scene4-4 教室×夏雲
あの日、クラスメイトの田村さんと一緒にひかりちゃんの家に訪れてから早一ヶ月。
あれからどうなったのかというと、実はそのあと間をあけて再び何度か田村さんと家を訪れていた。
だけれどひかりちゃんは一度として俺たちに姿を見せてはくれなかった。
成果は全く得られなかったのだ。
そして季節はもうすぐ夏本番。
終業式を迎え、今日で1学期も終わりとなる日。
通知表がひとり一人に配られる中、俺はただぼーっと、まるで絵を切り取ってそこに貼り付けたように真っ白な雲が流れていくのを見ていた。
先生がなにやら夏休みの注意事項なんかを話している。
「には十分に注意して・・・」
先ほど配られた注意事項の書かれたプリントを眺めるふりをする。
先生にももう一度ひかりちゃんが休んでいる理由を聞きにいったけれど、やっぱり教えてはくれず、俺は途方にくれていた。
明日から夏休みかぁ・・・。
そんなどうでもいいことを頭のなかに浮かべていたときだった。
「・・・なかった百瀬のことなんだがな、」
先生の口から出た名前に俺はプリントから顔を上げ、続きを待った。
ひかりちゃんがどうしたって?早く言ってくれ!
「悲しい知らせになってしまうんだが、」
・・・っ!
「家庭の事情で転校することになった。引越し先はここから遠いんだが、住所は聞いてるから教えてほしいやつがいたらあとで先生のところまで来てくれ」
ひかりちゃんが・・・引っ越す!?
「・・・ということだから・・・」
先生の話し声がだんだんと遠のいてゆく。
予想もしていなかった言葉に頭の中の整理がつかない。
頭が真っ白になるってこういうときにつかうんだ・・・。
「くん・・・小鳥くん」
田村さんの呼びかけで、帰りの会が終わりみんながもう帰り始めていることに気がついた。
「・・・ひかりが引っ越しちゃうって」
「うん」
気の利いたセリフが何も出てこない。
田村さんは引越しのことを聞いてどう思ったんだろう。
「私・・・」
泣いてはいなかった。
むしろ俺に見せたのはわずかな微笑みだった。
それが必死に貼り付けられたものであることに俺は気づかないフリをするしかなかった。
「・・・もう帰るね、また2学期会おっ」
そう言って彼女は教室を走って出ていく。
このままひかりと会えないままお別れなんていやだ。
今日これからもう一度会いに行ってみようよ!
そんなことを言われるんじゃないかと思っていた。
いや、違うかな・・・思っていたんじゃなくて期待していたのかもしれない。
そしたら俺はなんて答えてたんだろう。
結局お礼らしいお礼もしてないし、報告だって。
ひかりちゃんのおかげで妹もすごく喜んでくれたよ!
それにうちの家族にも大好評でさ。
ひかりちゃんのこと褒めてたんだ、すごいって。
カバンの中からひとつの小さな人形を取り出す。
ほつれた糸が目立つ不細工なそいつ。
それを見て思わず笑ってしまう。
あまりにも今の自分にそっくりで。
まだひかりちゃんに教えてもらいたいことたくさんあるんだ。
聞きたいことも。
俺は不細工な人形を握りしめて、教室を飛び出した。