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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第4章 神々の再臨
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第4話 少女の願い

 クスハは顔をグイっとカイトに寄せ、耳元でそっと囁いた。


「カイト……キスしてもいい……?」


 そのまま唇をカイトに近づけ、吐息がかかるほどの距離になったとき、カイトは思わずクスハの肩に手を当て距離を取る。


「ちょっ!! 待った待った! 流石にそれはマズい!!」


 あと一歩で唇と唇が触れ合うところであった。

 クスハは少し不満げながらも、初めからキスは拒否されるとふんでいたのか、次のお願いをする。


「やっぱ駄目?? じゃあ、もう一つお願い。カイトが私の守り人になって?」


 軽く守り人を口にしたクスハに向かい、カイトは真剣な目で見つめた。


「それはできない。俺はナナの守り人。それに守り人ってのはそんな簡単になれるものじゃない。お互いが信用しあった者同士でなければ守り人にはなれない」


 さっきまでオドオドしていたカイトの目は、救ってくれたときと同じ真っすぐな瞳をしていた。

 そんなカイトにクスハは臆することなく、自分の意見をぶつける。


「だって、カイトが私を連れ出してくれたんだよ? それに私だって歌姫、守り人がいないと不安。ナナの守り人をやめてって言ってるんじゃないの。私も守ってほしいって言ってるの。私がこの世界で信用することができるのは、カイトだけなんだから……」


 少し甘えたような口調に上目遣いでお願いをするクスハに、カイトはたじたじであった。

 それに、連れ出したのはカイトと言われてしまうと、不思議と自分にも責任を感じてしまう。


「ぐぅ~……でも、こればかりは俺一人で勝手に決めることはできない。とりあえずナナに相談してからだ」


 分かったと返事をしてしまいそうな自分を抑え、何とかクスハのお願いを流すことに成功したカイト。

 そんなカイトに向かい、クスハは不満そうに頬を膨らませた。


「今日はもう日が暮れる、この話の続きは今度な。皆が心配するから帰るぞ!」

「はーい……」


 可愛らしい笑みを浮かべながらカイトを見つめていたクスハであったが、カイトが振り返り背を向け歩き出すと、その表情は悲しみに変わっていた。


(私、ひどい子だね……カイトをあんなに困らせて……)


 自分の行動が……嫌で嫌でしかたなかった。

 気丈に振舞おうと、カイトに心配をかけまいと、無理矢理作ったキャラクター。

 見つめる度に自分の心の中でカイトの存在が大きくなるのが分かる。

 その幸福感は、クスハにとって重たすぎる枷となっていた。


(私だけこんな幸せでいいのかな……とても幸せなのに……ずっと隣にいてくれた人はもういない……二人で自由になりたかったのに……)


 心に大きく空いてしまった穴を、無理矢理カイトで補おうとしている自分が、とても嫌だった。

 思わず零れ落ちそうな涙を咄嗟に拭い、カイトに気づかれないよう、小さく……とても小さく震えて感情を抑え込んでいた。


(私の願い……姉さん……会いたいよ……)


 カイトは少女の悲しみに気づくことなく、その日は過ぎ去ってしまった。



 ――二日後。


 急遽決まったティナのコンサートは急ピッチで準備が進められ、本日開催を迎えることになった。


「凄いな。あれから二日しかたっていないのに、もうコンサートの準備が終わっている」


 会場の前は既に人だかりができており、まさにお祭り騒ぎであった。

 カイトとナナは、コンサート開始三十分前にセム聖域ステラの控室まで来るようティナにことづけられていた。

 他の観客達に気づかれないよう、コソコソと裏口から控室に向かうカイト達。


 そう、ナナも既に立派な歌姫である。

 コンサート会場の前で他の人に見つかれば、すぐ騒ぎになるのは目に見えていた。


 カイトもナナも深い帽子をかぶり、なるべく顔を面に出さないように首周りにはスカーフを巻いていた。

 周りからはただの不審者に見えるだろうが、二人は完璧な変装だと自負し、そのままティナの控室に入った。


「何て格好してるの二人共?」


 明らかに不信感を漂わせる格好なのに、普段から一緒にいればすぐカイトとナナだと分かるお粗末な変装。

 ティナとクロエは呆れていた。

 そんなことには全く気づいていない二人は、したり顔で帽子を外す。


「いや~、何とかばれずにたどり着きました。有名になると大変ですね」


 クロエはあえて何も突っ込まず、黙って特別観覧席の通行証をカイトに渡した。


「あれ? クロエさんはステージの横で見るのですか?」


 クロエがカイトの問に答えようとした時、後ろからロランが現れる。

 その身は真っ白な衣装を身に纏い、見た目は武人のように凛々しくも神々しい姿であった。


「やぁカイト君、今回はクロエと俺も出演するよ」


 ロランの言葉に驚いたカイトがクロエを改めて見ると、ロランとは真逆の真っ黒な衣装を纏っていた。

 クロエとロランが着ている服は、セントレイスに古くから伝わる民族衣装であった。


「まさか、クロエさん達が踊るのですか?」


 カイトとナナは口を開けたままボケっと立ち呆けていた。

 今までのコンサートでもバックダンサーがいる時はあったものの、二人が、特にクロエが躍るところなんて想像も出来なかった。


「正確には演武だがな。今はセントレイス全土に悲しみが溢れている。まぁ俺達の派手な舞で勇気づけろとティナからの無茶ぶりだよ」


 やる気なさそうに髪を掻くクロエに、ティナが笑いながら鋭い殺気を飛ばす。


「なに? やる気ないの? 私のコンサートだよ??」


 笑顔から滲み出る殺気と怒りに、カイトとクロエは震えあがる。


「いえ……頑張りたいと思います……はい……」


 二人は、まるで震える小鹿のようであった。


 ティナはカイトの背を軽く叩き、ゆっくりコンサートを見ていくよう声をかけ最終準備に取り掛かる。

 カイトとナナは特別観覧席にたどり着くと、そこにはレオとアリス、クスハが待っていた。


「レオ! っていうか、なんか俺達の世代が集められたみたいだな」

「おう、カイト! 俺達もロラン兄に見に来いっていわれたんだ!」


 アリスと楽しそうに話しこんでいたクスハもカイトとナナに気づき、軽く手を振った。

 クスハは持ち前の明るさで、既にレオとアリスとも仲良くなっていた。


「カイト! コンサートっていうの? 私こんな凄い数の人初めて見た!! 凄いワクワクする!!」


 ルーインの洞穴にいたので当たり前ではあるが、クスハは初めてのコンサートにとても興奮していた。


「ナナ! アリス! 早く!! 始まるよ! 一緒に見よ!!」


 特別観覧席は一般客席の上にあり、正面は落ちないようにガラスで作られていた。

 そのガラスに向かい、かえるのように張りつくクスハを見てナナが笑ってしまう。


「クスハ、そんなとこまでいかなくても椅子から見えるから大丈夫だよ」

「だってだって~、こんなの初めてだも~ん」


 口がガラスに張りつき、唇がナメクジのように伸びていた。


 その姿にカイト達は笑いながら席に着く。


 次第に会場の照明が暗くなり、スポットライトだけがステージに向けられる。


 ──夢の時間が始まった。

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