root近藤
9月20日。朝日が登り始め、真っ暗闇の今日の街に光が満ちた。私は布団を抱きしめながら眠っていると、鳥の囀りが聞こえてくる。まだ眠っていた…体を転がしながら涎を垂らしていると、襖を叩く音が聞こえた。そっと襖を開けると目の前には中沢さんがいた。中沢琴。本来の歴史では新選組ではなく、新徴組に組みしているのだが、この「雷鳴」では三番隊の隊士として任務を行なっている。そんな彼女がここにいるのは紛れでもない。近藤さんの命令だ。彼女は私を目の前に頭を下げた。
「おはようございます。寺本あかり様…いえ、武田 観柳斎様」
#武田観柳斎__たけだかんりゅうさい__#。私がこの新選組でそう名乗る事になった理由があった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼昨日✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
戦いの後、私は晴れて沖田さんの所属する一番隊に配属になった。しかし実力重視の一番隊において、女がいる事を認めないものもいるだろう…そう考えた近藤さんは腕を組み、悩みを口にした。
「どうしたものか…」
土方はその姿を見て、男装するしかないだろうと提案した。しかし肝心の名前がない。あかり…どう考えても女らしい名前に頭を悩ませていた中、斎藤さんが名前を口にした。
「武田…」
一斉に斎藤に目がいく。武田と聞くと、私の頭の中に歴史上の人物。元五番隊隊長の名前が思い浮かんだ。
「武田観柳斎…!」
口を滑らせた途端。全員がお互いを見合わせ、吹き出し、笑い合った。沖田さんは子どもをあやすような優しい声で腹を抱えて笑う。
「君、そんな可愛い顔で、雄々しい名前を選んじゃったね」
私はその場にいる全員を見ては己のやった事を見直した。嘘だ…この展開、自分が観柳斎と改名したいと名乗っているようなものではないか…!慌てて言葉を重ねようとするも、幹部のみんなはお互いを見て言葉を交わしていく。永倉さんは腹を抱えながらこちらを見た。
「良いね、男らしくて隊士って感じがして」
私が弁解に言葉を挟もうとすると、原田さんに頭を撫でられながらからかわれる。
「へぇ、あんたって面白いなぁ、気に入った。今度島原に連れてってやるよ。“観柳斎“」
最悪だ…私の楽しみに待ち焦がれていた沖田ルート初日からまさかの観柳斎さんになると言うやらかしをしてしまった…本物の観柳斎がいたらどうすれば良いんだ…私が頭を悩ませるのを知りもしないで各々楽しそうに話している。近藤さんは私の肩に手を乗せては、頷きながら声を高らかに宣言をした。
「よし!今日から寺本あかり改ため、“武田観柳斎“と命名する。たけちゃんよろしくな!」
悪気のない純粋な笑みを向ける近藤さんに、冷や汗が流れ落ちる。顔を引き攣らせたながらため息が出た。確定で五番隊隊長に昇進が決まった…つまりは沖田さんの隊として活動できる日が限られる事がここで決まってしまった…内心平常ではない心を押し潰しながら笑みを向けた。
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そして今にあたる…女剣士同士仲良くなるだろうと言われた中沢琴さんは、ここの隊士としてのあり方や、女性隊士としての振る舞いを教えてくれることとなった。「雷鳴」オリジナルのシナリオでは主人公を助けたり、男同然の剣技で何度も攻略キャラを助けたイケメン女性なのだが…同じ「雷鳴」の主人公のはずなのに、彼女は私を見るなり不服そうにしている。微妙な空気感の中、恐る恐る声をかけてみた。
「おはようございます。琴さ…」
「隊内では中沢とお呼びください」
冷たくあしらう彼女に居心地の悪さを感じながらも言葉を続けた。
「すみません中沢さん。すぐに支度してそちらに向かいますね」
私はそそくさと部屋に戻り、身支度を始めた。こんな感じで大丈夫なのだろうか…内心不安になりながら琴さんが待つ廊下まで足を踏み出した。足早に琴さんは調理場へと私を案内した。
「まず班によって生活当番が決まっています。炊事と巡視は分担されている為、前日から何に当たるか把握するようにしてください。今日は1番隊は朝ご飯と昼の巡視が当たっています。それ以外の時間は稽古や身を鍛えるが基本です」
いよいよ1番隊の沖田さんと稽古や炊事を一緒に出来る…そう思うと胸がワクワクした。自分の推しと今日から毎日身近に話せる……釜戸に薪をくべ、お釜に米をとぎ入れた。炎をつけようと周りを見渡すと、ゾロゾロと1番隊隊士達が集まってくる。
「おはようございます。本日から1番隊に所属する武田観柳斎と申します。よろしくお願いします」
隊士全員の前で頭を下げると、周りの隊士たちがくすくす笑いだした。野太い声で小さく嫌味が聞こえた。
「ちびの癖に新人が1番隊なんて務まるもんか」
主人公補正もモブには呆気なく通用せず、周りの者は余り快く思っていない様子だった。気まずい雰囲気の台所に沖田さんが入ってくる。
「おはよう。みんな炊事の準備は?」
清々しい笑みをみせ、こちらに歩み寄る。先程まで私をバカにしてきた隊士達も深々と頭を下げている。私が慌てて頭を下げると、沖田さんは私の肩を叩いた。
「武田くん、おはよ」
沖田さんの輝くような笑みに私は見とれた。拍子抜けした私は馬鹿みたいに間抜けな声を出した。
「おはようございます」
沖田さんはみんなに向き直る。
「紹介するね。武田観柳斎くん。近藤さんの名により、今日から1番隊隊士として行動を共にするよ。仲良くしてあげてね」
沖田さんの笑みにその場の隊士全員がこちらをみた。私が隊士達に笑みを向けると、1人の隊士は不服を漏らす。
「沖田さん、どうしてそんなチビがうちの隊に入れるんですか!俺たち1番隊は互いに実力を認め合うもの同士でしか信頼を置けません!」
