第7話 エレリオ=バルハルト
突然の来訪者、グロース最高司令官であるエレリオに、カイトとナナは驚きを隠せなかった。
「最高司令官が、なんで俺なんかのところに!?」
エレリオは顎に手を当てながら真っ直ぐカイトを見つめる。
その精悍な眼差しは、今までに何度も見たことがあった。
民衆から絶大な支持を得る、現グロース最高司令官エレリオ=バルハルト。
常に皆の先頭に立ち、数々の戦いを勝利に導いてきた立役者である。
一国の王様のような凛々しく、曇り一つない瞳はその存在感を一層際立てる。
人の上に立つ者としての風格を、彼は私服の様に着こなしていた。
「いやいや。エルマンとテスラから話を聞いたのだが、泉であった出来事が気になってね。少し質問してもいいかな?」
「はいっ! ただ泉での出来事は途中からあまり覚えてなくて」
「ほう。テスラが言うには相手に追い詰められた時、突然カイト君が赤いオーラを纏い相手を圧倒し、テスラの傷口もあっという間に塞いだみたいだね。自分でその力を発揮したことにはあまり自覚がないのかな?」
ネルチアとの戦闘を質問されて、カイトは少し戸惑っていた。
「すみません。追い詰められてからは無我夢中で……俺がやらなきゃって思ったとたん、何か凄い力が体から湧き出るような感じがしたのです。ですが、気がついたら病室のベッドの上で」
「ふむ。君が発した力は、近年それ程珍しいものではない。だが君が相手にした人物に問題がある。相手にしたのはルーインでも圧倒的な勢力を持つ戦闘集団【キルネ】という組織の師団長だった。キルネの師団長クラスともなれば、グロースの隊長格達と互角以上に渡り合うようなやつらだ」
カイトは目を見開いて驚いていた。
それもそのはずだ。
部隊長といえばグロースの最高戦力。
その隊長と互角以上に渡り合う師団長を、自分が相手にして生きて帰れたのだから。
「君はそんな相手を圧倒したというからね。一体どんな新人さんなのかと気になってね」
「本当に何も覚えてなくて……俺がそんな奴を圧倒したなんて、自分でも信じられません」
「君が覚醒する前に歌姫の泉を大量に飲んだとも聞いたが、ネルチアが言っていたように泉には隠された力があるのかもしれないね」
泉の側にいった時、不思議な力を感じたことをカイトは思い出した。
「確かに泉に着いた時、とても不思議な感覚だったことを覚えています。ネルチアも君は感じるのか? と言っていました」
「そうか。テスラは特にそんな感じはしなかったみたいだけど、何かに選ばれた人間だけが感じ取ることができるのかもしれないね」
不安に顔を歪ませたナナは、思わず話に割って入りエレリオに質問する。
「カイトが選ばれた人間? 一体何に選ばれたのですか?」
「そうだね。神に選ばれたか、はたまた悪魔に選ばれたか。それはこれから泉の調査をしないとまだわからないね。さて、そこで本題だ。才能に溢れたカイト君さえ良ければ、是非グロースの強靭な戦士になるために修行をしてみないか?」
ナナの神妙な顔つきを見るや、エレリオは手を叩いて唐突に話題を変えた。
「俺が修行ですか? 修行は是非ともやりたいですが、一体どうやって?」
「本当は、私かエルマンが師匠としてつくのが良いのだが、なかなか時間がとれなくてね。その代わり一人、君の修行を依頼した人物がいるからその人と会ってみるといいよ」
「その人の名前は何ていうのですか?」
「それは会ってからのお楽しみかな。傷が癒えたらセントレイスの南にある海沿いに、小さな一軒家があるからそこに行ってみるといい。それとナナちゃんだったね?」
「はいっ」
「もし良ければ君もその修行に同行してあげてくれないかな?」
「私がですか? いいのですか?」
「是非とも。辛い修行になるかもしれないからね。カイト君を支えてあげてほしい。それにもしかしたら君のためにもなるかもしれないしね」
「私のためにも?」
その言葉に不思議そうなナナだったが、カイトに同行できるとなり、落ち込んでいた瞳に英気が戻る。
「分かりました! カイトのことは私に任せてください!」
「それでは私とエルマンはこれで失礼するね」
エレリオとエルマンが病室を去り二人きりになると、カイトとナナが思わずお互いの目と目を合わせた。
「凄いねカイト! 最高司令官から直々に修行の指示なんて、グロースに入団したばっかりで普通そんなこと絶対にないよ!」
「俺にそんな才能なんてあるのかな。期待に応えられなかったらどうしよう……」
突然押し寄せた周囲の期待に、カイトは弱気になっていた。
そんな姿を見たナナは、カイトのほっぺたをつねり激を飛ばす。
「なに弱気になってるのよ! 私もついていくんだからナヨナヨしてないでしっかりしてよ!」
「痛い痛いっ、分かったよ。せっかくのチャンスだ、頑張るか!」
「じゃあ私も今日は帰るから、まずはしっかり怪我を治してね」
笑顔で帰るナナを見送り、一人になったカイトは静かに天井を見上げため息をついた。
(ナナには心配かけたけど、最後には笑顔になってくれて良かった。それにしても、修行をつけてくれるのはいったい誰なんだろう……)
──それから一週間。
「やっと退院だね。もう体はバッチリ?」
退院の日、ナナは朝一番にカイトを迎えにやって来た。
「ああ、もう大丈夫だ! 早速、海沿いの家に向かうか」
二人で海の方に向かう。
久々にカイトと歩くナナは、自然と笑みを浮かべていた。
「そういえば教会の丘からはよく海を眺めたけど、実際に行くのは初めてだね」
「そうだな。教会から海は結構離れているし、特に何もないから行く機会はほとんどないもんな」
しばらく歩くと、海沿いの丘に小さな一軒家が見えてくる。
この辺りにはよく生えているベルモットの木を使って組み上げられた二階建ての家は、周りを囲うよう丁寧に手入れされた花々が彩り、とても暖かい雰囲気に包まれていた。
「あそこだ!」
家の前までたどり着いたカイトとナナは、玄関の扉を軽く叩いてから声をかける。
「すいませーん!」
大きな声で挨拶するが特に返事がない。
家の中は人の気配もなく、辺りを見渡しても人影はなかった。
「誰もいないのかな?」
「エレリオ司令官から修行の件できたのですが、誰かいませんかぁ~……」
──やはり返事がない。
「少し周りを見てみる?」
「そうだな、近くにいるかもしれないしな」
家から少し歩くと開けた場所に着いた。
そこには、可憐に咲き誇る大量の花と、その中央に大きな一本の大木が聳えていた。
「すごーい! 綺麗なお花ー!」
ナナは美しい花畑に向かって一目散に走っていく。
「こんな場所があったんだな」
後を追うカイトが大木の下で座っている女性と、その女性に膝枕をされながら酒を飲む男性を見つける。
「ナナ! あっちに人がいるみたいだ! もしかしたら家の人かもしれないから行ってみよう!」
ナナと共に大木の方へ向かうカイトであったが、大木に近づくにつれて二人の顔が驚きの表情に変わっていく。
大木の下にいたのは、クロエとティナであった。