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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第3章 人工歌姫
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第11話 苦悩の先にあるものは

 突き刺した腕に渾身の力を込めて引き抜くと、手の上には小さな心臓が弱々しく脈を打つ。


 突然の出来事に、グラシアは言葉なく崩れ落ちた。


 一体、目の前で何が起きているのか。

 頭が理解を拒んでいる。


 しかし、頭で理解をするより早く、心が現実を受け入れてしまった。

 頭の中は真っ白で何も考えられないのに、心から溢れてくる涙が自然と瞳からこぼれ落ちる。


 そこへ追い討ちをかけるよう、一呼吸遅れてから頭が理解を始め出す。


「あ……うそ……姉さ……ん……?」


 ゆっくりとグラシアを抱き抱えるが、さっきまで話をしていたその体は、脱け殻のように空っぽになっていた。


「う……そだ……」


 頭が理解を終えたあと、それに答えるよう次は体が悲鳴をあげた。


「いやぁぁぁぁーー!!」


 言葉にできない感情が、ただ叫び声となって空へと還る。


 その悲劇の対価は、彼女に何を与えるのか。

 人は悲しみを乗り越えて強くなると言う。

 しかし、それは本当の悲しみを経験したことのない言葉であろう。


 本当の悲しみは──人に何も与えはしない。


 ホルスは心臓を鷲掴みにし、思いっきり握り潰す。

 そこから滴る血を、自らの口で受け止め飲み込んだ。


「これが……これが遺志の融合……」


 ホルスの創遏が不気味に変化を始め出す。

 纏っていた王創はみるみる巨大化し、体からは収まりきらない大量の創遏が越流を繰り返す。


 目の前の光景に驚き、カイトも頭が理解を終えていなかった。


 何が起きているんだ?

 人の心臓を食った?

 グラシアが──殺された?


 俺は……また何も守れなかったのか?


 次第に心に追いつく理解が生み出すのは、更なる怒り。


 俺はいつも口ばかりだ。

 ラヴァルに言われたことが、今更になって俺の心に突き刺さる。

 口先だけでは誰も守れない。


 俺の怒りが足りないから、グラシアは死んだ。

 俺の憎しみが足りないから、グラシアは死んだ。

 俺が弱いから、グラシアは死んだ。

 俺がここに来たから、グラシアは死んだ。


 全部俺のせいだ……。


 俺が不浄に染まりきれなかったから、グラシアを守ることができなかった。


 このままじゃ、クスハも守ることはできない。


 今のままじゃ──誰も守れない。



「ホルスゥヴゥゥー!!!」


 カイトを纏う王創が、深紅から赤黒く変色する。

 数多の不浄がカイトに取りつき、その身を飲み込もうと暴れ狂う。


「何が神だ、何が遺志だ!! そんなものを誰も求めていない!! それなのにお前たちは何でそんなに簡単に奪うんだ!!」


 空気を蹴り上げ、怒号の勢いでホルスに剣を振りかざす。

 振りかざされた剣がホルスを斬り捨てようかと思われた瞬間、剣を片手で受け止めてホルスはニヤリと笑う。


「ランパード……こんなものか……?」


 その瞳は、白目と黒目がなくなり青一色に染まる。

 笑った口からは蒸気が立ち上ぼり、明らか様に異常状態にあった。


 カイトは剣を受け止められたまま、空中で体を捻り顔面を蹴り飛ばす。

 しかし強靭な体はびくともせず、逆にカイトの足から鈍い音が響き渡る。


 確実に骨が折れたであろう右足を、空いているもう片方の手でホルスが容赦なく握り潰す。


「ぐぁあぁぁ!!」


 苦悶の声を上げるカイトの足は、普通では曲がらない方向に曲がっていた。


「まだ……まだ……楽しいのはこれからだぞ……」



「これが、遺志の融合……なんと素晴らしい」


 フリードは急激に飛躍したホルスを見て、歓喜に震えていた。


「見てみろクスハ!! あれが遺志の融合だ!! 二つの遺志が混ざることによってとんでもない化物を作り出すことができる! 私の研究に間違いはなかった!」


 一人手をあげて喜ぶフリードに対し、クスハは口を開けて呆けるしかできなかった。


 自我が残っているか定かではないホルスは、気が狂ったようにカイトの体を斬り刻み、ただひたすらに剣を突き立てた。


「俺が最強……俺様が頂点だ!!」


 体がみるみる血で染まり、なす統べなくカイトの命が灯りを霞めていく。

 王創は消え、地面に転がり動かなくなったカイトに向かい、容赦なく追い討ちの剣が突き刺さる。

 既に剣を突き刺されても、痛みに反応することすら出来なくなっていた。


「カ……イ……ト……?」


 グラシアの遺体を抱き締めたまま、クスハは腰が抜けその場から動くことができないでいた。

 ピクリとも動かないカイトを見て、クスハの精神がボロボロと崩れ落ちる。


 たった十数分前には二人とも生きていた。

 二人とも、笑顔で話をしてくれていた。


 なんでこんなことになってしまったの?


 私達が一体何をしたっていうの?


 何で私からこんなに奪うの?


 私は、幸せを感じてはいけないの?


 座り込み涙を流すクスハの前に、ゆっくりと血塗れのホルスが迫りくる。

 命の終わりを感じとり、クスハは震えてその時を待つことしかできなかった。


「お前も……俺の糧となれ……」





 ──眩しいな。


 目の前が……真っ白だ。


 体が動かない。


 誰か目の前に立っている。


 顔が霞んで見えない。


 君は……誰だ?


(帰ってくるっていったよね?)


 俺は、また何も守ることができなかった……。


 ナナは怒るかな。


 必ず帰るって約束したのに……。


 結局、俺は自分が何者かも知ることはできなかった。


 一体何のためにここに来たんだろう。


(もう、諦めてしまうの?)


 諦める……か。


 諦めてしまえば、もう何も考えなくて済む。


(もう、私の元に帰ってきてくれないの?)


 ごめんな。


 俺は何も変わっていなかった。


 少しも強くなっていなかった。


 約束の一つも守ることはできないみたいだ。


(私はカイトを信じているよ)


 俺を……信じる?


(信じている。だから、先に行って待ってるね)


 待ってくれ!


 行かないで!


 俺をここに一人にしないでくれ……。


 君を追いかけたい。


 でも、(ちから)が抜けていくのが分かるんだ。


 目の前が暗く霞む。


 ああ、これが……




 ──死──


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