信頼がないのはわかる。昨日きたばかりの新人が、実力重視の一番隊に配属されるのは意味がわからない…私も逆の立場なら不満を垂らすだろう。沖田さんは不満を吐く隊士に言葉をかけた。
「確かに僕も納得いっていないよ。この子の実力はあの一くんとほぼ互角だし、申し分ないくらいだとは思うよ」
斎藤さんと実力が互角と聞くと、その場にいた隊士たちは言葉を漏らす。しかし沖田さんの続く言葉に唾を飲んだ。
「ただここのメンバーと同様に、僕も信頼は置けてない…少なくとも背中を預ける中ではまだないよ」
突きつける現実に言葉を失うも、沖田さんは肩を叩いて微笑みかけた。
「でも、僕らは武士。互いの不満は互いの剣で認め合っていけば良いと思うな」
優しい言葉に心が絆された。それと共にプレッシャーも重なる。私の実力が重視されるとはいえ、剣を振るうのは斉藤さんとの決戦が初めてで、あれも主人公補正の賜物だと思っている。そんな私に真の剣の実力なんてあるはずがない。私の不安が伝わるのか、隊士たちも苦虫を潰した様なきまずい沸騰する味噌汁の出汁が静か水を溢れさせた。そんな不安を消し去るように後ろから陽気な声が響く。
「なんだー?お前たち、朝から辛気臭いなぁ」
後ろを振り向くと、太陽の様に明るい笑顔を向ける男が立っていた。近藤さんだ。近藤さんは私を庇う様に前に立った。腕を組み、にこやかに話しかけた。
「仲間思いなお前たちが仲間を疑うなんてらしくないぞ」
近藤さんの言葉を裂く様に一番隊の隊士たちが口を開く。
「お言葉ですが局長。武田さんの実力は凄いのは分かりますが、1番隊はお互いの信頼を大切に思う部隊です。相手のことを知らないのに信頼をおけと言うのは難しいと思います」
近藤さんは隊士の意見に少し考えた後、自分の腰にさした刀を抜き、見せた。
「なら戦うといい」
私は刀をまじかで見て、口を開いた。沖田さんは流石に驚いたのか首を横に振った。
「近藤さん、流石にそれはこの子が…」
口を挟む沖田さんに対し、近藤さんは言葉を重ねる。
「可哀想か?こいつもそんな生半可な気持ちでここにはきちゃいないさ。俺達みたいな変わりもんには、言葉を交わすより、刀で語る方がいいだろ?なぁ、お前ら」
1番隊の隊士達はお互いに目を合わせ、剣を向けてきた。
「武田殿。俺達があんたに信頼を置くためにも、ひとつ手合わせ願いたい。」
昼食後の屯所内道場。近藤さんの管轄の元、1番隊の稽古が行われる。私は1番隊隊士全員を相手に、震える刀を両手で握りしめた。近藤さん道場に響く声でルールを声にした。
「ルールは簡単。こちらのたけちゃんに向かってお前たち1番隊全員が刃を向ける。一本取られたものは、枠から離れ、俺と総司のいる道場の正面まで来い。もしたけちゃんが全員に1本を取れたらたけちゃんの勝ち。もしお前たちの中で1人でもたけちゃんに一本取れれば、たけちゃんの勝ちだ」
どうしてこんな事になってしまったんだ…顔を青ざめながら、近藤さんに目を向けると、親指を立てこちらに笑いかけてきた。剣を握って2日目で10人相手にする戦い。しかも相手は手練ばかり。私は現状にため息をこぼした。沖田さんがこちらに向かって歩いてくると、眉を下げ、心配を述べる。
「君、本当はこうゆう状況慣れてないんじゃない?手が震えてるよ」
私は沖田さんの心遣いに笑いかけるしかできなかった。
「1番隊の皆さんに信頼を置いて貰うためです。頑張ります」
でもと続ける沖田さんの肩を近藤さんが手を置いて静止した。
「総司、お前は1番隊の隊長なら、部下を信頼してやれ。お互い悪いようにはならないさ」
近藤さんがなだめては、沖田さんも渋々引き下がり、近藤さんの隣に座った。沖田さんが今回の掛かり稽古に参加しないのは何よりの救いだ。ただでさえ実力重視の強者ばかりが募る1番隊全員を相手にしながら、剣豪をさばくことになるのだ。そんなことが出来るのはチートクラスの能力者か一撃で敵を仕留める化け物しかできないだろう。
私は頭の中で回路をめぐらせていると、小さな声でが聞こえてきた。ふと周りを見ると、物も人の動きも時が止まっているように微動打にしなかった。ふと頭上に光が差し込むのに気が付き、光のする方へ顔あげると、白兎が私の元へと降りてきた。
「あかりちゃん!短めの竹刀を腰に身につけるんだ」
白兎が私の近くの短剣型の竹刀を指さした。私は恐る恐るそれを拾い上げては、白兎に問いかける。
「どうしてこれが必要なの?」
白兎は口元に手を添えながら他の隊士達に目をやった。
「君には才覚がある。でも10人の剣士相手に1人が太刀打ちするにも限界があるだろう…10人を出し抜き、この戦いに勝利するには、知恵が必要だ。それを今から僕が教えるから、覚えて欲しい」
慌てる様子の白うさぎに口を開け、問いかけた。
「また私を助けてくれるの?」
白兎は迷わず首を縦に降ると、自分のもふもふな毛皮から時計を取り出し、時間を見せた。
「残り3分しかないから、よくきいて?」
慌てる白兎を静止し、顔をのぞき込みながら話を続けた。
「どうして私を助けてくれるの?あなたは私の事、何も知らないはずなのに…」
白兎は目を見開くと、少し悲しげに耳を下に傾け、悲しげな声色で呟く。
「もう忘れちゃったんだね…」
私は悲しげなその白い生き物の頭を撫でながら、自分の記憶が消えた中に彼がいた事を自覚した。白兎は撫でられては決心が着いたのか、顔色を変えて、私に策をはなし始めた。
「まず前列の3人はこの一番隊の中でも強い剣士だ。真ん中の剣士は最近入りたてだけど、経験が浅い割に剣の才覚だけで1番隊に入った子。青髪の剣士はベテランだけど、今まで二刀流の人にあったことがない。そこをついて攻撃するんだ。ここ2人がやられれば、仲間内で不穏な空気が流れる。あとは周りを1人づつ対処すれば大丈夫」
白兎の早口の言葉を聞きいれては頷いた。しかし赤の剣士について何も言われていないことに気がつくと、振り返って聞き返す。
「赤の剣士は?あの中では強いんでしょ?どんな人なの?」
