第8話 青髪の歌姫
カイトは少し見惚れてしまった。
青く染まる長い髪、何処となくナナに似た顔つき。
その美しい青に反するよう、可憐に煌めく緋色の瞳。
暗い独房を照らす美しい花のように、一人座り込んでいた少女。
間違いない──彼女はクスハだ。
「貴方は! 深紅の王創を持つ!!」
カイト以上に、クスハの方が驚いていた。
「なんで貴方がこんな場所に?!」
「君はクスハなのか?」
お互い同時に質問を投げかける。
「あっ俺はさっき落とされて……」
「えっ何で私の名前を……」
再び同時に声を出し、二人は思わず頬を膨らませ笑ってしまう。
「はは、ごめんごめん。俺の名前はカイト。知っていると思うけど、メルの遺志ってのが宿るランパードだ」
クスハは立ち上がり頭を下げる。
「此方こそ純血者様に向かい申し訳ありませんでした。私はクスハ。知っておられると思いますが、人工歌姫です」
「おいおい、純血者なんて止めてくれよ! さっきグラシアにも言ったばかりだ。俺のことはカイトでいいよ!」
「カイト……分かりました! カイト、宜しくね!」
グラシアとは違い、クスハは積極的に馴染もうとする。
ニコッと見せた可愛らしい笑顔に、カイトは思わず頬を赤く染めた。
こんな姿をナナに見られていたら……いや、今はそんなことを考えるのはやめよう。
「それより、カイトは姉さんと会ったの?」
泉でグラシアと出会ってからここまでの経緯を、カイトはクスハに説明した。
「そうだったのですか……」
今度はカイトから質問をした。
「クスハは何でこんな場所に一人でいるんだ?」
少し落ち込みながらクスハが答える。
「私は、カイトの王創を見て思わず救いを求めてしまった。勝手な行動をとった罰としてここに幽閉されたの」
「そんな! それだけでこんな場所に閉じ込められるなんてあんまりだ!」
「仕方ないです。人工歌姫には選択の権利なんて存在しない。全てはフリードとホルスの思うままに行動しないと」
クスハの悲しい言葉に、カイトは歯を噛み締めた。
「そんなの……間違っている……クスハもグラシアも、人工歌姫である前に一人の人間だ! 君達は実験の道具じゃない!!」
カイトは思わず大きな声で叫んでしまった。
それに対し、クスハから一粒の涙が溢れ落ちる。
「あっ、大きな声を出してごめん。驚いたよね」
一粒溢れたことをきっかけに、次々とあふれでるクスハの涙をカイトは優しく拭った。
そんなカイトにクスハは思いっきり抱きつき、声を出して涙を流す。
「違う……涙がでるのは驚いたからじゃない……初めて、私達を人として見てくれる人に出会えたから……」
そんな些細な言葉で涙を流すクスハを、カイトは思わず抱き締める。
「辛かったんだな……もう大丈夫だ、俺が全部助ける」
カイトの凛とした姿に、クスハの涙はしばらく止まらなかった。
枯れるほど涙を流したクスハが、落ち着きを取り戻し冷静になる。
「ごめん、取り乱しちゃった……」
「落ち着いたか? 一先ずここから出よう」
出口がないか辺りを見渡すカイトであったが、周りは壁に囲われておりそれらしきものは見つからなかった。
「駄目です、出口は分かるのですが……」
「出口が分かるの?! だったら早く行こう!」
言葉に詰まるクスハを見て、カイトが首を横に傾げる。
「どうしたんだ?」
「ホルスが見ている。だからここから出ることは出来ません」
カイトはホルスが目を閉じ、クスハの行動を察していたのを思い出した。
「そういえば、さっきホルスはクスハの行動を見ているかのような言葉を発していた。なんでこんな場所にいるクスハのことが分かったんだ?」
「ホルスには、自分がマーキングした相手の行動、状況を把握する寡黙の目があります。人工歌姫は常にホルスの監視下にあるんです」
カイトはその話を聞いて、一つの疑問が浮かぶ。
「だったら何でグラシアは泉まで来ることができたんだ?」
「姉さんは消失の歌を歌えるから。消失の歌は人間の姿、気配、創遏の全てを自分の作り出した空間に隠すことができる」
クスハの話を聞いて、カイトは改めて歌の力が強大なことを思い知った。
「そういうことか……だからエンドの元に現れた時、誰も気づくことが出来なかったんだ」
「私には姉さんのような歌を歌うことはできない。だからホルスの監視から逃れることは出来ません」
カイトは続けて質問を投げかけた。
「クスハはどんな歌が歌えるの? それに、グラシアはクスハの本当のお姉さんなの?」
続け様に与えられた質問に、クスハは戸惑いながらも少し嬉しそうであった。
こんなにも人と会話を楽しんだのは、初めてだったからである。
「私は加護の歌を。自分の意識した場所に好きな大きさの結界を作ることができます。姉さんは……多分、血の繋がりはないけど、ここではホルスとフリード以外に人はいなくて。私が小さい時からいつも私の面倒を見てくれていたのがグラシアだから、私が勝手に姉さんって呼んでるの」
グラシアの話をしている時、クスハの目は生き生きとしていた。
「好きなんだな、グラシアのことが」
「うん、大好き……私の唯一の家族だから」
落ち着いた笑顔を見て、カイトはクスハの手を握った。
「よし、ここから出てグラシアと一緒に外に行こう!」
「えっ、でも私は……」
「大丈夫だから、ホルスは俺が何とかする。だから一緒に世界を見に行こう。この世界には、まだまだ知らないものが沢山あるよ」
カイトの笑顔に、クスハは心が踊る。
それと同時に何か心をツキツキと心地好い痛みが駆け巡る。
クスハはまだ知らなかった。
それが……恋心だと。
「分かった。カイトを信じるね」
クスハが壁に向かい手を当てると、一部分の壁が振動をあげながら動き出す。
先ほどまで岩壁だったところが扉の開いたように口を開け、階段が現れる。
「こんな所に階段が……」
「ここを上がれば研究室まで戻ることができる。だけど忘れないで。この行動は既にホルスに気づかれていることを」
「ああ、行こう」
カイトがクスハの手を握ったまま先を歩く。
その手から感じる何ともいえない温もりに、クスハは心臓が昂っているのが分かった。
(何だろう……凄いドキドキする……)
先を行くカイトの姿を自然と見つめ、自分の頬が赤く火照っていることに、クスハ本人は気づいていなかった。




