第一章【20人目の主人公】〜「初めまして」と「再会」〜
【プロローグ】
「初めまして、可愛い可愛いお嬢さん。貴方"は"何処へ行きたい──?」
そう銀髪の少女が甘く囁く。
「私達が叶えてあげましょう」
そう清楚な黒髪の"少女"は後押しする。
「そう……何処でも良いの?」
「……なら」
……来てほしいのなら来てほしいと言えばいいのに。
「「鏡の向こうなんてどう?」」
ヒトとの"縁"は中々切れないもの。
切るという決断。切るまでの過程。切ったあとの穴埋め。
それは……それらは大きな壁になりうるだろう。
「逃れたいのならば──」
星が煌めく冬の夜。故郷の山で星を呑気に眺めていた頃を思い出す。ついでに興味無い中学の頃の色んな思い出も一緒に。
ベランダでそう故郷に想いを馳せながら、淹れたてで熱を帯びているミルクティーを啜る。
「、あつっ……」
火傷をしたのが、マグカップを持っていた右手の指がひりひりとする。
赤くなっていないかと手に目をやる。と、何時しか付いていた右手首の紐で編まれた"ミサンガ"が目に留まった。
ひゅうひゅうと常に吹いている風が身に沁みる。と、急に髪が乱れるほどの風がベランダを沿うように吹き抜けた。風に遮られた視界はすぐに開け、どうせならあの頃の記憶を私の中から攫って行ってくれと思った矢先──何の前触れもなくひっそりと私の前に2人の少女が立っていた。
「初めまして、可愛い可愛いお嬢さん。貴方は何処へ行きたい──?」
そう銀髪の少女が甘く囁く。
「私達が叶えてあげましょう」
そう清楚な黒髪の"少女"は後押しする。
「そう……何処でも良いの?」
「……なら」
「「鏡の向こうなんてどう?」」
唐突に現れた謎を纏う2人の少女。少女らは初対面の私にそんな悪魔のような囁きで堕としにくる。どうやら"それ"が仕事らしい。ただ淡々と語るだけ。
「え……っと、貴方達、は誰ですか?」
「……!」
そう、聞いてみると黒髪の少女の方が初対面とは思えぬ表情を見せた。
「あら、"初めまして"よ。ごめんなさいね、自己紹介が遅れてしまって」
そう頭を少し下げると、綺麗な銀色の柔らかい髪の毛が揺れる。風で靡く。
顔を上げ、私の目を真っ直ぐと見つめる……と名前を唱えるように口からこぼした。
どうやら少女達は、ごく一般的な私とは少し違い、特別な──人に関与する能力があるそうな。
何処へ行きたい、と囁いた銀髪の少女は【鈴華】。
能力は選択肢を与える、選択肢を潰すこと。
選択については特に制約はないらしい。
唐突に「何処かへ行きたいと思ったでしょ?」と見透かされた。黒髪の少女の説明が入るまでに理解し切るのは"人間にとっては"至極難しいことだろう──。
叶えてあげる、と後押しした黒髪の少女は【冥華】。
能力は欲を与える、欲を潰すこと。
誰も冥華が生まれさせた欲からは逃れられないらしい。逆もまた然り。
仕事内容を伝えられ、ようやく鈴華の言っていた意味がわかった様な気がする。
この"知りたい"も冥華が生まれさせた欲なのだろうか──。
「興味はないですか?」
「──あるっちゃ……あるけど……」
挙動不審になってしまう。何故私にこんな唐突な提案をしたのだろうか。
「逃げたいでしょう? だって──貴女の父親は……」
「……っお前──!!」
何を知っている。私の何を、どこまで……。
「鈴華!!」
私が怒られた訳ではないのに、肩が跳ねる。気付けば、私は利き手の拳を握り締めていた。
冥華は、一つ咳払いをして、
「……興味があるならば来ても良いのでは? ──それか、何か心残りがあるとか?」
と、部屋の中に視線を向けて呟いた。目線の先には画面が光っている私のスマートフォン。
スマートフォンは、丁度『MeTube』が開かれていた。
登録チャンネルは一つだけ。【neo】というVirtual MeTuberのチャンネル。アカウント名は『8月』。