白兎は私の問いに頷く。
「赤の剣士はベテランで才覚もある。それに全体の信頼感も熱いし、冷静な判断もできる」
話を聞き終わっては白兎は続ける言葉がなく、そのまま立っていた。
「それだけってことは、対策法がないって事?」
私が白兎に聞くと、静かに口を開けた。
「彼は仕留めるのは難しいだろう。1番初めに対処するのは絶望的だし、仲間と連携をたてられたら、こっちからの攻撃はきかないだろうね」
攻撃が効かない…対処法がないと知ると、口元に手を添え、考えていると、天から光が刺した。
「もう行かないと…君の事、いつでも見守ってるからね」
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白兎が天に帰ると、いつもの日常にもどった。不安げにこちらを見つめる沖田さんも、こちらに竹刀を向ける1番隊隊士達の緊張も全てが元通りに時を刻み始めた。私は短剣型の竹刀を握り、胸の前で構えては小さな声で白兎に「ありがとう 」と感謝をする。私は左手に短刀型の竹刀を頭上で構え、右手で長剣型の竹刀を敵に向けた。互いに睨み合い、蹲踞をし合うと、近藤さんの声が道場内に響いた。
「はじめ!!」
合図とともに、互いに叫び合う。私は長剣型を頭に振り上げると、3人の剣士が斬りかかりにくる。飛び込んできた隊士達に長刀を振り下ろす。3人の剣士がその剣に注目を集めた瞬間。私は自分の持っている長刀型の竹刀を胸元に寄せ、短剣型の竹刀で前列にいる真ん中の隊士の頭目掛けて振り下ろした。相手もとっさの事で何かわからず、かわすこともなく、真ん中の隊士の頭当たった竹刀が大きな音を立てた。
怯む隊士達の顔を見ては、前方にいた残り2人を長剣型の竹刀で胴を殴り掛かる。青髪の隊士の胴は何とか一本取れたが、赤髪の隊士には刀を弾かれた。
「そう上手くはいかせてもらえないよね……」
私は短刀型の竹刀を赤髪の剣士に構え、姿勢を低くした。足をしっかりとつき、長剣型の竹刀を下に構える。赤髪の剣士は眉を顰める
「……どうした…さっきまでの勢いは」
赤髪の剣士は私の頭目掛けて竹刀を振り下ろす。私は短刀型の竹刀で牽制をした。竹刀を振りほどくと、1人、2人とほかの剣士達が竹刀を下ろしてくる。その様子はハイエナの様に、隙の無い連携だ。私は竹刀が揺れる度に体に疲労が蓄積されていくのを感じた。
「残念だよ…齋藤さんと渡り合えると聞いて楽しみだったのだが、まさかここまでとは…」
私は赤髪の剣士が落胆する中、周りを見渡した。おかしい、こんなに連携は取れてるのに、違和感を感じる……刀を避けながら周りを見ると、剣士達に違和感を覚えた。タイミングが一定なのだ。私は赤髪の剣士が目の前に来ると、竹刀が胴目掛けて降りて来るのを見た。
「これで終わりだ」
私は竹刀が降りてくるのを合図に、赤髪の剣士のすぐ後ろにいる剣士の元まで走りきり、面に竹刀を打ち付けた。周りの隊士たちがこちらに注目を集めた瞬間、地を蹴り、すぐ右の剣士に小手をうちつけた。赤髪の剣士がこちら側に勢いよく竹刀を振り下ろす。
「何故だ…我々に包囲されたものは、隊長クラスの剣士でも振りほどくのは至難の業…!お前はどうしてこの窮地を切り抜けた…!」
私は竹刀を構えた後、姿勢を低くし、静かに口を開けた。
「みんな互いに信頼を置き、攻撃も休むこと無く振り下ろされる。連携が上手くいくほど、仲がいいのは分かる…けど、攻撃がパターン化している。タイミングも同じだよ」
私の言葉に1人の剣士の竹刀が降りて来るが、隙だらけのだ。私は左に少し逸れたあと、隊士の頭に竹刀をたたきつけた。
次々に隊士達を切りつけていく。赤髪の剣士だけが残った後、刃を向け、彼の竹刀と私の竹刀が音を立てた。
「……こんなにあっさり我らが負けるなんて……」
悔しそうな赤髪の剣士に2つの竹刀を構えては、竹刀を耳に添え、姿勢を低くおろした。
「一筋縄ではいかなかったよ。やっぱり新選組随一の実力派の隊だね……だけど油断は隙を産むもとだ。どんな相手にもちゃんと油断せずに挑む事だね」
私は足を踏み込み、体を前へと押し出した。赤髪の剣士の喉元に竹刀をつき、相手の身体が後ろに倒れるのを確認したあと、竹刀を収めた。周りを見渡すと、近藤さんがこちらに勢いよく走ってくる。
「やはりたけちゃん!君はすごい才能を感じる」
私は安堵のあまり声を出せずにその場で会釈すると、近藤さんは私の両肩に手を置いた。
「君は俺たちの希望だ。この新選組の運命を変化させるだろう。俺は君に期待している」
私は間抜けな声を出したあと、近藤さんは道場を後にした。1番隊の隊士達はそレを見たあと、こちらへと足を運ぶ。
「君はすごい才能だ!」
「どこで剣術を習ったんだ!」
1番隊の歓喜の中、沖田さんは笑顔を向け、こちらに近づいてきた。
「本当、君には何度も驚かされちゃうな」
私が照れながら謙遜していると、沖田さんは続けてこう言った。
「やっぱりきみは近藤さんが見惚れる程の相手だけあるよ」
この言葉……懐かしい。前世で沖田さんに初めてかけて貰った時の言葉だ……ん?前世?私は沖田さんに恐る恐るもう一度言葉を聞いた。
「沖田さん…今なんて?」
沖田さんは不思議そうな顔をしながらもう一度上記の言葉を述べた。
「やっぱりきみは、近藤さんが見惚れる程の相手だけあるって言ったんだよ」
思い出した……!「雷鳴」のroot近藤での出来事。主人公は沖田さんと協力して改名案、「新選組」を提示した際、近藤さんから、「君は俺たちの希望だ」と言って、肩を手で取られる。そのスチルの後に沖田さんはこういうのだ。
「近藤さんが見惚れるほどの相手だね」
完全にこれは……!近藤さんルートだ……!どこだ、どこでルートをミスってしまったんだ……!そもそも近藤さんルートの条件である近藤さんの妓生と言う立ち位置でもない。私は頭の中で回路をめぐらせ、沖田さんに否定のコメントをした。
「いえ、近藤さんに見惚れられても困ります!私には……!」
