第2話 少年が大人になる日まで
──グロース本部 会議室。
既に会議室には各部隊や弐王、クスハも集まっており、そこに姿を見せていないのはカイト達とレオであった。
いつもならシアンがきっかけを作り、クロエといがみ合い良くも悪くも部屋の中は談笑に包まれていた。
そんなことは遠い過去であったかのように──今は重い沈黙が空間を支配する。
「遅れました! カイト=ランパード入ります!」
話を始めるきっかけを作るかのよう、扉を開けたのはカイトとナナであった。
部屋に入るや、その重々しい空気を感じとり、カイトはゴクリと唾を飲み込んだ。
「あとはレオだけか……」
カイトの姿を確認したクロエが、沈黙を破るきっかけに手を伸ばす。
それに続くのはロランであった。
「レオは、来ないだろう……人は十分に集まった、話し合いを始めようじゃないか」
とはいったものの、誰から話を切り出すか。
エレリオはもういない。
誰かが代わりをしなければいけないが、その責務を果たす自信がある者は、まだ現れていなかった。
何とかこの空気を変えようと、前に出て一時的な司令塔になろうと粋を引き出したのは、意外にもアリスであった。
「皆さん、グロース……いや、セントレイスにとって今この時間はとても大切な時です。私がエレリオさんの代わりになれるわけではないですが、それでも指揮を取ろうとする人がいないなら、私がこの場を進行させます」
この中で一番、歳の若い少女がもっとも勇敢であった。
いや、アリスが勇敢であることは誰もが知っていた。
グロース内部では既にルーインでの情報は共有されており、アリスがレオを救うために起こした行動力を思うなら、今この状況で声をあげたのは必然である。
アリスの言葉に反論する者はいなかったが、それを止めるように再び会議室の扉が開く。
「アリス……その必要はない。この場は俺が指揮をとる」
扉を勢い良く開け入ってきたのはレオであった。
「なっ、お前が指揮をとるだって?!」
急に入ってきたレオの言葉に躊躇うことなく噛みついたのは、シアンだ。
「お前は敵に洗脳され、エレリオさんを殺した張本人だ! 偉そうに何をいってやがる!」
シアンの正直な言葉を、グロースの隊長達は誰も止めようとはしなかった。
「何てことをいうんだ!! お前はレオがどれだけ辛い思いをしたか分かっているのか?!」
唯一、その言葉に直ぐ反論を返したのはカイトだけである。
シアンの目の前に立ち、にらみ合う二人は今にも殴り合いを始めそうであった。
「カイト、止めてくれ……皆が俺のことを理解できないのは仕方ない。俺はそれだけのことをしてしまった」
レオは素直に自分の否を認め、隊長達からの冷たい視線を真っ向から受け止めようとしていた。
親の死が彼をそこまで成長させたのか、それは誰にも分からない。
しかし、その真っ直ぐで光の滾った瞳は、まさしくエレリオそのものであった。
「今は、俺のことを認めてくれなくていい。俺はただのワガママでどうしようもない子供だ。だから時間が欲しい……必ず胸を張って立てる男になってみせる。エレリオ=バルハルトのような偉大で壮大な漢に俺はなってみせる!! だから、俺に時間を下さい」
頭を深く下げ、無駄に大きかったプライドを全て投げ捨てたレオの姿は、本人が思っている以上にとても大きなものであった。
シアンはその姿からエレリオの面影を感じとり、口を静かに閉じた。
「俺は、レオが指揮をとることに賛成する」
レオの姿を誇らしく思ったロランは、賛同の意を示した。
それをきっかけに、他の隊長達も首を縦にふる。
「レオ、今すぐ最高司令官《親父》の座《後》につけはしない。そんなことは民衆が認めないだろう。だからこそお前を見せてみろ。お前の成長で世界を納得させるんだ」
「ロラン兄……ありがとう」
もう一度だけ皆に向かい頭を下げたレオは、意を決して口を開いた。
「それでは、これより、グロース会議を、始めたいと思います」
緊張に固くなったレオを見て、クロエは笑いを堪えることができず吹き出した。
「ガチガチかよ!! 頼むぜ、レオ~」
クロエの笑いをきっかけに、次々と笑みが伝染し、重苦しかった空気が荷を降ろす。
やっと和んだ空気に、クスハも思わず笑みを浮かべていた。
「そんなこといったって仕方ないだろ! 初めてなんだから!」
少しムスッと顔をしかめたレオは、まずクスハに質問を投げ掛けた。
「クスハさん。辛い話もあると思うのですが、人工歌姫とルールラについて、改めて詳しく教えてもらえないでしょうか?」
クスハはルーインからファンディングにやって来てから外に出ることを一時禁じられ、暫くグロース本部の客間に隔離されている。
ずっと洞穴にいたのと比べたら天と地ほどの差があるも、やはりまだ自分の存在を信用されていないのかと少し気が滅入っていた。
「まず初めに。何回もいいますが、私は紛れもない人工歌姫です。体の中に強制的にステラの遺志を作り込まれました。ルーインに来ていた人達に聞いてもらえば分かると思いますが、数日前まで緋色の目を持っていました」
過去にレデコードのことがあったため、人工歌姫であることには皆あまり驚きはしなかった。
それ以上に聞きたかったのは、彼女達がルールラの名を持ち、ナナ=ルールラと出会って緋色の目が黒くなったことであった。
「私の目が何故黒くなり、緋色の呪いが解けたのか理由は分かりません。ですが、ルールラの名前の由来は聞いたことがあります」
この話はまだカイト達も聞いていなかった。
何故なら、カイトに人工歌姫の根底を否定されたことに対しかなりのショックを受けており、今の今までクスハは部屋で一人ずっと引きこもっていたからである。
部屋に来てから一回も目を合わそうとしてくれないクスハに、カイトは少し落ち込んでいた。
ナナは何故自分の名前とクスハ、グラシアの名前が一緒なのかとても気になっていた。
自分は間違いなく普通に生きてきた。
自分は人工歌姫ではないと確信していたが、何故彼女達にルールラの名が与えられるのか。
クスハの答えは、ナナを一つの真実へと導こうとしていた。
「何故ルールラの名を与えられるのか、それは簡単な理由です。私達は女神ステラの遺志を継ぐために作られました。神の頂点と謳われた大聖官セント=ステラ=ルールラの遺志を継ぐために……」