懐かしい。確か100人台から応援していたんだっけ。私と"一つ、二つしか歳が変わらない高校生の少女"を、見ていたくなったのだ。
キャラ設定だったとしても、リアルの話は妙に生々しかった。から、同年代の共感を得て、爆発的に人気になった。
課金は出来なかったけれど、『neo』は視聴者を疎かにはしなかった。
……でもそれら全てがneoの素性かは分からないけれど。
だって、電線一本でしか繋がってないのだから。
──心残りといえば、これくらいだろうか。
「……いや、大丈夫」
だって、もう、『neo』には沢山のファンがいるから。私一人が居なくなったって、何も変わらない。
『neo』が私一人の為に泣き叫んでくれたり、"私一人の為に動いてくれる"訳がないから。
「──なら、行きましょうか」
冷水をかけられたようにハッとして、隙間から入り込んできた冥華の凛とした声がさっきまで頭の中で整理していたものを掻っ攫って行く。
「……えぇ、丁度頃合い」
そう言って2人が空に目をやると、今日は"星月"夜だった。
生憎、飛び出そうにも月明かりが助けてくれそうにない最悪のコンディション。
「──折角整理していたのに、とでも言いたげですね?」
「……う」
思いっきり図星をかましたと同時に、体を足で踏まれた時のような声が漏れ出た。
「……"どうせ"欲ですよ、そんなもの。──あと、貴方は私達に体を委ねていていいんです。なんなら寝ていても。……その代わり詮索しないこと」
……何処が詮索しないことと釣り合っているのだろうか。
苦虫を潰すどころか噛み千切って舌に転がしている。
そんな顔を無意識にしていると耐えきれなくなったのか、鈴華が神妙な面持ちから一転ぶはっ、とだけ言って…瞬間私達に背を向ける。そんなに私の顔が面白かったのだろうか。
鏡をベランダにでも置いておけばよかったかな、と思いつつ18歳の卒業間近の高校生でも借りられるくらいの独り暮らしの部屋に目をやる。……相変わらず必要最低限の殺風景でつまらない。でも、これ以上欲しいとは思わない。
「そんなことをしている場合ではないのです、鈴華」
叱っているのか、はたまた用事があり焦っているのか、冥華の語尾は強くなっていた。
「はいはい、仕事だからね……」
鈴華が諦めたように目を瞑ってぽつりと愚痴をこぼした──かと思えば、鈴華は純白の片翼を広げ星の光を絡め取り、冥華は漆黒の片翼を翻し夜の空を纏っていた。
「……は? え?」
あんぐりと開いた口を放置して、無意識に目を細め二人の間を見てみる。と、それは妙に重なって2人で一つの翼を補っている様だった。仕事にしても、存在にしても。何時も2人で支え合い補っていたのだろうか。
そもそも、私にはそんな存在は居ただろうか。在っただろうか。
ふとそう思う。考えれば考えるほど、妬ましくなる。
この嫉妬……は、どう考えても冥華が生み出した物ではないだろう。
嫉妬の対象を向けてしまった申し訳無さでどうにも顔が上げられそうにない。上げる気力が湧かない。
ずっと俯いていると、私の顔を覗き込むように二つの手のひらが差し出された。
手を伸ばすなら、せめて……せめて戒めとして頭の付け根を掴んで首から引っこ抜いて欲しい。引っこ抜けと言ってやりたい。
きっと、私がこんなことを考えて硬直していると、"私よりずっと大人な彼女ら"は首を傾げて私を見ているだろう。
声をかけて欲しいとは思わない。こんな哀れな思考を持った私が話しかけることを強要するなど、強欲としか言えない。
「……? 行きますよ。鈴華も準備なさい」
「えぇ、勿論。……さぁ、手を掴んで?」
──油を売っている場合ではない。
彼女は…冥華はそう言いたいのだろう。
仕方なく彼女らの……冥華と鈴華の手を掴み直した。
……その後、私は薄着できてしまったことを早々に後悔することになる。