すると沖田さんは鋭い眼光でこちらを睨みつけてきた。多分続く言葉を間違えれば、好感度を下げるだけでなく、自分の命も持っていかれそうだ……そう考え手を引っ込めた。最悪だ、最悪だ……!これで完全に沖田さんルート降り出しまで戻されてしまった……
空を見てみると、いつの間にか日暮れどきだった。私は溜息をつきながら空を見上げた。夕日の空に星が薄く輝く中、近藤さんの事が頭に出てきた。まさかこんな事になるなんて……沖田さんルートを自分で作りだすため、「雷鳴」本来は存在しない沖田さんの隊に入隊した。普通はここでルートが確定しているはずなのだ。本来の「雷鳴」は、ルート確立時に攻略対象者の誰かの妓生になる。または新選組外に行くため、タイムスリップした時点でまず新選組に見つからないように逃げるしかない。どのルートのどれにも入ってないはずだ。しかし、何故か近藤さんルートにしかないスチルと同じフォルムと、セリフ……間違いなく近藤さんルートに入ってしまったんだと思う。私としては近藤さんではなく沖田さんがすきだ……好きなのだ……だから否定したいのに、否定しようとすれば沖田さんの好感が下がる。どうすれば良いのか……頭の中でじっと考えていると、後ろから山崎さんが近づいてきた。
「……寺本様。 もう夜が来ます。どうぞ中へ」
私は思わず山崎さんに向かって眉間に皺を寄せて冷たい声色で声をかけてしまった。
「気にしていません。 私は今大切なことを考えているので、ほっておいてください」
良い歳にもなって、こんな風に誰かをあしらうなんて子どものようだ。体の影響だろう。よくこんなことを聞いた事がある。元々の世界では成人していても、転生後の世界で体が子どもになっていて、考え方も幼くなってしまうと。山崎さんは怯まずに私の断りを跳ね除けた。
「ダメです。貴方は隊士達に正体がバレてはいけない身。 あなたもわかっているでしょう?」
私は山崎さんのまっすぐな目を見て我にかえった。何を人にやつあたりしているのだろう……山崎さんは私を思い、注意をしてくれているのに。私は静かにため息をついた後、山崎さんに笑みを向けて話しかけた。
「少し私の話を聞いてくれませんか? 」
私が自室に呼び込むと、山崎さんは頭を深く下げ、頷いた。部屋には畳だけが広がっており、机と座布団だけが敷かれている。私は座布団をもう一つ押し入れから取り出し、山崎さんのお膝元に置いた。向かい合い座り合うと、山崎さんから一言溢れた。
「どうして君は新選組に? 」
私はその言葉を聞くと、手を組んで口を開いた。
「私ね、信じてもらえないかもしれないんだけど、未来(前世)で歴史が大好きだったんです」
私は前世の自分が「雷鳴」をプレイしていた頃の記憶をたどった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼前世✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
京都の城陽市富野荘。ここは何もないただの田舎。大きな病院も車で10分はかかるし、近くの大きなスーパーだって、足で行くのには遠くて自転車で20分かかる時もあった。私はこの街の木津川近くのマンションに住んでいるOLだった。昔巷で有名だったジョンプの漫画が好きであった。その漫画は幕末を舞台にしており、偉人のあり得ないコメディや笑って泣け人情話を読んで、心の空いた人生に穴を埋めていた。いつの間にかその漫画に出てくる偉人の話が気になって、幕末の英雄にのめり込むになった。そんな私がずっと気になっていたのが、沖田総司だった。
「……沖田さん……! 」
実際の顔写真はないにせよ、ウィックーでみた彼の生き様や、書物に書いてある彼の人生にどこか惹かれていってしまった。すぐに私は沖田さんが「推し」になった。私は彼が出たメディアのものを追っかける様になった。沖田さんが乗っているゲーム。イラスト。彼の人生と、その生き様を最後まで知りたい。そして彼の生きた人生を少しでも知りたいと思った。多分それは一種の「恋」に等しい思いだったのだろう。ひたむきに彼を思い、彼の死に自分のように心を痛めていた。「雷鳴」に出会ったのもそれがきっかけだった。沖田さんを知りたくて、知りたくて私はこのゲームをプレイした……しかし攻略対象でないこと。恋仲になれないことでやるせなさが込み上げた。
「どうして……私なら」
#沖田さんを幸せに出来るのに……!__・__#
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「そんなことがあって…… 」
上記を述べると、真剣な顔で聞いている山崎さんが目の前にいた。私は思わず恥ずかしくて、顔を隠した。
「ごめんなさい……!私ったら恥ずかしい事を……」
山崎さんは恥ずかしがる私を見て首を横に振った。
「あなたは純粋で真っ直ぐな人だと僕は思います……人を人とも思わない……「人斬りの道具」としてしかご自分を見ていない沖田さんには、貴方のような方がいてくれることは心が変わる引き金となると思うので」
変わる引き金……そう言ってくれるだけで心が安らいだ。この変わらなさそうな現状に、私は絶望していたのに……この人はこんなにも優しい言葉をかけてくれる。
「どうして山崎さんは私にそんなに優しい言葉をかけてくれるんですか?」
私が問いかけると、山崎さんは頬を緩ませた。
「僕は……」
その時、襖がひらき、近藤さんが部屋へと入ってきた。
「たけちゃん!今から星を見に行かんか?」
近藤さんのの優しい笑みが、彼との差を大きく開いていく。私は拒否をしようとすると、沖田さんが後ろから援護してきた。
「近藤さんが星を見たいって言ってるんだよ。 局長の援護をするのも、隊士の役目だからね」
沖田さんの笑みには、圧力がかかっていた。私はどうする事も出来ず、そのまま近藤さんと共に夜の星空を見に行くこととなった。
