第16話 ナナ=ルールラ
間もなくして、ヒースはその命灯を消してしまう。
世界中が悲しみに涙を流し、ヒースの遺体はセム・ステラで火葬された。
ステージの中央に組まれた井桁型の木組みが、ゆらゆらと燃え盛る。
その光景はセントレイス全土に映像として流された。
会場に集まった人々の悲痛な叫びが、ステージに響き渡る。
レオは燃え盛る炎の横で、いつまでも涙を流し座り込んでいた。
そして──その場にエレリオの姿はなかった。
建前上では、エレリオは遠征部隊とルーインで戦っている最中ということになっていた。
民衆は「もっとも悲しいのはエレリオだ。なのに彼はその身で今も世界のために戦っている」と称賛する。
これが後押しして、次の最高司令官に確約されることとなった。
だが極一部の人間だけが知る事実。
セントレイスの端にある崖の上で、エレリオは一人泣いていた。
崩れた情けない顔に、枯れることなく溢れる涙。
誰よりもヒースを愛し、レオを愛した彼は、家族を捨て世界を選んだ。
そんなエレリオの涙を隠すように、ポツポツと雨が降り始める。
「良かったのか……親父?」
後ろから現れたのは、ロランであった。
ヒースの火葬を見届けたロランは、真っ先にエレリオのところに駆けつけたのである。
「今はラヴァルの信念が良く分かるよ。人は全てのものを守ることはできない……俺は……家族を守ることが出来ない……」
「そんなことはない。親父の想いは俺が引き継ぐ。約束する、レオのことは俺に任せてくれ」
エレリオと交わした約束は、今のロランに重くのしかかっていた。
「俺は……俺が弱いばかりに、親父との約束を守ることが出来なかった。お前の心を……俺は支えることが出来なかったんだ」
ロランの責任じゃない、全ては自分が悪いんだ。
自分の親の気持ちを何も理解していなかった……
理解しようとしていなかった……
今はただ……後悔することしかできない。
「俺達は強くならなければいけない。親父が残した想いのためにも、先に進まなければいけない」
ロランの言いたいことは理解できる。
だけど、進んだ先に何があるのか?
進めば、それが正解なのか?
レオは考えることに耐えきれず、部屋を飛び出した。
「レオ!!」
アリスが後を追おうとするが、それを止めたのはカイトであった。
「俺に……俺に任せてくれないか?」
そういってカイトはレオの後を追いかけた。
夕暮れの光が、レオの心を表すように沈み行く。
丘の上で世界を見つめるレオの目は、光が消えかけていた。
「レオ、少し話さないか?」
後を追ってきたカイトは、そのままレオの隣に立った。
レオは無言のまま、カイトを見るわけでもなくそのまま立ち呆けていた。
「俺は、強くなったと思っていた」
強く……。
強くなるとはなんだ。
「戦争が始まった時、俺が全てを守ると……俺ならできると思っていた」
カイトはその場に座り込み、俯きながら話を続けた。
「だけど、俺は何も守れなかった……自分では強くなったと勘違いしていた。いや、強くなるだけでは駄目だったんだ……」
カイトの言葉は、間違いなくレオの心に響いていた。
「色々な人の死を経験した。救うと決めた人が、その後すぐに目の前で殺された……」
カイトは話していて、自分で泣けてきた。
悲劇を自慢したいわけじゃない、俺の方が悲しいんだなんて言いたいわけじゃない。
ただ伝えたかったこと。
悲しみは共有し分かち合うことができる。
俺もレオも一人じゃない。
ただそれが言いたいだけなのに、何でこんな回りくどい言い方になってしまうのか。
「なぁレオ……強いってなんだろうな……」
カイトが我慢できずに涙を流す。
それにつられ、レオも涙を浮かべていた。
「最近は泣いてばかりだ……初めは辛いから涙が流れるんだと思っていた。でも違ったよ……涙が流れるから、人は悲しみに耐えることができる。潰れてしまいそうな感情を、涙が解放してくる」
カイトの言葉に、レオは声を圧し殺して涙を流す。
「うぅ……ぐぅ……」
「泣いたっていいんだ、泣くことは弱さじゃない、声をあげて無様に泣けばいいんだ。自分が立ち止まっても世界は動くことをやめてはくれない。泣いて、泣いて、泣きまくって一緒に先に進もうレオ。それが正解かなんて分からない。だけど、その先に現実があるらしい。その現実をどうできるかは、自分だけが決められることだ」
レオは赤子のように大声をあげて泣き叫んだ。
その声が枯れるまで……。
それは、分かり合える男同士だからこそ見せることのできる涙であった。
すっかり日が沈み、空に星が輝きを見せた頃、ナナとアリスが二人の元にやってきた。
「カイト、彼女が目を覚ましたよ」
その報告を聞いたカイトは急いで医療室を目指し走った。
勢い良く扉を開きクスハを見ると、突然開いた扉に驚き口を開けていた。
「カイト!! ちょっと勢い良すぎじゃない?」
くすっと笑うクスハに、カイトは思わず抱きついた。
「ちょっ、えっ、カイト! 流石に恥ずかしいよ……」
勢い良く抱きついたカイトの顔は、クスハの胸に埋もれていた。
その瞬間──カイトは後ろから途轍もない殺気を感じとる。
──これは?! この殺気は、エンド並の殺気だ……!!
咄嗟に後ろを振り向くカイトの目に写ったのは……
ナナであった。
「カイト?? あんた、なに考えてるの??」
初めて『あんた』と呼ばれた気がした。
バチーンと激しい音をたて、カイトの頬が真っ赤に染まる。
ナナの強烈なビンタによって染まるその色は、まさに──深紅。
「あ……はい、ごめんなさい」
カイトは素直に頭を地面に擦りつけ謝った。
その場の皆が一斉に笑い、ずっと続いていた重たい空気が少し晴れた気がした。
カイトは手持鏡をクスハに渡し、自分の目を見るようにすすめた。
クスハは不思議そうに鏡を見ると、自分の瞳が黒色になっていることを知った。
「私の目が……私の呪いが……」
「理由は分からないが、呪いは消えた。これからクスハは自由に生きていける」
クスハはカイトに抱きつき、歓喜の涙を流す。
さっきまで怒っていたナナも、流石に今だけは素直に笑顔を見せた。
「ありがとう、カイトが私を救ってくれた」
「いや、俺は何も出来なかった」
「そんなことはない。カイトが湖に来てくれたから、私は今を生きている」
満面の笑みで見つめるクスハに、カイトの張り詰めていた心が少し安らいだ気がした。
「これが……現実」
クロエの言葉を全て理解できたわけではない。
それでも、自分の起こした行動に少しだけ自信が持てた。
クスハは涙を拭い、改めて皆に挨拶をする。
「皆さん、この度は大変ご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございます。知ってと思いますが、私は人工歌姫。クスハ……クスハ=ルールラです」
第3章 完




