第6話 唐突な強さ
先ほどまでの美しく色気だった妖艶な姿は見る影もなく、怒り狂うネルチアの表情は、まさに鬼の形相であった。
「糞餓鬼が……私の美しい肌に傷をつけやがって」
ネルチアが右手に創遏を集中すると、光の集合体が巨大な鎌に変化する。
自身と対して変わらない巨大な鎌を豪快に振り回すと、そのままカイト目掛けて襲いかかった。
周囲の空気を斬り裂くネルチアの鎌に臆せず、カイトも振りかざされた攻撃に合わせ剣を振るう。
二人の武器が激しくぶつかり合うたびに衝撃が波となって駆け巡り、大地は激しく揺れる。
(なんて重たい攻撃だ。だけどさっきまで全く見えなかった動きが、今はハッキリ見える!)
ネルチアの激しい連撃が続くも、カイトは剣を合わせ全てを弾き返す。
完璧な防御にネルチアが焦りを見せた瞬間を、カイトは見逃さなかった。
「ここだっ!」
大鎌を振りかざす一瞬の隙をついて、剣を振り上げネルチアの右腕を切り飛ばす。
「がぁぁ……」
腕を斬り落とされた激痛に苦悶の表情を浮かべるも、ネルチアが詠唱すると右腕は直ぐに再生をする。
しかし体力そのものが回復したわけではなく、苦しそうに肩で息を吐いていた。
「はぁ……はぁ……何で急にこんな力を」
カイトを覆うオーラの色はどんどん色濃くなり、それに合わせるように、さらに創遏は上昇していく。
(……力が溢れてくる)
強者を圧倒する創遏に自信が追加され、剣を握る手にも自然と力が入る。
「何か知らないが……今なら負ける気がしないぞ!」
刀身に自分の創遏を纏わせると、勢いよく振り下ろして衝撃波のようにネルチアへ飛ばす。
咄嗟に衝撃波を結界で防ぐも、強烈な破壊力に結界は砕け散り、ネルチアの身体中が傷まみれになっていった。
(くそっ……こんな餓鬼に……まさか、こいつの力が急に上がったのは……さっき泉に吹き飛ばされた時に大量の泉の水を飲んだせいか?)
カイトの猛攻に耐えきれず、ネルチアは思わず距離をあけた。
「悔しいけど今日は一旦退くよ。坊やのことは忘れないからね」
自分の上空に創遏を集め空間に裂目を作りだすと、捨て台詞を残し次元の狭間にネルチアは消えていく。
「何とか凌いだぞ……テスラさん大丈夫ですか?」
ネルチアがいなくなったことを確認し、カイトは急いでテスラの元へ駆け寄った。
「ああ、新人に助けられるなんて私も焼きが回ったね」
「そんな、テスラさんがいなかったらとっくにやられていましたよ……あれっ……力が……」
緊張が解けたカイトからオーラが消えると、糸が切れたように倒れてしまう。
「カイト!? 大丈夫かい!?」
先程の迫力が嘘のように、カイトは赤子のようにスヤスヤと眠っていた。
明らかに自分の実力を越えた力を使い、創遏が切れてしまったようだ。
「寝ているのかい? それにしてもさっきの力はいったい」
痛む傷口を抑えながらカイトを背負い、テスラはデモードの森を後にした。
──セントレイス。
セントレイスまで戻ってきたテスラとカイト。
まだ目を覚まさないカイトを背負い、テスラは医療室まで足早に向かった。
カイトをベッドに寝かせると、急に自身の怪我が痛みだす。
テスラはベッドの横にあった椅子に思わず座りこむと、天井を見上げてため息をつく。
疲れに身を任せ少し休んでいると、そこにエルマンが現れた。
「何があったんだテスラ? お前がこんなボロボロになるなんて」
「……隊長」
テスラは森であった出来事を話した。
ネルチアの話、カイトの話、どちらもエルマンの予想していなかった出来事であった。
「キルネの師団長が?! すまない、私が共に行くべきであった」
エルマンは頭を深く下げる。
「やめてください隊長。私の力不足なだけです」
「それにしてもカイト君にそんな力が。ネルチアが言っていたように、泉にある不思議な力が、追い詰められたカイト君に眠る力を呼び覚ましたのかもしれないね」
自分の不甲斐なさにテスラは思わず俯いてしまう。
「正直カイトがあの時やってくれなかったら、間違いなく二人とも死んでいました」
「やはりランパード家の血を継ぐものか」
「隊長。前にもカイトについて何か知っているような口ぶりでしたが、そのランパード家とは何なのです?」