星空が燦然と輝く夜の京。2人は灯りの消えた街を歩いていた。少し気まずい……近藤さんの想いを知ったわけではないが、スチル演出といい、2人で夜の街を歩くといい、明らかに攻略対象のそれに近い行動だ……私は重い足取りで近藤さんの横を歩いていると、近藤さんはっと立ち止まった。
「あぁ! いけない! あかりちゃん、少し走るぞ」
私が近藤さんのいきなりの大声に呆気に取られていると、いきなり近藤さんは何かを思い出した様に私の手を取り、走り出した。私は思考が追いつかないまま、彼の行手に共に走っていた。住宅街を抜けると、そこには四条の鴨川が見えた。水面に映し出された星の数々。上を見上げればあたり一面に咲いた星々に、目が輝いた。近藤さんは私の子どものように無邪気な顔で空を見つめる姿に、ニカっと歯を出して笑った。
「綺麗だろ?」
こんな夜更けなのに隣に輝く笑みは、太陽にしか見えなかった。この笑顔知っている……誰にでも優しくて、少し空回りしてしまう貴方だから皆んなはついて行くんだろう。私は頬が自然と緩み、頷いた。こんな綺麗な夜は初めてだ。
「近藤さんって意外とロマンチックなんですね」
近藤さんにそう言うと、近藤さんは頭をかいて恥ずかしそうに答えた。
「そうか?俺は女子とこーゆー事はした事がなかったから、そう言われたら少し恥ずかしい」
顔を少し赤らめた近藤さんの顔に私はこの風景に懐かしさを思った。多分近藤さんルートのスチル演習か何かだろうとは思ってはいたが、この無邪気な近藤さんの姿を見てそんな事はめどうでもよくなってしまった。私は近藤さんから手を引かれるまま川辺を2人で歩いた。祇園が近づくにつれ、あかりが見え、楽しげな話し声も聞こえてきた。
「賑やかですね」
ふと私が言葉を漏らすと、近藤さんは私の顔をのぞき込み、微笑みかけた。
「あぁ、いい街だろ? 」
その顔には新選組の局長としての近藤勇では無く、この京の町を愛するただ一人の男としての笑みがあった。私は近藤さんの笑みに引き寄せられるように笑いが込み上げた。取り合う手が暖かく感じた。
「京の都はこんなに立派に見えるが、実は曲者揃いでな。嫌味な娘っ子や、お堅い考えの男共。癖の強い荒くれ者ばかりでな。京の治安を守るのも一苦労だ。だがな。冷たい街に見えるかもしれんが、実は心の暖かい人ばかりでな。互いに知らん顔してても、ほっとけ無くてな。最後には手を伸ばしてしまう。そんな天邪鬼な奴らばっかりさ。俺はそんなこの街が、日本が好きなのさ。幕府とか大名とか将軍様なんて関係ない。俺はこの国を守りたい。それが異国の民でも、どんな物だろうと俺は話合って、互いにこの国をより良いものにして行けるなら構わないと思っている」
近藤さんはこちらに向き直ると、繋いでいた手を両手で包んだ。
「お前さんはきっと、その仲間の1人だと思っている。俺と共にこの国を導こうではないか」
私は振りほどくことはしなかった。恋愛ルートがどーのこうのという理由ではなかった。ただ京を守りたいとする近藤さんの意思に誠実さと懐かしさを感じたのだ。私は目を細め、笑みのまま答えた。
「近藤さんの気持ちはわかりました。しかし、私も沖田さんへの思いがあるので、気持ちだけ受け取りますね」
近藤さんは少し悲しげに私に笑みを返しては、手を離した。
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河原を後にし、屯所まで2人で戻った。帰りは少し気まずかったものの、近藤さんの人望に救われ、話が弾む。昔の新選組の姿や、沖田さんの事など、色々な話をしてくれた。私の知らない沖田さんの一面に思わず笑った。屯所の廊下を2人で歩いていると、山崎さんの荒い声が聞こえた。
「どうしてあなたは彼女の事を見てあげないんですか……!」
私は驚いたあまり、声が出そうになるのを近藤さんが封じた。障子は少し空いている為、中を覗こうとすると近藤さんが首を横に振った。やがて冷たい声で山崎さんをあしらう声が聞こえる。
「見てあげないなんて当然でしょ?僕は彼女に興味ないし、初めからいい風には思ってない」
この声は間違いなく沖田さんだ。沖田さんは氷のような冷たい声色のまま山崎さんに向かって話続ける。
「彼女は未来から時間を超えてきた。僕に会う為に。1度も会ったことも無い僕の元にだ……可笑しいと思わない?それにあの剣筋、どう考えても初心者の動きじゃないでしょ?対人戦が苦手だから経験は浅いにしろ、あの斎藤くんの本気の剣技で渡り合えるくらいの才能の持ち主だ。彼女は十分危ない存在だと思うけどな」
沖田さんの言葉に山崎さんは食ってかかった。
「しかし彼女は貴方をただ純粋に好きな気持ちで自分の知らない土地に足を踏み入れた。相当な覚悟がなければ出来ないと僕は思います」
沖田さんは溜息を着いて答える。
「そこが矛盾してるから信用出来ないんだよ。あの子は。ここに来た理由は僕の為って言いながら、階段から落ちた拍子に大きな時計に吸い込まれてここに来たって言ってたでしょ?それって単なる事故だよね?しかも事故が起こるのを事前に知ってたって言って……情報が後出しすぎるんだよ」
何も言い返せない。どれも事実だが、情報を後出しにしたあまり、信ぴょう性が無さすぎる。沖田さんが怒るのも分かる。でも本気で私は沖田さんに信じて貰ってないこと、眼中に無いことにショックが大きかった。なれない剣を振るってみせても、思いを真っ直ぐに言っても、受け入れて貰えない。沖田さんルートなんて本当にできるのか……頭の中でぐちゃぐちゃと音を立てた。最後に決めての一言が浴びせられる。
「僕にとってあの子は邪魔なだけだよ。さっさと消えて欲しいんだけど」
