scene4-3 公園×涙
それから3日たっても彼女は学校に姿を現さなかった。
徐々に生徒たちの間での不信感が募りはじめた中、先生が口にしたのは家庭の事情という曖昧な理由だった。
そしてそれから1週間がたつ頃にはまるで何事もなかったかのように学校生活はまわっていて、ひかりちゃんの名前を出すクラスメイトもいなくなっていた。
そんな中ずっとモヤモヤとした気持ちを抱えていたある日の放課後、俺は一人の女子に話しかけられた。
「小鳥くん、ちょっといい?」
それはひかりちゃんが学校でよく一緒にいることが多かった友達の一人、田村さんだった。
「最近ひかりと仲良かったよね?それで、何か聞いてないかな、休んでる理由とか」
彼女は心配そうに聞いてきたのだが、それは俺も同じでこっちが聞きたいくらいだった。
「悪いけど俺も何も聞いてないんだ、詳しいこと聞けたらと思って先生のところにもいったんだけど、難しい問題だからそっとしておいてやってくれって」
悔しかった。
理由を聞いて考えるのは俺だろとも思った。
確かに俺はまだ子どもだし、間違った行動をとるかもしれない。
それでも、事実を知ることすら許されないなんて。
必要なときに必要な力がないことは苦痛だった。
「そっか・・・私ひかりのこと心配で」
「俺もだよ」
田村さんの言葉は素直に嬉しかった。
まるでひかりちゃんが最初からいなかったかのように送られる学校生活。
みんな彼女のことを忘れてしまったのではないかとさえ感じた。
でもそうじゃなかった。
俺と同じように心配しているクラスメイトがいるじゃないか。
そのことに俺は少し心が楽になった。
「それで、その・・・ひかりの家に様子を見に行きたいんだけど一人だと心細くて、小鳥くん一緒に来てくれない?」
「もちろん行くよ」
俺は迷わず誘いを受け入れる。
それから二人でひかりちゃんの家へと向かった。
「ひかり、怪我とか病気じゃないよね・・・」
それならそれで先生もちゃんと言うだろうし、むしろ治るような怪我や病気ならばそれはそれで安心だとついつい不謹慎なことを考えてしまう。
「大丈夫だよきっと」
大丈夫ならどうして学校にこられないんだよ。
田村さんの不安を少しでも取り除こうとして発した自分の言葉を心の中で否定してしまう。
小学生の俺の頭では、
『今は何かしらの理由があって学校を休んでいるけど、ひかりちゃんには何の心配もなく元気だ』
これを満たす“何かしらの理由”が思い浮かばなかった。
程なくして俺たちはひかりちゃんの家に着いた。
ドアの前に立ち、田村さんが呼び鈴を押す。
中から出てきたのはひかりちゃんのお母さんだった。
「あら、ひかるのお友達?」
「はい、あの・・・」
何て言えばいいんだ。
お見舞いに来たっていうのもおかしいし、遊びに来たっていうのも・・・。
言葉に詰まった俺の代わりに答えてくれたのは田村さんだった。
「ひかりちゃん最近学校休んでるから心配で様子見に来たんですけど」
「そう、わざわざありがとうね。ちょっと待っててね」
そう言って俺たちふたりを玄関先に残して再び家の中に戻っていった。
「ふぅ・・・緊張したぁ」
胸をなでおろす田村さん。
それから5分くらいたってようやくひかりちゃんのお母さんが戻ってきた。
その顔は本当に申し訳なさそうで、
「お友達が会いに来てくれてるって伝えたんだけど、今は誰にも会いたくないって聞かなくて、本当に申し訳ないんだけど今日は・・・本当にごめんね、ありがとうね」
そう俺たちに伝えた。
それを聞いて田村さんは下を向いてしまった。
俺は慌てて言葉を返し、失礼しますと田村さんの手を引いてひかるちゃんの家を後にした。
田村さんがひかるちゃんのお母さんの前で今にも泣き出しそうだったから。
それは向こうも心配するし、困ると思った。
俺は田村さんの手を引いてすぐ近くの公園まで連れて行きベンチに座らせる。
俺も荷物を下ろして彼女の隣に座った。
「・・・私が泣くとでも思った?」
うつむいたまま田村さんが言った。
前髪で目元が隠れていて表情はよくわからない。
「え?」
「ごめんね、私が誘ったから・・・会いたくないなんて言われて」
「いや、別に・・・」
悲しくないといったら嘘になる、だけど。
「田村さんのせいじゃないし・・・それに、ちゃんと家にはいて病気とかではなかったんだって思えただけでも良かったよ」
「私ね、」
力なく話し始めたその声に俺は耳を傾ける。
「ひかるとは昔から友達でお互いにけっこう大きな存在だと思ってたんだ・・・でも今回のことは何も話してくれなかった。そう思ってたのは私だけだったのかなって思ったら情けなくて・・・」
そうだ、俺なんかよりずっと付き合いの長い彼女がその親友から会いたくないなんて言われて、ショックを受けるのは当然だ。
しかも、その理由がわからないのだから不安になるのも頷ける。
俺でさえ、まだ動揺しているのに。
「親友だから言えないこともあると思うよ」
「小鳥くんにも何も言わなかった・・・」
「俺なんて話すようになったの最近だし」
そう、田村さんに比べたら俺なんてまだ本当に付き合いが浅い。
これからもっと仲良くなれる、親しい友達になれると思っていた矢先の出来事だった。
「何もしてあげられない、何をしたらいいのかわからないのが悔しい・・・」
田村さんの頬を涙がつたってこぼれた。
必要なとき必要な力がないことは苦痛だ。
「そんなに思い悩むことでもないのかもよ?」
俺なんかが知ったような口をきくのは正直ためらわれた。
だけど田村さんを励ますには、
「明日になったら何事もなかったように学校に来るかもしれないし」
希望的観測の羅列。
結局俺は無力で、信じるとか祈るとかそういったことしかできない自分の気持ちに整理をつけることで精一杯だった。
「ありがと、小鳥くん。私心配性でさ」
「ぁ・・・うん」
「優しいんだね」
「・・・。」
「そうだ、ひかりが私だけに相談してくれたこともあったんだよ、」
そういうとようやく顔を上げてくれた。
「ぁ、でもこれは小鳥くんだけには内緒」
そして、彼女はいたずらっぽく笑った。