第15話 親心その先に
一命を取り留めたクスハを背負い、ひとまずカイト達は本拠を目指すことにした。
「クロエさん、ティナさん、さっきは大声をあげてすみませんでした」
無我夢中であったとはいえ、強く反抗的な態度をとったことにカイトは頭を下げた。
「いいのよ、私達こそ黙っていてごめんね」
誰もカイトの行動を咎めることはしなかった。
皆が分かっている。
あの時のカイトは、必死に命を救おうとしていただけなのだから。
「カイト、そんなことは謝らなくていいんだ。お前は一人で決断し、一人で行動を起こした。俺はそんなお前を尊重する」
「クロエさん……」
「今の気持ちを良く覚えておくんだ。お前は此から、何度も決断を強いられるだろう。そこで決めた道に正解も不正解もない。あるのはいつも現実だけだ。結果なんて、誰にも分からない」
クロエの言葉が心に響く。
見えていた結末をあえて告げず、自分の決断に託してくれたクロエにカイトは頭を下げた。
「それにしても、どうして三人は本拠から離れたとこにいたのですか?」
カイトの質問に、クロエは質問で返す。
「聞きたいのはこっちの方だ。急に湖の方から赤い柱が上り、とんでもない衝撃が世界を震わせた。そのせいでナナがカイトに何かあったとか何だごねだして、大変のなんの」
ナナが顔を赤くし、慌ててクロエの口を塞ごうとする。
そんなナナを軽く躱し、クロエはあきれ顔で口を動かした。
「たく、カイトのことを心配なのか信用できてねーのか……」
「あー!! もー!! クロエさんもういいでしょ!!」
慌てふためくナナを見て、カイトは笑顔を見せた。
「そうか、ありがとな! おかげでクスハが助かった」
ナナはクスハをまじまじと見つめ、思わず本音が出てしまう。
「この子が人工歌姫……同じ人間なんだよね? 見た目は私達と何も変わらない。それに、凄く綺麗」
カイトに背負われ安心して眠るクスハに、ナナはジェラシーを感じていた。
「本当は、もう一人いたんだけど……救うことは出来なかった」
落ち込みを見せるカイトに、ナナは深く追及しなかった。
「……色々あったんだね」
「ああ、俺も一回死んだみたいだ」
「?! 嫌まてまて! 待って! カイト、死んだの……?」
追及しまいと思ったが、この発言は流石に突っ込まなければいけないであろう。
「死んだ筈だ……結局生きてるけどな」
無邪気に笑うカイトに、ナナの表情がみるみる鬼の形相に変わっていく。
「なに簡単にとんでもないこと言ってるのよ?!」
「ま~後で何があったかちゃんと話すよ。それに、皆にも何があったか伝えないといけない」
グラシアの話、メルの話、エンドの話、ホルスの話、フリードの話、研究所で何を見たか、話さなければならないことが山積みであった。
本拠に戻ってからゆっくり話すと伝えると、クロエは思い出したように話を始めた。
「あぁ、そういえば俺達からも言っておかないとな。レオとアリスが目を覚ましたぞ、二人とも無事だ」
「本当ですか?! 良かった……」
「レオは、精神的に無事とは言いきれないがな」
暴走していたとはいえ、自分の親を自ら殺したのだ。
精神的に異常をきたさない方がおかしい。
「もうすぐ本拠だ。カイト、お前がレオの支えになってやるんだ」
「……俺に出来るでしょうか」
「立場が近いお前だから出来るんだ。俺やロランのような上の人間でもなく、アリスのように異性でもない、お互いに高め合っていたお前しか出来ないんだよ」
──遠征部隊 本拠。
本拠に戻ってきたカイト達は、ひとまずクスハを医療室のベッドに寝かせると、レオの元へ急いだ。
部屋の扉を開けると空気は重く、俯いたままのレオとアリス、そしてその前にはロランとリリーが立っていた。
「皆戻ったね、カイト君お疲れ様」
まず初めに口を開いたのはリリーであった。
「はい、それより大丈夫かレオ?」
カイトの問いかけに、レオは無言のまま固まっていた。
場の空気が更に重みを増す。
そんな中、次に口を開いたのはロランであった。
「レオ、今のお前に話すのは酷かもしれないが、それでも伝えておくことがある」
ロランが語ったのは、ヒースとエレリオの過去であった。
ヒースは長い間、病と戦い続けていた。
かつて弐姫として世界を支えてきたヒースに対し、神は無慈悲であった。
【セグネルト病】
この世界では有名で、そしてもっとも難病とされるものである。
発症する原因、タイミングは共に不明。
その症状は、体の中にある創遏が全て枯渇するものであった。
人間の生命力ともいえる創遏の枯渇は、甚大な苦しみを彼女に与える。
しかし、体の苦痛より何倍も辛かったのは精神的苦痛であった。
弐姫として、歌姫として最高潮にいた彼女は突然この病を発症し、そのショックで歌を歌うことが出来なくなった。
そんな彼女を支え続けたのが守人であったエレリオである。
絶望の淵にいた彼女はエレリオのおかげで立ち直り、次第に元の優しく心強い女性を取り戻していった。
それでも、治療法がないこの病気は日が経つにごとにヒースを蝕み、命を食いあさっていく。
亡くなる一週間前、ヒースはエレリオにこう残していた。
「私が死んだら、貴方は私の葬式に来てはいけない」
その頃、エレリオはグロースの副司令官を任せられていた。
その力強い指揮力に、民衆からの多大なる支持を得ており、次期最高司令官を確約されているようなものであった。
だが、とても家族愛の強いエレリオが妻の死に目に立ち会えば、子供のように情けなく泣き崩れるのは目に見えていた。
それは決して悪いことではない。
しかし民衆の心の隅には、その弱い姿がいつまでも残り続けることになる。
この先、国を守り続けていくには時に非情なまでの強さを見せつけなければいけない。
優しさだけでは世界を守ってはいけない。
ヒースは、自分が亡き後の世界を見据えていたのである。
「私の死に様は、貴方に必要ありません」
冷たい口調でいい放つヒースに、エレリオはヒースの想いを感じとっていた。
「一つ悔いが残るとすれば、私の死をレオ一人に押し付けてしまうことね」
「俺には……耐えきれない。そこまでして、世界を守らなければいけないのか?」
頭の中を駆け巡る葛藤……世界を取るのか、家族をとるのか、両方とも取ってはいけないのだろうか?
「貴方の言いたいことは分かります。でも、この大きな国を支えるのはそんな容易いことではない。貴方は国を守る器を持っている……私が失ってしまったものを貴方はまだ持っている」
その言葉に、エレリオはただ涙を流すばかりであった。
そんな姿に、ヒースは笑いながら釘を刺す。
「ほら、泣いた。本当に貴方は弱いんだから……」
弱る体を必死に起こし、優しくエレリオを包み込みヒースは想いを託す。
「レオなら大丈夫……今は理解してくれないかもしれない、けどいつか貴方の行動を理解してくれる。だって……私達の子よ?」
ヒースの胸に泣き顔を押さえつけ、泣き声を必死に抑える姿に、気づけばヒースの眼からも涙が零れ落ちていた。