私の中で心に槍が刺さる痛みが生じた。今まで愛してやまなかった人からの拒絶……絶望しかない。私は思わずその場を走り去った。後ろから近藤さんが私を追い掛けてくるのが分かるが、私は部屋に入り、思いっきり障子を閉めた。こんな事になるとは思わなかった……まさか沖田さんにあんなにも拒絶されていたなんて……!私は悲しさのあまり涙がこぼれ落ちる。大好きだった人に裏切られた悲しみに打ちひしがれていると、ふと自分の懐にさしてある小刀が目に入った。白うさぎから貰った小刀だ。
……そうだ……
やり直せば良い……
懐の小刀をゆっくりと抜き出そうとした瞬間。声が聞こえた。
「あかりちゃん……?」
障子越しに近藤さんの声が聞こえた。私は小刀を持つ手が緩んだ。障子越しに座り込む近藤さんの影を私はただ見つめていた。
「あかりちゃんは本当に総司が良いのかい?」
私は混乱のあまり口を噤んた。好きな人に拒否をされた手前、沖田さんを諦めないと言いきれない自分がいた。私の身勝手とはいえ、心が傷んだままだ。私が言葉に詰まっていると、近藤さんは優しい声色で私を解した。
「あかりちゃんはあかりちゃんを幸せにしてくれる人と一緒に居る方がいい」
幸せにしてくれる人……それって多分近藤さんの事だよね?自分で多分アプローチしたくて、自分の名前を言ってるんだよね……?近藤さんは私の持つ小刀に手を添えた。
「総司との未来は、身を削ってまで手に入れたいものか?」
私は小刀から手を離すと、近藤さんは私の小刀を床に置いた。近藤さんは放心状態の私の頭を撫でた。
「ゆっくり考えるといい」
私は撫でられた頭の場所を手で触れた。少し暖かくて、気持ちがいい……私は心の中に色々思い浮かんでは、口をつむった。このまま……
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
次の朝、新選組の幹部達が集まった。私は沖田さんと中沢さんに連れられ、前川邸の西の蔵まで案内された。近藤さんは私を見るなり目を細めていた。
「たけっちゃん。おはよ」
私は頭を軽く下げては、沖田さんはの後ろにつき、指定された場所へと座った。土方さんが辺りを1度見回してから口を開けた。
「今日の話し合いについてだが、3日前の騒動後、俺達は名を改めることにしたのを覚えているか?」
3日前……9月18日は芹沢さん暗殺事件の日だ。私は翌日の19日に屯所に来た為、その現場を目の当たりにしていないが、現代の知識があっていれば、間違いなくあの日だろう。
皆さんが言葉を詰まらせていると、山崎さんは手を挙げ、沈黙を破った。
「副長。何日も隊の名を考えていても埒が明きません。ここは1つ、事件翌日に未来から来た武田殿に案を考えていただくのはどうでしょうか。」
山崎さんの提案を聞いて私は目を丸くした。なんで私なのだと。こんな重要な任務ぽっと出の不審者に委ねるのは間違っている。私が口を挟もうとした時、山崎さんは私の顔を見た後、沖田さんに向かって口調強く言う。
「沖田隊長と一緒に」
その場にいたメンバーがいっせいに私と沖田さんを見た。沖田さんは反論の意を示す。
「どーゆー意図かはわからないけど、厄介事を押し付けるのは良くないんじゃない?」
山崎さんは私にこくりと頷くと、優しい目で見つめた後、沖田さんを見た。
「昨日沖田隊長は武田殿の事を信頼していないとハッキリと豪語されました。しかし、同じ隊内で信頼がないのは問題だと考えています……そこで、今回はそのおふたりに我ら壬生浪士組の新たな名を1日考えてもらい、親睦を深める必要があると僕は思います」
力強い山崎さんの意志に副長は少し考えた後、腕を組んだ。
「それは良い案だな」
近藤さんがと目に入ろうとすると、土方さんが大声で宣言した。
「総司、武田。お前ら2人を今回の改名案係に任命する」
近藤さんは土方さんの言葉を聞いたあと、首を横に振った。
「しかしトシ、武田殿も色々と困惑している時期だ。こんな事をしたら、彼女はもっと居ずらくなってしまう」
多分昨日の件を隠そうとしているのだろう。昨日沖田さんに酷く否定され、泣いていたとみんなに知られぬよう、あえて分かりにくく発言していた。その反論を土方さんはあっさり覆した。
「総司がいるから大丈夫だ。あいつなら隊のことをよく分かっている。隊のことを知るためにも、お互いに交流していくのも大切だろう」
沖田さんは少し不服そうな近藤さんを見て言い返そうとするも、口が開いたまま言葉が出なかった。皆の反論は一切無い様子から、私と沖田さんが新選組の新しい名前を考える事となった。
私と沖田さんは2人で机に向かい合い、紙を睨み合っていた。壬生浪士組(現、新撰組)の改名案…未来から自分が知っている名前に決まっている。「新選組」に改名すればいいだけの話。でも、多分そんな容易い理由では沖田さんを説得は無理だろう。私は筆手にし、顎に添えながら考えていると、沖田さんが私の頬に手を伸ばした。
「筆の先がついてるよ」
私の頬に着いた黒い墨が沖田さんの手に染まっていく。私は沖田さんの触れた場所を触れると、鼓動が早いことに気がついた。私は目を伏せるようにそっぽを向く。
「ありがとうございます」
私は横目で沖田さんの顔を見ると子どもをあやすような優しい沖田さんの顔が見えた。私はその顔を見て思わずつられて笑ってしまった。
「沖田さんっていつもその優しい顔で笑ってくれますね」
沖田さんは私の言葉に少し驚くも、紙を見て話し始めた。
「なんでだろうね。君が来た理由とか、一くんと並ぶ剣術を持ってる所とか、僕は君の事、敵か味方か疑わくて警戒しているんだ。でも君の言動一つ一つが何だか幼い子どもみたいで愛らしくも見えるだ」
沖田さんのその表情には冷たい目線は一切なく、ただ暖かな優しい目線があった。それはあの1番隊対私で戦う事が決まった時、心配してくれたあの優しい沖田さんの表情だった。こんな表情、ゲームの世界ではありえなかった光景だった。ゲームの沖田さんは主人公「寺本あかり」にいつも笑顔でただ優しい人だったのにも関わらず、私がこの世界の主人公になって、同じ扱いをされるとずっと思ってた。でも、疑われたり、優しくしてくれたり、時に気づいてるのに気付かないふりして私を傷付けたり……
