第14話 緋色の呪い
カイトは、クスハを背負ったまま本拠を目指し空を駆けていた。
気が滅入っているであろうクスハを気遣い、ゆっくりと時間をかけて目的地を目指す。
カイトが異変に気づいたのは、およそ二時間程たってからであった。
「クスハ、俺達の本拠まではだいたいあと四、五時間でつく。疲れていないか?」
クスハは無言で首を縦に振り、言葉を返すことはしなかった。
カイトがクスハの顔を覗くと、その顔は少し青ざめたような顔色をし、額に汗を滲ませていた。
異変に気がついたカイトはその場に止まり、クスハの額に手を当て驚いた。
「なっ?! 凄い熱じゃないか?!」
実際手を当てて感じた熱さは、風邪なんて生温いものではなかった。
「はぁ……はぁ……」
直に触るだけで火傷をするのではないかと思うほどに熱くなっていたクスハは、苦しそうに肩で息をする。
いつからだ?
湖を離れる時はこんな体調ではなかったはずだ。
クスハの急変に焦り、すぐにカイトは穏やかな川沿いに降り立ちクスハを横にする。
「待ってろ! すぐに水を汲んでくる!」
急ぎ川に向かい走ろうとするカイトの裾をクスハは必死に掴み、離れることを拒否した。
「ごめん……カイト。私……昨日からエルマ細胞をとってなくて……」
カイトはクスハが何を言っているのか意味が分からなかった。
「エルマ細胞? 何をいっているんだクスハ? エルマ細胞があれば元気になるのか?!」
焦るカイトの反応を見たクスハは、彼が呪いのことを知らないのだと驚いた。
「そっか……カイトは知らなかったんだ……」
「どうした?! エルマ細胞はどこにあるんだ?! 俺が取ってくるから!」
無知に慌てるカイトに向かい、クスハはくすりと小さく笑ってみせた。
「カイト……私達、人工歌姫は呪われているの……」
「呪……い……?」
クスハがカイトに語ったのは、クロエとティナがナナに教えた話そのものであった。
「私達は……研究所の青い液体、エルマ細胞によって作られた。その強い毒素を中和するために……定期的にエルマ細胞に体を浸す……必要がある」
カイトはことの重大さを直ぐに察知した。
「それをしないと……どうなるんだ……?」
青白い顔でにこっと笑顔を作り、クスハはカイトの手を握った。
「えへっ……どうなるんだっけ?」
弱々しく握ろうとするクスハの手を、カイトは力強く握り返す。
「ふざけている場合か! 一体どうなるんだよ!?」
必死に作った笑顔から、堪えきれない涙が溢れだす。
「体中の骨が溶けて……私は時期に死ぬ……」
強く握り返した手が、小刻みに震えるのを感じる。
「ごめんねカイト……一緒に……海……見たかった……」
カイトは少しだけ無言になり、再びクスハを背おう。
「大丈夫……本拠につけばティナさんがいる……ティナさんの癒の歌ならクスハを救える……」
みるみるうちに弱っていくクスハは、もう言葉を発する力もなくなり、カイトに身を委ねることしか出来なかった。
「諦めるなクスハ!! 俺が、俺が絶対に守ってやる!! だから、諦めるな!!」
その言葉はクスハに向けたものか、それとも自分自身に言い聞かせたものか。
カイトは全速力で本拠を目指した。
「ごめんな。こんな急いだら痛いよな。もう少しだから! 頑張れ!」
移動しながらもずっとカイトは呼びかけ、必死にクスハを元気づけ続けた。
そんな時、一つの希望がカイトの目に飛び込んでくる。
まだ本拠まで距離はあるのに、目の前に見慣れた三人の人影が見えたのだ。
「あれは!! ティナさん!!」
そこに立っていたのはクロエ、ティナ、そしてナナであった。
「カイト!!」
真っ先にカイトに気づいたのはナナであった。
緋色目の少女を背負い、必死の形相を浮かべるカイトを見てナナ達はすぐに状況を把握する。
「ティナさん!! お願いします!! すぐに癒の歌を!!」
そこに何で三人がいるのか、そんなことは今どうでもよかった。
背負っていたクスハを正面に抱き抱え、カイトが必死に救いを求める。
「彼女は……」
今にも息耐えそうなクスハを見て、ティナの記憶が呼び戻る。
クスハとクリティアが頭の中で被って見えた。
「何をしているんですか! 早くしないと、早くしないとクスハが死んでしまう!!」
なかなか歌おうとしないティナにカイトは苛立ちを剥き出す。
「無駄なのよカイト君……私が歌っても、彼女は治らない」
ティナの言葉に、カイトの怒りが爆発した。
「なんで?! なんでやってもいないのにそんなことを言うんだ!!」
カイトの怒りに、ティナは怒りで返す。
「分かっているのよ!! 私の歌ではこの呪いを消すことは出来ないの!!」
ティナの綺麗な顔が、強い怒りで崩れていた。
見たこともないその表情に、カイトの矛先はクロエに変わる。
「知っていたのですか?」
「あぁ……」
クロエは静かに頷いた。
「全部知っていたのですか?!」
「そうだ、全部知っていた」
カイトはクロエの胸ぐらを掴み、大きな怒号をあげる。
「なんで! 何で教えてくれなかった!!」
クロエもカイトの胸ぐらを掴み返し、それ以上の怒号をあげる。
「知ったらやめたのか!? お前の決意はそんなものだったのか?!」
カイトは、その言葉に返す言葉を見つけることができなかった。
「これはお前が決断した結果だ!! そこに正義も悪もない! あるのはこの現実だけだ!」
その場に崩れ落ちたカイトは、そのままクスハにゆっくりと寄り添った。
「俺は……結局何も守れない……この小さな命一つすら守ることが出来ないのか……」
クスハを抱え、カイトは大声を上げて涙を流す。
その光景に耐えかねたナナは、カイトを後ろから抱き締めた。
「カイト、あなたは精一杯頑張った……そんな自分を責めないで」
ナナの声に反応したのは、今にも息絶えそうなクスハであった。
弱々しく目を開き、震える手をナナに向けて差し出した。
「あなたが……ナナ……いいな……私も……あなたになりたかった……」
クスハの手を優しく握り、ナナがクスハに話しかけようとしたその時。
クスハとナナの手が光を放ち共鳴する。
「えっ?! 何これ?!」
何が起きているか事態が全く把握できなかった。
すぐに光は消え、それと同時にクスハの瞳が黒色に変わっていく。
そのまま意識を失ったクスハは、すやすやと寝息をたてていた。
その体からは先程までの熱が嘘のように失くなり、顔にも生気が戻っているのが分かった。
「何が、起きているんだ?!」
そこにいた全員が驚き、目を見開く。
勿論、誰よりも驚いているのはナナ本人であった。