「ふむ。今では知っている者も少ないのだが、グロースができたのは今から約七百五十年前になる。その創設者がランパード家の一族なのだよ」
グロースの創設者、その言葉にテスラは驚きを隠せなかった。
「グロースの創設者?! カイトはそんな血筋なのですか? でも私はランパードなんて聞いたことないです」
「そうだろうな。私も古い書物で読んだことがあるだけなのだが。昔、グロースで内戦が起き、その際ランパード家は滅んだとされているのだよ。だから初めランパードと聞いてまさかなとは思ったが」
「なんで内戦が起こったのですか?」
「それについては資料も少なく私も分からないのだよ。さぁテスラ、お前の傷も軽くない。今はゆっくり休め」
「……分かりました」
頭を一度下げ、テスラはカイトの病室を後にする。
エルマンも少しだけ頭の中を整頓し、病室を出てそのまま総司令室を目指した。
(さて、私もこのことをエレリオさんに知らせなければ)
──三日後。
まだカイトは眠ったままであった。
「まだ起きないか」
テスラはあれから毎日、カイトの様子を見に来ていた。
自分の怪我も酷かったが、それ以上に部下のことが気になってしかたなかったのである。
その時、物凄い慌てた様子で一人の女性が病室に飛び込んできた。
「はぁ、はぁ、ここがカイトの病室ね」
「誰だい騒々しい」
「すみません。カイトの幼馴染でナナといいます。カイトが大怪我をしたって聞いて……」
「カイトの……すまない。私と一緒に任務にでていたのだけれど、私の力不足でこんな目に遭わせてしまった」
テスラは頭を下げナナに謝罪する。
「……あなたも凄い怪我を」
「私が死なずにすんだのはカイトのおかげさ」
「カイトがそんな?」
「ああ……本当に助かったよ。私はもう行くからゆっくりしていって」
病室を後にするテスラに向かい、ナナはお辞儀をし見送った。
「カイト……」
病室で二人っきりになり、傷だらけで眠るカイトを見て、ナナの瞳には涙が込み上げてくる。
「グロースに入団してすぐにこんなボロボロになっちゃうなんて……」
カイトの手を握って温もりを感じると、込み上げていた涙が流れ落ちる。
その時、その涙に反応したようにカイトがゆっくりと目を覚ました。
「ナナ……?」
「カイト! 大丈夫?!」
「ああ、ここは病室? なんでナナが?」
「うぇ~ん……カイト~」
ナナは泣き声をあげながら勢い良くカイトに抱きついた。
「痛い痛いっ、何がどうなっているんだ?」
何が起きているのか把握できてないカイトに、怪我をしてずっと眠っていたことを話す。
三日も寝たままだと聞いて驚く反面、カイトは不思議と落ち着いていた。
「なんとなく思い出してきた。デモードの森でコルネオに吹き飛ばされたんだったな」
「何で入団していきなりそんな危ないことしてるの?! 病室に運ばれたって聞いてすごい心配したんだよ!」
「心配かけて悪かったな、初任務だったけど散々だったぜ」
「もぉーー!!」
笑いながら話すカイトに、ナナは怒りを爆発させた。
──しばらくして病室にエルマンがやってきた。
「カイト君、すまなかったな。初めての任務がとても辛いことになってしまって」
「隊長、大丈夫です! なんとか生きて帰ってこられました」
ナナは生きて帰れたという言葉に、思わず辛そうな顔をする。
「ナナちゃんだったね、私の判断ミスで君の大事な人を危ない目に合わせてしまった。すまなかった」
エルマンはナナに向かい頭を下げる。
「いえっ、そんな」
エルマンに頭を下げられ、ナナは複雑な気持ちになっていた。
分かっていたことだ。
グロースの任務には命のやり取りがつきまとう。
頭では分かっているつもりだったが、そんな現実をすぐに受け入れることはできるものではない。
「隊長、テスラさんは無事なのですか?」
「ああ、彼女も無事だ。今はゆっくり休養してもらっているよ」
「……良かった」
テスラの安否を聞いてカイトは安心する。
「こんな時になんだが、カイト君と少し話がしたいという人がいるのだが、呼んでもいいかな?」
「大丈夫ですが誰ですか?」
エルマンが合図をすると、グロース最高司令官であるエレリオがやってきた。
「最高司令官?!」
「やぁ、初めまして。カイト=ランパード君だね?」