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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第4章 神々の再臨
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第5話 戦士の舞と二人の酒席

 ティナがステージに姿を現すと、マイクを手に取り観客に声をかける。


「みんなー!! 今日は急なコンサートなのに来てくれてありがとう!! いつもと少し違ったコンサートなると思うけど、楽しんでいってねー!!」


 ティナが会場に向かい手を振ると、一斉に歓声が上がり会場が熱気に包まれる。

 相変わらずティナの人気は凄まじいものだ。

 改めて彼女がいかに偉大な歌姫であるか、ナナは痛感させられた。


 ティナが優しく歌い始めると同時に、後方から黒い衣装と白い衣装を纏い、仮面で顔を隠した二人の人物がゆっくりと現れる。

 カイト達はその正体が誰であるか知っているためあまり驚きはしなかったが、会場は謎の人物の登場に騒めいていた。


「何だ? 何が始まるんだ?」


 観客達がざわめくのを他所に、ティナの歌声は二人の登場と共に力強く変化していく。

 ステージ中央で向かい合った二人は、創遏を集中し武器を作り出す。


 黒に包まれた人物は、白き剣を。

 白に包まれた人物は、黒き剣を。


 二人は歌に合わせるよう、ゆっくりと剣を交差させ挨拶を交わす。


 緩やかに、流れるように戦いを始めた二人の動きは、雪解けの水が流れる清流の如き幻想的な舞であった。

 そんな二人に魅了されてか、先程まで騒めきに包まれていた会場は一気に歓声で熱を取り戻す。


 頃合いを見計らったように、ティナの歌が更に勢いを増していく。

 冒頭の優しい歌声はどこにいったのか、気づけば歌声は戦いをさかりつけるように、熱き胎動に変わっていた。


 その歌声に答えるように二人の演武が激しさを増していく。

 溢れる創遏が火の粉となって観客席の上空を舞い、壮絶な戦いに演武と分かっていても息を呑む。


 それはまさに──死闘。


 二人の舞は、今回の戦争で戦い抜いた戦士を表現していたのである。


「あの人達はなんでもできるのかよ……」


 レオの口から、思わず羨むような愚痴がこぼれた。

 気づけばカイトとレオは席を立ち、その演武に見惚れてしまっていたのである。


 そのまま演武はクライマックスを迎え、白の攻撃に黒は敗れ倒れてしまう。


 人の認識力は身勝手なものである。


 正義とも捉えることができる白色を観客達はファンディングと決めつけ、敗れた黒をルーインと捉えていた。

 世界の頂点に立つ二人の舞は、戦争で力強く戦い、勝利したファンディングを表しているとほとんどの観客が認識していたのだ。


 戦いに勝利し剣を掲げる白を見て観客達は立ち上がり、拳を天に突き立てて喜びをあらわにする。

 その舞に歓喜する者、涙する者、ただただ見惚れる者、各々様々であったが、カイトの目には違った映り方をしていた。


 倒れる黒を見て、カイトの瞳に涙が浮かぶ。

 その黒は、死んでいった仲間たちに見えたのだ。


 堪えきれなくなった感情が体を支配する。

 カイトは思わずその場を飛び出し、一人で駆けた。


 後を追おうとするナナとクスハをレオが引き留め、首を横に振る。


「今は……一人にしてあげた方がいい」


 男の涙は、好きな女性にほど隠したいものなのである。


 カイトは一人、会場の外で星空を見上げながら想いにふけていた。


(なんだか……最近、涙脆くなったな……)


 涙で腫れた瞼を、空高くから星たちがキラキラと笑っているようであった。



 その後、少ししてから落ち着きを取り戻したカイトは観覧席に戻り、突然いなくなったことに対し皆に頭を下げる。

 そんなカイトに、誰も問い詰める者はいなかった。



 コンサートが終わり、各々が解散しカイトとナナも家路についた。


 クロエとティナはまだ帰ってきておらず、ナナもコンサートではしゃぎ過ぎたのか、ソファーに座ったまま眠ってしまった。

 カイトはナナを抱きかかえベットに移すと、一人リビングの椅子に座り考え込んでいた。


 しばらくして玄関の扉が開き、クロエとティナが帰ってくる。


「なんだ? まだ起きていたのかカイト?」


 既に時間は深夜二時を過ぎている。

 カイトは全く眠れず、しばらく起きていると告げそのまま椅子に座っていた。


 その後、寝支度を終えたティナは先に寝るねと言い残し、自分の部屋に行ってしまう。

 一人残されたカイトの元に、クロエが酒瓶を持ってやってきた。


「よう、眠れないんだろ? 一杯付き合えよ」


 クロエが二つのグラスに黄金色のウイスキーを注ぐ。


「いや、俺は酒を飲んだことなくて……」


 咄嗟に酒を断ろうとしたカイトであったが、クロエがそれを許さなかった。


「何言ってやがる、お前も立派な大人だ。いいから飲んでみろ」


 渋々と一口含み飲み込むと、喉を焼くような熱と共に、香ばしくも芳醇な香りの塊が押し寄せてくる。


「飲んだか? そしたら交互に水を飲んでみろ」


 クロエはもう一つグラスを用意し、氷を入れた冷水をカイトにすすめる。

 言われたままに冷水を一口飲むと、香りの塊が爆発したように体を駆け巡り、最後に鼻から抜けていく。


「……美味しい」


 旨味を感じたところで次にやってきたのは、体を程よく火照らせる高揚感であった。

 初めて飲んだ酒に、カイトは心を奪われていく。


「旨いだろ? この酒は、特別な時にしか飲まない上物だ。不味いなんていったら張り倒すぞ」


 笑みを浮かべながらクロエも酒を飲み始めた。


「特別な? なんで今がそのときなんですか?」


 カイトはクロエの言葉に疑念を抱いた。


「あ? そんなことも分かんねーのか?」


 クロエは不思議そうにするカイトに向かい、指を差しながら答えた。


「お前が立派な大人になった祝いだよ」


 カイトはいつもクロエに子供扱いされてきた。

 そんなクロエが、自分を大人になったといっている。

 カイト自身は今回の戦争を経験し、何も変わってないと思っていた。


「なんで……俺は何も変われていない……」


 自分の言葉を受け入れようとしないカイトに、クロエはいつになく真剣な眼差しでカイトの目を見て話を続ける。


「変わったかどうかは自分で判断するな。言っただろ? 俺は一人で決断し、一人で現実と向き合ったお前を尊重すると。この酒を旨いと感じたのが大人になった良い証拠だ。必死に成長しようともがくお前の心意気、俺は認めているんだがな」


 クロエの意外な言葉が、カイトの心に突き刺さる。

 ずっと憧れであった人物、本来はそんな人に修行をつけてもらっているだけで幸せなのに、その人が自分をここまで見てくれている。


 ずっと先に進めていないと思っていた。


 ナナやレオ、アリスがどんどん成長していることに焦るばかりで、自分だけ取り残されているような錯覚に陥っていた。


 だけど、一番認めてほしい人が自分の成長を誰よりも感じてくれている。

 そんな贅沢に、カイトは思わず涙し、咄嗟に顔を手で隠し泣き崩れた。


 肩を震わせながら流す男の涙に、クロエは酒を飲みながら再び笑みを浮かべ、少しだけカイトに悪態をついた。


「たく……子供に逆戻りするんじゃねーぞ?」


 その涙の重みは、クロエが誰よりも理解していたのかもしれない。

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