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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第3章 人工歌姫
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第16話 ナナ=ルールラ

 間もなくして、ヒースはその命灯(いのち)を消してしまう。


 世界中が悲しみに涙を流し、ヒースの遺体はセム・ステラで火葬された。

 ステージの中央に組まれた井桁型の木組みが、ゆらゆらと燃え盛る。

 その光景はセントレイス全土に映像として流された。


 会場に集まった人々の悲痛な叫びが、ステージに響き渡る。

 レオは燃え盛る炎の横で、いつまでも涙を流し座り込んでいた。



 そして──その場にエレリオの姿はなかった。



 建前上では、エレリオは遠征部隊とルーインで戦っている最中ということになっていた。


 民衆は「もっとも悲しいのはエレリオだ。なのに彼はその身で今も世界のために戦っている」と称賛する。

 これが後押しして、次の最高司令官に確約されることとなった。


 だが極一部の人間だけが知る事実。

 セントレイスの端にある崖の上で、エレリオは一人泣いていた。


 崩れた情けない顔に、枯れることなく溢れる涙。

 誰よりもヒースを愛し、レオを愛した彼は、家族を捨て世界を選んだ。


 そんなエレリオの涙を隠すように、ポツポツと雨が降り始める。


「良かったのか……親父?」


 後ろから現れたのは、ロランであった。

 ヒースの火葬を見届けたロランは、真っ先にエレリオのところに駆けつけたのである。


「今はラヴァルの信念が良く分かるよ。人は全てのものを守ることはできない……俺は……家族を守ることが出来ない……」

「そんなことはない。親父の想いは俺が引き継ぐ。約束する、レオのことは俺に任せてくれ」



 エレリオと交わした約束は、今のロランに重くのしかかっていた。


「俺は……俺が弱いばかりに、親父との約束を守ることが出来なかった。お前の心を……俺は支えることが出来なかったんだ」


 ロランの責任じゃない、全ては自分が悪いんだ。

 自分の親の気持ちを何も理解していなかった……

 理解しようとしていなかった……


 今はただ……後悔することしかできない。


「俺達は強くならなければいけない。親父が残した想いのためにも、先に進まなければいけない」


 ロランの言いたいことは理解できる。

 だけど、進んだ先に何があるのか?

 進めば、それが正解なのか?


 レオは考えることに耐えきれず、部屋を飛び出した。


「レオ!!」


 アリスが後を追おうとするが、それを止めたのはカイトであった。


「俺に……俺に任せてくれないか?」


 そういってカイトはレオの後を追いかけた。


 夕暮れの光が、レオの心を表すように沈み行く。

 丘の上で世界を見つめるレオの目は、光が消えかけていた。


「レオ、少し話さないか?」


 後を追ってきたカイトは、そのままレオの隣に立った。

 レオは無言のまま、カイトを見るわけでもなくそのまま立ち呆けていた。


「俺は、強くなったと思っていた」


 強く……。

 強くなるとはなんだ。


「戦争が始まった時、俺が全てを守ると……俺ならできると思っていた」


 カイトはその場に座り込み、俯きながら話を続けた。


「だけど、俺は何も守れなかった……自分では強くなったと勘違いしていた。いや、強くなるだけでは駄目だったんだ……」


 カイトの言葉は、間違いなくレオの心に響いていた。


「色々な人の死を経験した。救うと決めた人が、その後すぐに目の前で殺された……」


 カイトは話していて、自分で泣けてきた。

 悲劇を自慢したいわけじゃない、俺の方が悲しいんだなんて言いたいわけじゃない。


 ただ伝えたかったこと。

 悲しみは共有し分かち合うことができる。


 俺もレオも一人じゃない。


 ただそれが言いたいだけなのに、何でこんな回りくどい言い方になってしまうのか。


「なぁレオ……強いってなんだろうな……」


 カイトが我慢できずに涙を流す。

 それにつられ、レオも涙を浮かべていた。


「最近は泣いてばかりだ……初めは辛いから涙が流れるんだと思っていた。でも違ったよ……涙が流れるから、人は悲しみに耐えることができる。潰れてしまいそうな感情を、涙が解放してくる」


 カイトの言葉に、レオは声を圧し殺して涙を流す。


「うぅ……ぐぅ……」

「泣いたっていいんだ、泣くことは弱さじゃない、声をあげて無様に泣けばいいんだ。自分が立ち止まっても世界は動くことをやめてはくれない。泣いて、泣いて、泣きまくって一緒に先に進もうレオ。それが正解かなんて分からない。だけど、その先に現実(いま)があるらしい。その現実(いま)をどうできるかは、自分だけが決められることだ」


 レオは赤子のように大声をあげて泣き叫んだ。

 その声が枯れるまで……。


 それは、分かり合える男同士だからこそ見せることのできる涙であった。



 すっかり日が沈み、空に星が輝きを見せた頃、ナナとアリスが二人の元にやってきた。


「カイト、彼女が目を覚ましたよ」


 その報告を聞いたカイトは急いで医療室を目指し走った。

 勢い良く扉を開きクスハを見ると、突然開いた扉に驚き口を開けていた。


「カイト!! ちょっと勢い良すぎじゃない?」


 くすっと笑うクスハに、カイトは思わず抱きついた。


「ちょっ、えっ、カイト! 流石に恥ずかしいよ……」


 勢い良く抱きついたカイトの顔は、クスハの胸に埋もれていた。

 その瞬間──カイトは後ろから途轍もない殺気を感じとる。


 ──これは?! この殺気は、エンド並の殺気だ……!!

 咄嗟に後ろを振り向くカイトの目に写ったのは……


 ナナであった。


「カイト?? あんた、なに考えてるの??」


 初めて『あんた』と呼ばれた気がした。

 バチーンと激しい音をたて、カイトの頬が真っ赤に染まる。

 ナナの強烈なビンタによって染まるその色は、まさに──深紅。


「あ……はい、ごめんなさい」


 カイトは素直に頭を地面に擦りつけ謝った。


 その場の皆が一斉に笑い、ずっと続いていた重たい空気が少し晴れた気がした。

 カイトは手持鏡をクスハに渡し、自分の目を見るようにすすめた。

 クスハは不思議そうに鏡を見ると、自分の瞳が黒色になっていることを知った。


「私の目が……私の呪いが……」

「理由は分からないが、呪いは消えた。これからクスハは自由に生きていける」


 クスハはカイトに抱きつき、歓喜の涙を流す。

 さっきまで怒っていたナナも、流石に今だけは素直に笑顔を見せた。


「ありがとう、カイトが私を救ってくれた」

「いや、俺は何も出来なかった」

「そんなことはない。カイトが湖に来てくれたから、私は今を生きている」


 満面の笑みで見つめるクスハに、カイトの張り詰めていた心が少し安らいだ気がした。


「これが……現実(いま)


 クロエの言葉を全て理解できたわけではない。

 それでも、自分の起こした行動に少しだけ自信が持てた。


 クスハは涙を拭い、改めて皆に挨拶をする。


「皆さん、この度は大変ご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございます。知ってと思いますが、私は人工歌姫。クスハ……クスハ=()()()()です」



 第3章 完

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