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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第3章 人工歌姫
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第9話 胎動する怒り

 長い階段を上がりながら、二人はお互いのことを話し合っていた。

 とても気さくで明るいクスハは、話していてとても心地好く、カイトはみるみる打ち解けていく。


 遠征部隊の本拠にいた時は誰にも相談出来なかった悩みも、彼女には何故か安心して打ち明けることができた。


「俺は、自分が何者なのか知りたいんだ」


 カイトの強い眼差しを、クスハは羨ましそうに見つめる。


「カイトは凄いね、ちゃんと自分と向き合っている。私は……自分を知るのが怖い……」

「そんなことないさ。俺は守りたい人のために強くなりたい。そのためにはまず自分を知ることが大切なんじゃないかって、そう決心したのは数時間前のことだ。それまではずっと何をしていいか分からなくて、戦うことにも嫌気が差していた」

「辛いことが沢山あったんだね……カイトが守りたいって思う人はどんな人なの?」


 カイトは少し照れくさそうにクスハに答えた。


「俺には、絶対守ると決めた女性がいる。ナナって言うんだけど、ナナも歌姫なんだ。俺は自分の命が尽きたとしても、ナナだけは守りたい」

「そっか……とても大切な人なんだね……」


 何気ないやり取りが、クスハの心を締めつける。

 今まで感じたことのない虚無感が何なのか、クスハは良く分からなかった。


(何だろう……カイトはナナって人の話をする時、とても生き生きしている。良いことの筈なのに……そんなカイトを見ていると胸が苦しい……)


 自分に芽生え始める新たな感情に、クスハは葛藤していた。

 この気持ちは何なのか。

 会ったばかりのカイトを見つめると、何故こんなにもドキドキと胸が苦しくなるのだろう。


(私……どうしちゃったんだろう……)


「クス……は……に行ったら……みたい?」


 少しボーっとしていたクスハは、カイトの言葉をしっかり聞き取れていなかった。


「あっごめん! なに??」

「どうしたボーっとして? 大丈夫か?」

「うん、ごめんね。それで何だっけ?」


 カイトは心ここに非ずなクスハを見て不思議そうに首を傾げたが、あまり気にかけず同じ質問をもう一度話した。


「クスハは外の世界に行ったら何がしてみたい?」


 ──外の世界──

 クスハにはあまり想像が出来なかった。


 クスハもグラシアも人生の殆どをこの洞穴で過ごしており、外に出たのは過去に数回。

 エンドの死体を回収しに行った時も、その目的以外は一切他に何もすることを許されなかった。

 しかしそれが当たり前であったクスハ達にとって、外の世界で自分が何をしたくて、何ができるのか、それは全くの未知数であった。


「どうだろう? 正直分からないや……私は外に何があるのか全く分からない」


 顔にシワを寄せ悩むクスハを見て、カイトは笑顔で手をひいた。


「ならさ、ここを出たら一緒にファンディングに行ってセントレイスの海を見に行こう! ルーインはあまり海がないみたいだからさ、きっと驚くよ!」


 ルーインに海がないわけではない。

 しかしカイトが言うように、実際ファンディングと比べて陸地が多いのがルーインであり、クスハも海を見たことはなかった。


「海……うん! 見てみたい! カイトと……カイト……と一緒に色んなものを見てみたい……」


 何故か恥じらうようにお願いをするクスハを見て、思わずカイトも頬を赤く染め、クスハから目を反らしてしまった。


「そうだな、色んなところを見に行こう!」

「うん!!」



 二人の会話が落ち着いた頃を見計らったように、長かった階段が終わり、目の前には大きな扉が現れた。


「ここから先は研究室、いつホルス達と鉢合わせるか分からない。カイト、大丈夫だよね?」


 先程までの楽しい時が終わり、一気に現実へと返される。

 クスハは急激に押し寄せる不安に、潰されそうになっていた。


「大丈夫だ、クスハは俺が守ってみせる」


『守る』


 初めて他の人間から言われた言葉であった。

 その言葉を噛み締めるよう、クスハはカイトの背に自らを寄せた。


 扉を開けると、意外にも研究室は静寂に包まれていた。


「誰もいないな」


 カイトが辺りを見渡すが、人の気配は感じとれなかった。


「てっきりホルスが待ち構えていると思ったが……」


 不気味な程の静寂、ホルスが自分を感知していない。

 何か心当たりがあるのか、クスハの顔色が青ざめていった。


「まさか……」


 奥の部屋までクスハが急に走り出す。

 突然の行動にカイトは驚きながらも、クスハの後を追った。


「どうしたんだ急に? それに顔色が悪い」


 クスハは嫌な予感がしていた。

 いや……予感ではない。

 それは確信である。


「ホルスが私を感知していない。そして研究室が不気味な静寂に包まれる時、決まって起きることがある」


 走ったからなのか、それとも冷汗なのか。

 クスハの首筋には大粒の汗が流れていた。


 恐る恐る部屋を開けると、クスハの予感はやはり的中していた。


「あ……ぁ……姉さん……」


 目の前の光景に、カイトは絶句する。


 腕を鎖で拘束され、衣服はビリビリに引き裂かれ、身体中から血を流しその場に項垂れる女性。

 無惨にも肌は露出し、何をされたのか想像もしたくない程ボロボロになっていたのは、グラシアであった。


「ク……スハ……」


 辛うじて意識があったグラシアに、突然電撃が走る。


「あぁぁあぁーー!!」


 電撃が身体中に駆け巡り、グラシアの悲痛な叫びが部屋に響き渡る。


「何だ、まだ元気じゃねーか」


 部屋の隅で椅子に座りながら、ホルスがグラシアに向かい手をかざして法遏を唱える。

 すると、再びグラシアに電撃が走った。


「いやぁあぁぁーー!!」


 涙を流しながらグラシアは必死に悶えていた。


「やめて!! お願い! もうやめて!!」


 クスハが必死にホルスに訴えかける。

 しかし、そんなクスハをホルスは嘲笑った。


「なにを俺様に命令しているんだ? 身の程を(わきま)えろゴミが」


 ホルスが再びグラシアに向かい手をかざす。

 しかし、法遏が唱えられることはなかった。


 カイトが腕を掴み、そのまま思いっきり壁に向かいホルスを投げ飛ばす。


「あ? 俺の楽しみの邪魔をするんじゃねーよ」


 壁にぶつかる前に軽く体をいなし、地面に着地したホルスはカイトに向かい苛立ちをみせる。


「これが楽しみ?」


 ホルスが着地したと同時にカイトの拳が顔面を捉えた。


「このクソガキが!! フリードから手を出すなって言われたから何もしなかったが、いま決めた。殺してやる」


 そのまま壁に叩きつけられたホルスは怒りが爆発し、苛立ちを解き放つよう王創を身に纏う。


 しかし、それ以上に怒りの感情が激しくうねりをあげたのはカイトであった。


「これが……楽しみだと?」


 カイトから溢れて出る怒りに、周囲の空気がヒリヒリと張りつめる。


「殺されるのは、お前だ……」


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