「変わらず不器用だな……」
私は思い返せばゲームの沖田さんが好きで、ここにやって来たのに、目の前に居る彼を「ゲームの沖田さん」としてしか見ていなかった。彼は今を生きる沖田総司さんなのだ……主人公「寺本あかり」をサポートする役割でもなければ、ただ死亡フラグの未来しかないゲームのキャラクターではない。たった1人の人間なのだ。そんな簡単なことにも気付かず、私は「沖田さんルートを改築」だの「近藤さんルート」だの……彼らをまるでゲームの世界の人間のように扱ってしまった。私は彼の事が知りたくて、昨日の夜の事を口に出した。
「昨晩。私がいるのを知っててわざと酷いことを言ってましたよね。どうしてですか?」
沖田さんが眉をひそめる。
「どうしてそう思うの? 」
「だって沖田さんが人の気配を気づかないほど鈍感なわけないと思うんです。私はあなたをずっと見てきたから」
何度もゲームで見てきた。何度も死ぬ姿を、人を思い背中を押す姿を、プレイする事に心が押しつぶされそうになりながら見ていた。だからこそわかる。あの時の冷たい言葉。私と近藤さんが帰ってきた時にタイミングよく言えるのか。ゲームの補正以外であり得ない。ましてやこのゲームのシナリオ通りの人間ではなく、お互いに感情もある。もうこの世界はゲームじゃないなら、あのタイミングでゲームの補正が掛かる理由がわからない。メインキャラのためにサブキャラがわざわざあのセリフを聞かせるなんて、乙女ゲーム側が近藤さんに私を攻略させようとするようなものだ。ゲーム性としてそんなことはあり得ないだろう。私がそう言うと、沖田さんは鈍い顔をしていた。
「君、僕に昔会ったことでもあるの?」
私は少しその問いに戸惑った。昔から彼にあった記憶など1ミリもない。沖田さんがそんな理由で納得はしないだろう……しかし怖いが言葉を口にした。
「私は沖田さんと以前あったことないはずです。私はこの世界に来た事は今回が初めてなので。でも……私はあなたの事をずっと未来で調べて、あなたが幸せになる方法をずっと考えてました。どうすればあなたの未来を変えられるか」
「見た事もない相手に、どーしてわざわざ未来からきて、僕のこと幸せにしたいとまで思えるの?そこまでしたかった理由は何?」
私は自信をなく、言葉を口にした。
「沖田さんは私の推しだからです」
私はずっと推しとして沖田さんが好きだった。沖田さんルートを自分で開拓しようとするくらい、今でも沖田さんが推しとして好き。だから推しが笑顔で幸せになって欲しい。そこに私の幸せがあるかどうかは分からない。けど、私は沖田さんを幸せにする事が、自分がここに来てやり遂げたい事なんだ。私が答えたあと、少しの沈黙の後、吹き出して笑った。
「あはは、聞けば聞くほど、わからない子だなぁ」
沖田さんのその笑みは貼り付けた笑顔だった。なんの感情もそこからは見えなかったのだ。
その後の会話は特になく、ただイタズラに時間が過ぎた。
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気づけば夜更けになっていて、私たちは結局、新たな選択をした組。「新選組」に改名する事にした。それを明日近藤さん達にも話す予定だ。夜空の星々を見ながら私は剣の手入れをしていた。昨日の夜を思い返せば、近藤さんとこの夜空を見に行ったな……昨日を思えば色んな事があった。沖田さんにわざと酷い事言われたり、傷ついた私を近藤さんが慰めてくれたっけ。本当に凄い1日だったな。色んな思い出がさかのぼる中。ふと近藤さんの言葉が呼び起こされた。
「あかりちゃんを幸せにしてくれる人と一緒になる方がいい」
私を幸せにする人……か……
決断の時は迫っていた。
沖田さんと改名案を考えた日から2日後の朝。前川邸西の蔵横。近藤さんを始めとする幹部組が集まる部屋に私と中沢さんが入る。中沢さんは朝から私のことを鬱陶しそうに睨みつけていた。中沢さんは転生する前、令和の時代でも「自分よりも強い人としか結婚しない。」と豪語していたく らいだ。自分よりも後に来たのに、強いという理由で幹部と同じ扱いをされている私が気に入らないのだろう。私は中沢に導かれるまま、沖田さんの隣に座った。土方さんは人数を確認すると、声を上げた。
「2日前に俺達は、改名案を総司と武田に考えてもらった。今日はその内容を発表してもらう」
沖田さんは自分の懐から半紙を出すと、文字で「新選組」と書いた紙を見せた。
「これから私たち浪士組は、沢山の選択を強いられる事となるでしょう。その時、時代の流れと共に新たな選択を選ぶ組として、日本を支えて行ければと思い、「新選組」と名を提案させていただきたいと思います」
「新選組」という名を聞くと、各隊長達は各々納得した様子で互いに新たな名前を口々にした。永倉さんが顎に手を当て、頷く。
「総司も武田殿も良い名を考えたね。響きもいい。僕は賛成だ」
永倉さんの言葉に続くように賛成の声が広がる中、土方さんが咳払いをした。
「却下だ」
土方さんが却下すると、永倉さんがつっかかった。
「なんでですか!こんな素敵な名前なのに」
土方さんは沖田さんの半紙をもう一度見ると、沖田さんの元へと歩み寄り、沖田さんの半紙を手に取った。
「この名前、会津藩士の警備隊の名前と全く同じ名前だ。こんなの勝手に貰えるわけないだろ」
ゲームの展開と違う事に混乱した。「新選組」の名前を考えるのは「雷鳴」の主人公寺本あかりと沖田さんで行い、「新選組」と二人で決めて、それが採用される。しかし、会津藩士の警備隊と同じだと言うのは、本当の歴史通りだ。どうしたものかと考えていると、齋藤さんが手を挙げた。
「その件ですが、俺が前々から手配しておきました」
そう言うと齋藤さんは懐から手紙を出した。齋藤さんはその手紙を土方さんに手渡した。土方さんは手紙の中を開けるとそこには会津藩の長、松平公から「我が会津藩は、壬生浪士組を「新選組」と名を改める許可を与える」との事であった。土方さんは頭を掻きながら頬を緩ませた。
