家族みんな感心しちゃてさ、ひかりちゃんのこと褒めてたよ!」
俺の言葉に笑顔でこたえてくれる。
「うちの妹いつもカバンにつけて学校行ってるよ!そうとう気に入ってくれたみたいでさ、」
「ずっとね、気になってたんだ・・・」
言葉に耳を傾ける。
久しぶりに聞くその一声一声がいとおしく感じた。
「喜んでもらえたかなって・・・よかった」
そういって彼女は微笑んだ。
それだけで俺はもういいと思えた。
心のつっかえがひとつ取れたようなそんな風に感じた。
それからしばらくの沈黙のあと彼女は口を開いた。
「・・・私ね、転校するんだ」
「・・・今日聞いた」
「そっか」
風がそよぎ、草が揺れ、彼女の髪がなびく。
「お父さんとお母さんがずっと仲悪くてね、私お母さんと一緒に別のところに引っ越すの。わたしは転校なんてしたくないのに・・・」
俺は黙って話を聞く。
「クラスの友達ともお別れしたくないし、小鳥くんとだって仲良くなれると思ったのに・・・」
顔を伏せてうずくまった彼女の身体はわずかに震えていた。
「でも、私は子どもだから・・・お母さんについていくしかなくて・・・小鳥くんとも・・・たぶんもう会えない」
泣いてしまいそうだった。
ここで自分まで泣いてどうするんだと言い聞かせる。
「これさ、」
俺は右手に握りしめていたものを差し出す。
ひかりちゃんは顔を上げると手の甲で涙をぬぐった。
「ひかりちゃんにお礼がしたくて自分で作ったんだ、これでも精一杯やったんだけど・・・」
差し出したのはひかりちゃんのためにと俺が作った人形だった。
お前なんでそんなに不細工なんだよ・・・今くらいかっこよくしろよ・・・。
「・・・なにこれ?」
ひかりちゃんがそう言うのも当然なほど、俺の人形は何を目指して作ったのかわからないものだった。
お恥ずかしい。
「ひかりちゃん兎のマスコット持ってたから亀を作ろうと思ったんだけど・・・」
俺には難易度が高すぎたわけで。
「いろいろあってヘビに」
するとひかりちゃんはくすっと笑った。
「ごめん、俺あんまり器用じゃなくて」
「ううん、私ヘビ好きだよ。ちょうだい」
そういって笑顔で受け取ってくれた。
「これ、小鳥くんだと思って大切にするね」
俺の代わりがこんな不細工な人形でも全然いやではなく、むしろ嬉しく感じた。
「これで小鳥くんに会えなくても寂しくない・・・かな」
「そんなこと言わないでさ!・・・」
指を1本立てるのがこんなに恥ずかしいことだとは・・・。
「・・・また裁縫教えてよ」
そして俺たちは小指を絡めた。
そんなケーキの上に乗っているブルーベリーのように甘酸っぱくて、思い返すだけで赤面してしまうような過去が俺にもあったりするんです。
若いな、俺。