第13話 遺志の再動
突きつけた剣を必死に止めるカイトに、メルは疑問を投げかけた。
『お前もこいつを殺そうとしていたはずだ。何故この手を止める?』
「分かっている、そんなことは分かっているんだ! でも、憎悪のままにこいつを殺したら、それはこいつのやっていることと何も変わらない」
『理由が欲しいのか? 自分を正当化するための理由が?』
「それは……そうなのかもしれない……」
一瞬の躊躇をしたカイトを見て、メルがホルスの心臓に剣を突き刺した。
苦しそうに悶えたホルスは、そのまま静かに息絶えていく。
その感触に、体中を何ともいえない身震いが駆け巡る。
役目を終えたように、カイトの瞳が赤色から黒色に戻っていった。
『カイト、優しさを捨てろとはいわない。だがもっと本能に素直に生きろ』
「本能に……」
『お前にそれが出来ないのなら、俺は時期にお前のことを喰らいつくす。もう時間は余りないぞ』
「待ってくれ! 俺は一体何者なんだ?! 教えてくれ!!」
『お前は選ばれたのだ、神の遺志に』
「そんなことを聞きたいんじゃない! 俺は人間なのか?!」
『人かどうか、それはお前次第だ。のちに来る聖戦に、答えを見出してみろ』
「聖戦……神って……一体何なんだよ……」
『神もまた、作られた存在。狂った輪廻の理は、間もなく元に戻ろうとする』
この言葉を最後に、メルの声は聞こえなくなってしまった。
「分かんねーよ……俺に答えを教えてくれよ」
カイトはその場に立ち尽くし、孤独な空をただ見上げることしか出来なかった。
行き場のない心が安らぐ時は来るのだろうか。
何も分からないまま、ただ流れに身を任せ漂うのだろうか。
抗えば……答えは見つかるのだろうか。
今はただ、意味もなく空を仰ぐことしかできない自分に……無性に腹が立った。
カイトが考え込んでいると、背中にトンっと軽い振動が伝わる。
後ろを振り返ると、涙で崩れた顔を押しつけるクスハがそこにいた。
「カイト……ありがとう……」
クスハの弱弱しい言葉に、カイトは胸が苦しくなった。
「グラシアを守れなかった……俺の力が無いばかりに、グラシアが死んでしまった……」
目を合わそうとしないカイトの顔を、クスハはグイっと引き寄せる。
「それでも……私は生きている。カイトのおかげで、私はまだ生きている」
グラシアが死んで一番辛いのは、クスハだろう。
しかし、クスハはその気持ちを胸に抑え、落ち込むカイトを励まそうと必死に笑ってみせた。
そんな笑顔に、カイトは思わずクスハを抱き締める。
「ありがとう、ありがとうクスハ……」
二人が顔を見つめ合い、その距離をクスハが縮めようと身を乗り出す。
唇と唇が触れ合う程に近づきかけた――その時。
突然、大地震のような地響きが周囲を揺らす。
「なんだ?!」
その衝撃は、フリードの行動がきっかけで発生したものであった。
ホルスが敗北したことに焦ったフリードは、研究所の破壊を恐れ最終手段に手をつけようとしていた。
「まさか、メルの遺志があそこまで強大だったとは……誤算だったが、こっちにも切札は残っている」
エンドの前にたどり着いたフリードは、機械を操作しカプセルから青色の液体を取り出す。
その液体を注射器にセットし、自らの腕に針を向けた。
「メルの遺志があれほど強大なんだ。ハイネンの遺志も同じだけの力を秘めているはず。これを私が摂取すれば……」
一呼吸おき、意を決して自らの体にハイネンの遺志を流し込む。
液体がフリードの中で脈を打ち、隅々まで染み渡る。
心臓が何倍も速く鼓動し、力が体の底から湧き上がってくる感覚を実感できた。
「素晴らしい、これがハイネンの遺志……なんと素晴らしい力なのだ!!」
明らかに次元を越えた力を身につけた躍動感が、フリードの神経を昂らせる。
しかし──身に合わない力は直ぐに破滅を招き入れた。
フリードの額に血管が浮かび上がり、膨れ上がる勢いに耐えきれずプツンと弾け噴水のように血が溢れ出す。
「あ……なん……だ……これは……体が……おかしい……」
自らの意思を無視して溢れ続ける力に、フリードの体が耐えきれなくなっていた。
『貴様ごときが我の力を使いこなせると思ったか?』
死んでいるはずのエンドの目がギロリと開く。
「き……貴様……死んでいるはずだ……」
『我はハイネン……我の宿り木は貴様ではない。この男こそが我の宿り木』
「何故だ……何故、私を受け入れぬ……」
『奢るな人間……神の遺志に歯向かうなど笑止千万』
エンドがカプセルを素手で破壊し、フリードの首を握り絞める。
「私は……この身をステラのために捧げてきた……何故……私を受け入れない」
ジタバタともがくフリードであったが、エンドが容赦なく力を込めるとその首が引きちぎれ地面に転がり落ちる。
『知れたこと。神はお前たち人間を越える存在……下等生物の傲慢に下ったりなどせぬ』
フリードを殺したエンドは、辺りを見渡し、右手に創遏を込める。
『ここに残る遺物は、この世界には必要ではない』
創遏を解放すると、エンドを中心に大爆発が起きる。
周りにあった子供たちが入っているカプセルもろとも、研究所全体を破壊するほどの爆発であった。
同時に洞穴の入り口が音を立て崩壊し、収まりきらない衝撃波が湖から噴火する。
カイトは咄嗟にクスハを背負い、空へと逃げた。
「……なんだこの爆発は」
クスハも突然の出来事に驚き、カイトにしがみつく。
「研究所が……粉々に……」
空から見下ろすと、爆発の衝撃に湖は荒れ狂い、粉々になった洞穴を飲み干していた。
そしてそれと同時に、グラシアの遺体も湖へと消えていく。
「……姉さん」
声にならない悲しみが、クスハの体を震わせる。
カイトはただ、その小さな震える体を抱えることしかできなかった。
「クスハ、ここにいても何も変わらない……俺と一緒に来ないか?」
カイトは震えるクスハに向かい、精一杯の勇気を振り絞る。
自分が落ち込んだ時に、クスハは必死に笑ってくれた。
だから──今度は俺が答える番だ。
その気持ちに答えるように、クスハは無言で首を縦に振って答えてみせた。