第10話 恋心が育てる果実
(いつも同じだな)
【──怒れ】
(いつも俺の力を引き出すのは、抑えることのできない大きな怒り)
【──抗え】
(世界は、綺麗事で動いていない)
【喰らえ……ランパードの遺志を持つ者よ……】
(醜い憤怒が──いつも世界を動かしている)
いつもよりもずっと深い赤。
赤く燃え盛る太陽が如く、深紅の王創をカイトが纏う。
己の怒りを血肉の糧とし、本能のままに敵意を喰らう。
懇情や、快楽では不条理に抗うことはできない。
憎み。
妬み。
恨み。
哀み。
それらが怒りに繋がる時、初めて人は不条理に立ち向かうことができるのだろうか。
不浄に染まらなければ、善意を貫くことはできないのだろうか。
今は……全部どうでも良いことだ。
「俺が……貴様を殺す」
暴れ出る創遏に身を任せ、カイトがホルスに飛びかかる。
一瞬の内に間合いを詰め、豪烈な蹴りがホルスの体を捉えた。
咄嗟に防御する腕を凪払い、勢いに任せそのまま振り抜く。
吹き飛ばされたホルスの体が洞穴の壁を突き破り、外まで戦いの舞台が広がった。
空中で体勢を戻したホルスに向かい、カイトは更に追い討ちをかける。
勢い良く迫るカイトを迎え撃つよう剣を構えるも、振りかざされた剣に吹き飛ばされ、今度は地面へと叩きつけられる。
直ぐに立ち上がり反撃の姿勢をとるが、目の前に降り立ったカイトの力に驚愕し、汗が止まらない。
「なんだよコイツは!! 湖でやりあった時は、これ程の底力を感じなかったはずだ!!」
湖で剣を合わせた時、ホルスは既にカイトの実力を見極め自分よりも劣っていると見越していた。
だが、今目の前に立っている男からは、全くの別物かと錯覚する程の強大な創遏を感じとっていた。
「生きている間に、自分の行いを悔いて死ね」
カイトの鋭い眼光に、ホルスは怯え恐怖に体が硬直して動かない。
自らの自尊心を瞬く間に折り砕かれ、カイトの底深い力に強い嫉妬心が駆け巡る。
「俺は、俺は神に選ばれたんだ!! お前なんぞに負けてたまるか!!」
怯える体に活をいれ、再び青白い王創に身を包む。
青白い王創──支配。
ホルスを奮い立たせるのは、本能にある強い支配欲であった。
「俺が一番だ……俺は全ての頂点に立つ男だ!!」
青と赤の王創が激しく反発し、彩暴走となり暴れ狂う。
激しさを増す戦いに、周囲の木々が崩れ落ち悲鳴をあげていた。
ホルスが戦いに気をとられている隙に、クスハはグラシアの鎖を解錠する。
ボロボロの体を何とか起こし、グラシアとクスハは見つめ合う。
「姉さん! 大丈夫?!」
「クスハ……大丈夫……いつものことだから……」
生々しい傷だらけの体には、今受けたものではない古い傷痕がいくつも残っていた。
「いつも姉さんばかり……でも大丈夫だよ。カイトが、カイトが私達を救ってくれるから」
涙汲みながらも、クスハの瞳には希望の光が輝いていた。
「ランパード……私達の希望の光。いかなきゃ……私達のために戦うカイトの元に」
よろめきながら外に向かうグラシアを、クスハは止めようとはしなかった。
「私も一緒に行くよ、肩に手を回して」
歩きながらグラシアはクスハに尋ねた。
「クスハは牢獄でカイトと会ったの?」
「うん。私、カイトと出会ってまだ少ししか話していないのに、何だかとても信頼できるの。そんなカイトが……守ると言ってくれた」
カイトの名前を話すだけで、クスハは自然と笑みを浮かべていた。
そんな笑みを見たグラシアは、とても嬉しかった。
「クスハはカイトのことを考えると胸が苦しくならない?」
グラシアに自分の不調を言い当てられ、クスハは驚いた。
「何で分かるの?! さっきから胸が苦しいような、それでいてどこか清々しいような。こんなの今まで経験したことがないの! 姉さんはこれが何か分かる?」
クスハの純情を聞いて、グラシアは思わず鼻でクスクスと笑ってしまった。
無知だからとはいえ、全く鈍感なものだ。
「クスハ、それは恋よ」
恋と言われ、クスハは慌てふためき首を横に振るう。
「そんなはずないよ! だってさっき知り合ったばかりだよ?!」
必死に否定しても、その顔は恥じらいを隠せず赤くなっていた。
「ふふ、クスハ……人を好きになるのに時間なんて関係ない。その少し話しただけの時間が、クスハにとってそれだけ魅力的だったってことよ」
「……」
クスハは恥ずかしさに耐えきれず、黙って俯いてしまった。
「私は嬉しい。ずっとこの小さな世界に閉じ籠っていたクスハが、いま空に向かって羽ばたこうとしている。カイトならきっと呪いを解いてくれる、だから今の気持ちを大切にしてクスハ……」
クスハは、心臓の鼓動を感じていた。
落ち着こうとする意識に反し、耳にいつまでも残る大きな音をたて、身体中を心臓が走り回っているかのようの振動が体を震わせる。
このまま体を心臓が突き破ってくるのではないかと錯覚し、思わず胸に手を当てた。
(これが……恋)
昂る気持ちを抑えようと頑張っていると、知らずのうちに洞穴の出口が見えてくる。
クスハとグラシアが外に出ると、周辺の変化に目を疑った。
放たれる彩暴走により、辺りは荒れ地と成り果て、生い茂っていた木々は見る影もなくなっていた。
二人の創遏が空間を揺るがせ、剣がぶつかり合う度に衝撃波が一面を吹き飛ばす。
クスハ達は何とか地に体を伏せ、遠くから戦いを見守ることしかできなかった。
騒ぎを聞きつけたフリードも外にでてきて、状況を把握するや、ホルスに向かって叫び声をあげる。
「バカモンが! だからメルの遺志には手を出すなと言ったんだ! 闘神の遺志に火をつけおって!」
「うるさい!! 黙って見ていろ!!」
叫ぶフリードに向かい、ホルスは悪態を返すぐらいしか余力は残っていなかった。
カイトの高まる創遏に圧倒されるホルスは防戦一方であり、剣を受け止めるだけでみるみる体力を消費する。
(クソガキが……この俺様が相手にならない……)
半ば暴走にも近い力を、カイトは怒りの感情だけで制御していた。
圧倒的な差を見たフリードは、最後の秘策をホルスに投げ掛ける。
「ホルス! 今のままでは勝てない! 気は熟してないがあれをやれ!!」
フリードの声に反応したホルスは、カイトに向かい大量の法遏を放つ。
質のない数だけの法遏では、今のカイトを止めることはできない。
しかしその法遏が作った一瞬のうちに、ホルスはグラシアの前へと移動した。
「これはまだ研究段階にあったからやりたくなかったが仕方ない、俺の糧になってもらうぞ」
次の瞬間、ホルスがグラシアの心臓に手を突き刺した。