第3話 自由な海と不自由な恋
大聖官セント=ステラ=ルールラ。
過去の神話より、その創生の力を使い人間を作り出したと語り継がれる最高神。
女神ステラは、何を思いこの世界に人を作りだしたのか。
誰が残したかも定かでない古代文書に、唯一残される情報。
大聖官セント=ステラ=ルールラは、輪廻の理を繋ぐ歌姫であるとだけ示されている。
その記載があった古代文書は、クスハがいた研究所にあったものである。
フリードはその文書をいつも人工歌姫に読み聞かせ、ステラがいかに偉大かを刷り込んでいた。
「神様の名前が……私と同じ……?」
ナナはクスハの話に理解がついてこなかった。
しかし、クスハはそんなナナを尻目に自分なりの考察を話し出した。
「人工歌姫につけられるルールラと、ナナが持つルールラは全くの別物だと私は思います」
クスハの考察はこうであった。
人工歌姫につけられるルールラは、あくまでもステラの遺志に対する崇拝の念から付けられるもの。
ナナの元からついているルールラとは、似て非なるものである。
クスハがナナと触れ合うことによって緋色の呪いが解け、カイトやエンドと同じように神の名を持つ。
そこから読み取れる推察は一つ。
ナナが、セント=ステラ=ルールラの残した遺志であるということだ。
そうなれば全てが納得できる。
クスハの呪いともいえる毒素は、女神の涙から溶けだしたエルマ細胞によるものである。
ルーインの湖にあった水晶には、ステラの遺志の片鱗が眠ると語り継がれてきたものだ。
ステラの遺志が毒性を持っているとすれば、オリジナルのナナと触れ合ったことで自分の中に作られた人工的なステラの遺志と共鳴し、その毒素が解毒されたと仮定しても可笑しくはない。
更にナナは四凰の歌を秘めている。
ステラも『誘い歌』という、恐ろしい力を秘めた歌を歌うことができたという。
それだけではない、運命といった言葉を使えば簡潔的であろうか。
かつてステラと愛し合ったと残される、メル=ブレイン=ランパードの遺志を継ぐカイトがその傍にいる。
これ程の偶然が重なるであろうか?
以上を踏まえ、クスハはナナをステラの遺志を継ぐ者と判断した。
「一説によると、神々は消失してから三千年の時を経て世界に再臨すると言われています。神話の争いが終わり、ステラとメルが愛を育んでからちょうど今が三千年だそうです。今まさに、神々が遺志を残した体を使い、この地に再び降り立とうとしているのかもしれません」
クスハの話が終わり、会議室は静寂に包まれる。
ナナとカイトはその言葉を否定することができなかった。
何故ならば、カイトがメルに体を奪われ暴走しかけたことを既に皆知っていたからである。
神の遺志は間違いなく実在する。
この場でその言葉を最も否定したいと思うカイトが、その事実を一番に痛感していた。
「神の遺志……一体、神は何をしようとしているんだ」
クスハの話を聞いて、レオは腕を組ながら考えこんでしまった。
そんなレオをみかねて、ステインが助言を告げる。
「レオや、分からんことを考えるのは大切じゃが、そこでつまづいて止まってしまっては先に進めん。今は目の前のことを考えるべきじゃないかの?」
ステインの言葉に、レオは一人で勝手に考えこんでいたことに気づき、慌てて組んでいた腕をほどいた。
(そうだ、俺が指揮をとるといったんだ。皆、俺の意見を待っている)
考えるだけでは駄目である。
司令官というのは周りが不安を抱えないよう、最速で最高の決断を常に下さねばいけない。
改めて、司令官を目指すことの大変さを思い知らされた。
「一先ずクスハさんの話は他言しないようにお願いします。もしナナさんが本当に遺志を継ぐ者ならば、これから他の組織やルーインに狙われるかも知れない。カイトやクロエ兄が傍にいれば大丈夫だとは思いますが、なるべくこの話は広めるべきではありません。今我々がすべきことはセントレイスの復興です。各部隊は民衆に率先して協力し、街並みの回復に最善を尽くして下さい!」
意外にもまっとうな意見を話すレオに、各部隊長は驚かされていた。
「ふっ、エレリオさんの血だな……」
そんなレオを認め始めるよう、ラヴァルは小声で呟いていた。
会議も終わりが見えた時、ティナが手を挙げて一つ提案をする。
「私からいいですか? 今回の戦争で被害は大きかったけど、幸いセム・ステラは無事だった。もし良かったら、街の皆を元気づけるためにも私がコンサートを開きたいと思うのだけど、どうかな?」
レオはティナの意見に直ぐ賛同した。
優しくも力強いティナの歌声ならば、弱った民衆を勇気づけることができる。
クロエとティナを筆頭に、直ぐ様コンサートの準備を進めることにした。
この話を最後に会議は終わり、皆が解散する。
カイトは勇気を振り絞り、クスハに声をかけた。
「クスハ、少し話さないか?」
カイトの誘いに少し不安な表情を見せたものの、クスハは軽く頷いた。
それを確認できたカイトは、先にクロエ達と帰るようナナに話をつけた。
今の心情としては、カイトが傍にいてほしいのが本音であった。
しかし、自分が仲直りしろといった手前、ナナはそれに賛同するしかなく、クロエ達と共にグロースを後にした。
日は少し傾き始め、夕焼けに染まる海が静かなさざ波を奏でている。
グロース本部から少し歩くとたどり着く砂浜に、カイトはクスハを誘った。
さざ波は大海原を自由に駆け巡り、やがて遊び疲れた子供のように砂浜へ腰を降ろしにやってくる。
少し休んだかと思えば、持て余る体力を発散しに海へと帰っていく。
その自由な波は、誰にも止めることはできないだろう。
無限に広がっていると錯覚する程の先見えぬ大海原が、クスハはとても羨ましく見えた。
「私は、なんで産まれてきたのだろう。父親も母親も知らない。目が覚めたらそこは青い液体の中だった。とても小さな、狭くて、寂しい空間が私の居場所だった」
広い砂浜に小さく蹲り、クスハは想像以上に大きく広がる世界に困惑しているようであった。
カイトはクスハの隣に座り、その目を見て話そうと思ったが、底深い悲しみを漂わせる瞳を見つめることはできなかった。
「クスハ、あの……ごめん。俺、ルーインでクスハに酷いことをいってしまった」
どこを見ながら話せばいいのか、カイトの目はあちら此方に泳いでいる。
その不安に満ちた顔はとても情けないものであった。
「カイト……人に謝る時は、目を見ながらじゃないと伝わらないよ?」
体操座りのように蹲った姿勢のまま、顔をカイトの方に傾けクスハはじっとカイトの目を見つめる。
その真っ直ぐで綺麗な瞳に、カイトの頬は赤みが増し、やはり目を見つめ返すことはできなかった。
「うん……分かっているんだけど、その……ごめん……」
返事に困りながらうろたえるカイトの姿に、クスハから思わず笑みがこぼれ落ちた。
「ふふ。やっぱり私、カイトが好きみたい……」
好きの言葉に、純粋な十八歳の男は高揚感を抑え込むのに必死であった。
自分がクスハをどう見ているのか、自分でもよく分からない。
ナナが一番に大切な人であると心の芯にはあるが、こんな綺麗な女性に好きと言われ、心踊らない男なんていないのである。
「カイト、私のお願い聞いてくれる?」
戸惑いを隠しきれずオドオドするカイトの純情に、クスハは止めを刺しにかかった。




