第12話 闘神
ホルスから感じる脅威に、死が纏わりついている。
私では、何も抗うことはできない。
カイトも……姉さんも死んだ……。
私も……今から殺させる。
結局、私の人生は何にもなかった。
狭い世界に閉じこもって、人に言われるがままに生きてきた。
ずっと生きる意味を探していた。
今日、やっとその意味が見つかったのに。
やっと……好きと思える人と出会えたのに。
私も今から殺させる……。
もっと……生きたい。
誰か、私を救って下さい。
誰か、私を守って下さい。
誰か、私の傍にいてください。
カイト、私を助けて……。
カイト、私を……助けて……。
「カイト…………助けてぇぇーーー!!」
クスハの声が聞こえる……。
『力が欲しいか?』
誰だ?
『力が欲しいか、カイト?』
俺は何も守れない。
『全て投げ出すのか?』
そんなつもりじゃ……。
『楽なものだな、嫌になったらやめてしまえばいい』
違う!
『交わした約束は果たさないのか?』
約束……。
『ナナとの約束、クスハとの約束』
力がないから、その約束も果たせない。
『違う、心が弱いから約束を守れない』
うるさい! お前に何が分かるんだ!!
『約束とは、そんな弱い心でするものではない』
俺は、約束を果たしたい。
『男なら、女と交わした約束は必ず果たせ』
果たしたい!
でも、俺はもう……死んでいる。
『死んでいない。そんなことは俺が許さない』
お前は、一体誰なんだ?
『俺はお前だ。力が欲しければ、我を喰らえ』
喰らう……?
『我が名はメル=ブレイン=ランパード』
メル……。
『お前から出来ぬと言うなら、俺が喰らってやるぞ』
俺を喰らう?
『守りたいものがあるなら、俺を喰らい返してみせろ』
途轍もない轟音と衝撃を伴って、カイトから赤い光の柱が空へと突き上がる。
森に突風が吹き荒れ、その衝撃に大地が揺れる。
闘神の目覚めに──世界が悲鳴をあげた。
「カ……イト……?」
ゆっくりと起き上がるカイトに、その場の全員が目を奪われる。
吹きつける風にクスハの髪が暴れ乱れるも、視線はカイトに釘付けであった。
「貴様……死んだはずだ」
ニヤリと笑みを見せるカイトの両目は赤く染まり、今までとは雰囲気がまるで別人である。
「俺は……メル」
立ち上った赤い光が全てカイトに流れ込む。
同時に先程までの突風や衝撃はなくなり、一瞬の静寂が場を支配した。
「俺は、闘神メル=ブレイン=ランパード」
ホルスの剣により穴だらけにされた傷口がみるみる塞がり、折れ曲がった足も一瞬で元の形に戻る。
超速再生とはまさにこのことだろう。
瞬く間に傷が無くなり、カイトの体は戦う前に戻っていた。
「約三千年振りの世界……とても良い香りだ」
メルはその場で何回も深呼吸を繰り返し、大地の感触を踏みしめる。
「とても清々しい。体の底から溢れ出す躍動感が止まらない」
一人この状況を楽しむメルに、ホルスは危機感を肌で感じとり、咄嗟に剣を振りかざす。
しかし、ホルスの剣はメルに届く前に結界のようなものに弾かれそのまま空を斬る。
「そんな馬鹿な……貴様は俺が殺したはずだ!!」
明らかに動揺を隠せないホルスに向かい、メルが殺気の籠った眼圧で威嚇する。
「俺は今この世界に浸っておるのだ。邪魔をするな……小僧」
鋭い眼光はその威圧と共に周囲の空気を巻き込み、真空波となってホルスに襲い掛かる。
鎌鼬にも似た衝撃に、ホルスの全身が斬り刻まれ、血しぶきが辺りを染める。
「なんだよこいつは……何者なんだよこいつは!!」
突然立場が逆転し、肌を鳥肌が駆け巡る。
本能がメルとの戦いを拒絶する。
こいつには歯向かうなと、心の声が体を突き動かす。
無意識に一歩、また一歩と後ずさりをしている自分に気づき、ホルスは意地だけでその震えに立ち向かう。
「俺は、神に選ばれたんだ。俺が頂点なんだ!!」
メルに向かって魔法陣を作り出し、ありったけの創遏を流し込む。
凝縮されたエネルギーは稲妻を纏い、周囲一帯を焼き尽くさんとするほどであった。
「識見の神ラウジャーが残した宿り木、ホルス=クレイ」
メルは今にも放たれる法遏に向かい、堂々と真正面に立ち身構える。
「くたばれ、このバケモンがぁー!!」
凄まじい勢いで稲光が牙を突きつける。
一瞬でメルの胸部を捉えるかと思われた――瞬間
「カァッ!!」
メルのけたたましい咆哮が、稲光を跡形もなくかき消した。
「な……なんだよそれ……」
その場から一歩も動くことなく悠然と立つ姿に、ホルスは絶望した。
「随分と、俺の宿り木を痛みつけてくれたものだ」
一歩一歩近づく度に、メルの創遏が膨れ上がっていく。
完全に戦意を叩き折られたホルスは、剣を投げ捨てた。
「す、すみませんでした……どうか、どうか命だけは……」
先程までの威勢は見る影もなく、地面に伏せ命乞いを始めた。
そんなホルスの髪の毛を鷲掴み、メルが顔を近づけ威圧する。
「俺に勝てると思ったか?」
「あぁ……申し訳ありません……」
ボロボロとみっともない涙を流すその姿は、ぼろ雑巾のようであった。
「ラウジャーの残した遺志ごときが、この俺に勝てると思ったのかぁぁ!?」
叫び声と同時に、重厚な蹴りがホルスの顔面を捉える。
その勢いで吹き飛ばされた体は、何本もの木々をなぎ倒し、巨大な岩を砕いて地面に転がった。
先程まで圧倒的な力を発していたホルスが、一撃でひくひくと痙攣する。
その光景に、クスハとフリードも唖然とした。
「あ……あのホルスがいとも簡単に……このままでは、私の研究所が破壊されてしまう……あれをやるしか、あれをやるしかない」
フリードは何かを思いついたように洞穴に駆け込んだ。
クスハはそんなフリードを一切気にかけず、ただグラシアを抱き締めたままカイトを見つめていた。
「あれが……カイトなの……? カイトなら、何で泣いているの?」
ホルスの前に立つメルは、笑顔のまま涙を流していた。
倒れるホルスにまたがり、メルは剣を突きつける。
既に意識がないホルスに向かい、切っ先が突き刺さろうとした時、メルの腕がピタリと止まった。
『何故止める?』
メルの瞳の色が、赤と黒を繰り返す。
止めを刺そうとする体に、カイトが必死と抗っていた。




