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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第4章 神々の再臨
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第12話 君を呼ぶ声

(おいで……)


(おいで……)


(おいで……)


(ここまでおいで……)


(私の愛しい子よ……)



「はっ!」


 謎の呼び声にナナは目を覚ます。

 その額からは、滝のような汗が流れ落ちていた。


「はぁ……はぁ……夢……?」


 誰かにずっと呼び掛けられていた。

 とても懐かしいような……何とも言えない不思議な感覚であった。

 自分を産んでくれた母とは違う。

 だけれど、母の温もりがあるような女性の声。

 それなのに、その奥には憎悪が見え隠れする。

 どこかへ誘おうとする優しい声に……殺させれてしまいそうな悪夢であった。


 体にへばりついた気持ち悪い汗をシャワーで流し、ナナは気分を一新する。

 身支度を整えると、カイトの部屋の前で立ち止まった。

 コンコンとノックで自分をアピールし、扉に向かい声をかける。


「カイト、起きてる? そろそろ準備しないと間に合わないよ」


 ナナの声に反応したよう扉が開き、部屋からでてきたカイトの目元には、少しクマができていた。


「ナナ、おはよう」

「カイト……眠れなかったの?」


 カイトは少し床を見ながら小さく頷く。

 何故眠れなかったのか、ナナは聞くまでもなくその理由を理解していた。

 優しいカイトのことだ。

 自殺してしまった老婆に何かできなかったのか、ずっと考えていたのだろう。

 そんな自らに枷をかけ追い込むカイトの性格は、ナナにとって唯一嫌いな部分であった。


「今日は歌姫の泉に行く大切な日だよ。この調査に世界の命運がかかっているかもしれない。しっかりしないと」


 ナナに促され、カイトは髪を掻きながら顔をあげた。


「そうだな……ごめん。顔洗ってくるよ!」


 無理に元気を絞りだし機上に振る舞う姿を見て、ナナは大丈夫かと心配になってしまう。


 今回の大規模な調査は、現場で実際に見たとされるカイトと、ルーインでの知識を持つクスハが中心となる。

 それに加え、ナナとエルマン、ステインも同行することになった。

 グロースの研究部門は、その強靭な見た目に反し意外にもエルマンが筆頭者である。

 科学的に王喰を発動させる可能性、及び女神の涙の性質発見も彼の智力が見つけたものであった。


「すみません! 遅くなりました!」


 セントレイスの東門が集合場所になっており、カイトとナナが予定より少し遅れて到着する。


「もー! カイトにナナ~? ちゃんと時間は守らないと駄目だよ~?」


 待ちくたびれていたクスハが、頬を膨らませながら怒っている。


「そんな可愛い顔で怒られると、困っちゃうな……」


 何とも愛くるしい表情に、カイトは思わずぽろっと口から本音が溢れてしまった。

 全く、罪な男である。

 その天然まじりの発言にクスハの顔は赤くなり、膨れた頬も萎んで恥ずかしそうにモジモジしている。


「可愛いって……カイトは卑怯だ……」


 すっかり機嫌を良くしたクスハとは別に、激しい憤怒を滲み出している者がいた。

 いうまでもない、ナナだ。


「ごめんね~。この馬鹿カイトが、家を出る直前にお腹痛いとかいいだしてね~」


 眉間に筋を浮かべながら、ひきつった笑顔でカイトの頬をナナがつねった。


「いてーよ!! ゴメンって!! そんな恥ずかしい話しなくてもいいだろ!?」


 カイトにナナとクスハ、この三角関係は一体どのように終結を迎えるであろうか。

 いっそ一夫多妻制を導入するのが一番平和だろう。

 そんな平和的な思考ができるのは、今が当たり前の平和にあるからである。

 三人を見ていたエルマンは染々とその想いに浸り、自然と笑みを浮かべていた。

 ナナにたじたじなカイトを見て、他の皆からも笑いがこぼれる。


 そんなやり取りを終えると、カイト達はデモードの森に向かい歩きだした。



「すご~い……ルーインにもこんな大きな木々はなかった……」


 相変わらず森の入口から漂う空気は独特である。

 カイトは初めてここに来た時も感じたことなのだが、広大な太古の木々が織出している重厚かつ、幻想的な明暗は、来る者の心を魅了する。

 ナナとクスハもこの世界の大きさに心を奪われていた。


「この森の中心部に歌姫の泉があるんだ」


 カイトは先頭に立ち、この森での出来事を思い返していた。

 初めての任務、初めての強者との戦い、初めての経験を沢山した。

 そして、その時に一緒にいてくれたテスラはもうこの世にはいない。

 この森に来たのはそれ程遠い過去ではないが、数年ぶりに来たと錯覚してしまう程、最近の出来事が濃密であった。


「カイト……? 大丈夫……?」


 入口で感傷に浸っていたカイトをナナが心配する。

 今までの出来事が頭を過り、自然と溢れてきそうな涙をぐっと堪える。

 カイトは俯きかけていた顔を上げ前を見つめた。


「大丈夫、俺はあれから強くなった……色々な経験が俺を強くしてくれた……行こう!」


 力強い眼にナナは安堵し、カイトの右手を握る。


「よし、行こっか!」


 笑顔でカイトを後押しすると、体を自然と密着させる。

 そんなナナに嫉妬したクスハは、膨れ顔になって咄嗟にカイトの左手を握り、負けじと体を密着させた。


「ナナだけずるい! 私もいるんだから!」


 まさに両手に花とはこの状況のことをいうのだろう。

 二人の美女に挟まれ顔を赤くするカイトを見て、エルマンとステインは呆れて笑うしかできなかった。


 三人がくっつき、窮屈な格好のまま森の入口に足を踏み入れようとしたその時。


(おいで……)


「ッ!?」


 ナナが夢で聞いた声を感じとる。

 耳に語りかけてくる声とは違う、頭の中に直接入り込んでくるような声であった。


「この声、誰なの?」


 ナナが不安そうに辺りを見渡すが、特に変わったものは何もない。

 その様子を見てカイトは不思議そうに声をかけた。


「どうしたんだナナ? 何か聞こえたのか?」

「えっ? カイトは聞こえなかったの?」


 その声は、カイトはおろかすぐ後ろにいたエルマンとステインにも届いてはいなかった。

 唯一、隣に立っていたクスハだけがその言葉に反応を示す。


「私も聞こえた。ハッキリとじゃないけど、おいでって言われているような……でも声がボヤけていて良く聞き取れなかった」

「ボヤけていていた? 私にはハッキリと……」


 クスハも声が聞こえたようだが、ナナとは少し状況が違ったようである。


「ナナとクスハにだけ聞こえた声か……気を引き締めた方がいいな」


 カイトは両手の花を手放し、再び先頭に立つ。

 ナナとクスハを挟むよう、後方をエルマンとステインに任せ歌姫の泉を目指した。


 その頃、歌姫の泉は何かに共鳴するよう青く輝き、不気味な静けさを放っていた。

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