scene3-5 この甘酸っぱさがいい
ブルーベリーの甘酸っぱい香りが口の中に広がる。
俺は自主的に預かっていた人形をテーブルの上に置いた。
それを見ると七瀬さんはハッとした表情をして、バッグの中を確かめ始めた。
「ぁ、あれ?あれ?なんで?」
どうしてこの人形を俺が持っているのか、まぁさっき荷物を拾い集めているときにこっそり拝借したのだけれど。
「ごめん、さっき七瀬さんがぶつかって転んだときにね」
すると七瀬さんは納得したようにバッグを横に置いた。
「いや、何で言ってくれなかったのかなぁと思って」
そう俺が言うと七瀬さんは一瞬叱られている子どものような表情をした。
うーん、だめだなぁ。
なんとも俺は人と会話するのが苦手というか、上手くないような気がする。
「最初はね、気づいてくれると思って話しかけたんだけど」
そこで気づかなかったのは俺の責任だ、だけど・・・。
士、3日会わなければ、これ、活目してみるべし。
誰の言葉だったか、男とは3日会わなければ凄く変わっているものだからよくよく見なければならないとかそんな意味だ。
男でさえ3日会わなかっただけで変わると言っているのに、ましてや七瀬さんは女性だ。
4年も会っていなければそりゃぁ激変するもので。
俺が気づかなかったのも無理もない!
ということにしてもらいたい、・・・してください。
「小鳥くん全然気づいてないみたいで」
ごめんなさい。
「それ見てたらもしかして私の存在自体忘れちゃってるのかもって思って」
ソンナコトアルワケナイジャナイデスカ。
いつの間にか立つ瀬がなくなってきているような。
「言うのが怖くなっちゃったの」
おい、小鳥幸太郎!お前が一目会ったときに気づけばよかったんだよ!
おっしゃるとおりで。
実は七瀬さんとは小学校の同級生だった。
再会できてすごくうれしいはずなのに、なんだろうこの空気は。
あーそっかぁ、僕が今の今まで七瀬さんに気づかなかったからかぁ、やっちゃっちゃ☆
だってさー、あのときから名字変わってるんだもの!
そう、小学校時代の彼女の名字は百瀬だった。
百瀬陽、それが彼女の名前で、俺の頭の中に鮮明に記録されていた。
百が七になっただけじゃないか!そんな声も聞こえてきそうだけど。
加奈琉もそうだけど見た目が変わりすぎなんだもん!
それにさ、久しぶりに再会した女の子は誰だか気付かないくらいに可愛くなってたり美人になってたりするのがお決まりなのさ。
そんなの小説とか漫画の中だけの話だと思ってたけど実際目の前で起きてるんだからしょうがない。
「ごめん、名字変わってたしさ・・・」
ここにきて言い訳とは見苦しいぞ俺!
「そ、そうだよね」
七瀬さんに気まで使わせて。
「それに、随分会ってなかったから可愛くなってて」
あ、ますますって付けるの忘れた。
「か、可愛いだなんてそんな!」
頬をうっすら桜色に染めて否定する。
そういうところが可愛いっていうんだ。
どうして目の前にいる彼女が小学校の同級生である百瀬さんと同一人物だと気がついたか。
それは自転車屋を営む次郎さんが七瀬さんのことを“ひかりちゃん”と呼んだこと。
そして、偶然にもこの人形を見つけたからだ。
「今は“七瀬”って名字なの?」
「うん、うそをついてたわけじゃないよ」
「じゃぁ俺はこれから七瀬さんって呼んでいいんだね」
「む、昔みたいに・・・」
俺はぬるくなったコーヒーを口に含む。
「・・・ひかりちゃんでも・・・いいけど」
ぶふっ!
思わずコーヒーを噴出しそうになった。
「恥ずかしいからやめとくよ」
七瀬陽。
それが今の彼女の名前だ。