scene2-7 七瀬
「ん?」
フーッ、フーッっと熱々のうどんを一生懸命冷ましていた手をとめこちらに目を向ける。
その動作があまりにも可愛くてしばらく見ていたかったのだけれど仕方ない。
未練を内に秘めつつ話を続ける。
あくまで笑顔をつくりながら。
「お互いまだ自己紹介してなかったよね、俺は小鳥幸太郎」
言い終え彼女の顔色をうかがう。
どきどき・・・。
しかし、その表情からはなにも感じ取ることができなかった。
「・・・そうだよね」
ポツリとつぶやいた後、
「ごめんなさい自己紹介が遅れて、私天ノ宮中出身で七瀬っていいます」
七瀬、七瀬・・・しかしその名前にも思い当たる人間がいなかった。
俺が考え込んでいるのを不安に感じたのか、七瀬さんから話をふってきた。
「え、えっと・・・小鳥くんってどこから通ってるの?」
「方角としては駅のほうかな。距離的にはここから駅までのちょうど中間くらいで、駅と学校と家を結ぶと二等辺三角形ができるような感じ」
「ふーん、じゃぁ自転車通だ?」
「なんだけどね」
持ってきたナプキンで一度口を拭く。
「肝心の自転車をまだ持ってなくて、今日これから買いに行くつもり」
力なく笑ってみせる。
「ぁ・・・もしかしてお昼に誘っちゃったのまずかった?」
不安そうに上目づかいでこちらをみる七瀬さん。
ずキゅーン☆
この子は素で俺の弱点を心得ていらっしゃる。
俺がねずみなら七瀬さんは猫、マッコウクジラならシャチ、炎タイプなら水タイプといったところ。
俺のライフポイントが悲鳴を上げている。
「いや、全然!もともとどこかで食べるつもりだったし」
「・・・そっかよかった」
胸をなでおろし、微笑む七瀬さん。
「そうだ!知り合いの自転車屋さんがあるんだけどそこならちょこっとサービスしてくれるかも。」
俺は麺を食べ終え残りのスープを飲み干す。
「ぁ、・・・もしよかったら」
「案内してもらってもいいかな?七瀬さん」
七瀬さんの顔がぱぁっと明るくなる。
「うん!・・・あ、それでね、場所が駅前なんだけど小鳥くん大丈夫?私は駅からバスで通ってるから、定期があるんだけど・・・、小鳥くんは今日歩いてきたの?」
「歩いてきたよ」
嘘だ、自分でもわからないがとっさに嘘をついてしまった。
まぁでも自転車は加奈琉が乗って帰るだろうから間違ってはいないのだけど。
「俺も駅までは七瀬さんとバスでいくよ」
「わかったぁ。で、小鳥くんて今ひとりで・・・」
「七瀬さんっ!」
「は、はいっ!?」
「うどん冷めちゃうよ?」
さっきから一向に手のつけられていないうどんを不憫に思った俺は七瀬さんの言葉をさえぎった。
うどんを不憫には思わないけど。
それからいそいそとうどんを食べはじめた七瀬さんに急がなくていいからと促してから席をたつ。
二人分のお茶をいれて席に戻り、冷たいほうのお茶を七瀬さんの前に置いて自分は熱いお茶に口をつける。
年中そうなのか、それともこんな季節だからなのか、お茶は2種類熱いものと冷たいものが用意されていた。
猫舌の七瀬さんには冷たいお茶のほうがいいだろう。
熱いお茶を飲みながら至福の一時を過ごす。
なんてったってお茶が美味い!
思わずにやけてしまいそうになる口元をお茶を飲むフリをして湯のみで隠す。
お茶が美味いのだ、決して七瀬さんの食事風景をみてにやけそうになっているんじゃないぞ、ゴホンゴホン。
麺を・・・箸で・・・つかんで・・・ちゅるちゅる
麺を・・・箸で・・・つかんで・・・ちゅるちゅる
ネギを・・・箸で・・・ゴホンゴホン
俺はまだ熱いお茶をいっきに飲み干した。