「こりゃ1本取られたな」
土方さんは近藤さんに手紙を渡すと、声を上げた。
「会津藩の松平公からもお許しを貰った。俺から言うことは何もねぇ、後は近藤さんに任せたいと思う」
近藤さんは手紙を一通り目を通すと、首を縦に振った。
「お前達の顔を見れば分かる。お前達、この名前がいいんだな?」
近藤さんをその場にいた全員が見た。互いに見えない糸で繋がっているような信頼感が感じられた。近藤さんは山南さんを呼ぶと、口を開いた。
「山南さん。俺達壬生浪士組は、今日から名を改め、「新選組」とする。書き留めてくれ」
幹部たちは新たな名前を気に入ったようで各々隣の席で座る人同士で名前について話し合っていた。近藤さんがふとこちらに振り返ると、笑って話しかけてきた。
「総司もたけっちゃんもお手柄だ!よくふたりで考えてくれた!」
私は張り詰めた緊張感から、近藤さんの暖かな言葉に救われていた。思えばいつもこの笑顔に救われている……
「あかりちゃんはあかりちゃんを幸せにしてくれる人と一緒に居る方がいい」
それは以前近藤さんに言われた言葉だった。あぁ、幸せってこういうことを言うのかもしれない……私はこの暖かな光のような近藤さんに心が開かれていった。もう私の目には沖田さんは居なかった。
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会議終了後、私は稽古場に向かおうと、一人で歩いていた。その後ろから話しかけようと近藤さんが歩み寄る。その顔はお互い気の許した中のように、親密な関係に見えた。山崎さんは私の様子を見兼ねて、声をかけた。
「武田様、どうかされましたか?」
私は、後ろの山崎さんに振り返り、愛想笑いをうかべた。
「山崎さん。私は、幸せになれる相手を選ぼうと思いました。それは近藤さです。」
近藤さんは目を丸くし、顔を赤らめた。
「たけっちゃん」
私はあの夜の答えを話そうと近藤さんに笑いかけると、山崎さんは儚い笑みで言葉を散らした。
「僕はあなたを信じていました。沖田さんを幸せにするのはあなただと……でもあなたまで沖田さんを裏切るんですね……」
山崎さんの背中はどことなく悲しく見えた。空は清々しい青空なのに、どこか虚しい色に見えた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼2年後✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
私は近藤さんの正妻として呼ばれ、子どもも授かっていた。
「よしよし……いいこだね……」
私はあれか程なくして近藤さんと付き合い、直ぐに体を重ねる関係になった子どもはその時に出来たのだろう。直ぐに妊娠が発覚し、入隊から3ヶ月という短い期間で新選組を去った。途中池田屋事件など大きな騒動もあったが、どれも近藤さんの恋人として大事に扱われていた私を戦場に送る理由はなく、私は家事炊事だけ担当していた。本当に今はのどかな一軒家に近藤さんと二人で暮らす毎日……幸せと言えばこれで幸せなのだろう。もうすぐ慶応4年。近藤さんが処刑される日は近づいている。私はそろそろ新選組を離れるよう近藤さんには説得してある。時期に田舎へ逃げるつもりだ。そんな私の元に副長の土方さんがやってきて、玄関の前で土下座をした。
「頼む。近藤さんを説得してくれ」
私は土方さんに近づき、話を聞くと、近藤さんが隊を抜けるのを阻止して欲しいとの事だった。私は赤子を抱いたまま首を横に振った。
「それを願ったのは私です」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼あとがき✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
root近藤を読んでいただきありがとうございました!
悲しい事に、近藤さんは自ら身を引くという形を取りました……散り方は漢気で溢れるように思考してみました。
私の近藤さんの印象は、銀魂の印象がすごく強くて、女にだらしない(というかストーカー)だけど、仲間を信じすぎるぐらい仲間思いで、自分では長としての振る舞いはあまりに合わないと思うものの、気づかないうちに回りが着いてきてしまう人望。何気なくみんなを引き付けてしまう暖かな人だと言うイメージでした。
今回の作品を書くについても、その印象が強くでてしまい、暖かさを重視して描きました。ストーカーはしてませんよ?笑
仲間を信じ、仲間の為なら自分の犠牲もいとわない。そんな近藤さんだからこそ、主人公あかりが1番初めの壁になる相手にふさわしいと感じ、近藤さんルートから始めました。皆さんはどーですか?近藤勲、好きですか?好き!?ありがとうございます!そっちの漢字は私の最推し、銀魂の近藤勲です(笑)偉人の近藤さんは勇さんと言います。皆さん気になった方がいらっしゃいましたら、近藤勇さんをぜひ調べて見てください!
ちなみに「アルファポリス」では、そんな「近藤さんルート」奪還編をお送りします。近藤さんrootを捨て、沖田さん選んでしまった主人公の行方はいかに…
さぁ次回のルートはまだセリフしか出て来てないまさかのぱっつぁんルートです。ここからなんとあの有名な池田屋事件を挟んでいきます。今回は戦闘もなく、比較的穏やかなルートで、主人公の蒼井ちゃん(転生後寺本あかり)もあの時間刀を使わなくてよかったのですが……本格的な戦いが増えるため、余儀なく使用を強いられる可能性もあります。
記憶を失いつつ戦う主人公の姿。また沖田さんとの思い出の中で取り戻されていく「記憶の欠片」達……果たして蒼井桜の運命は……!?これからも「攻略キャラクターに負けるわけがないだろ!?」をよろしくお願いします!