第7話 人外の境地
研究室に招かれたカイトは、その場に見える現実に目を疑った。
数多く並ぶカプセルは死臭を放ち、なみなみと入った青色の液体の中を、肉片のような固形物がフワフワ漂っている。
「お見苦しい限りです。ここにあるのは全て失敗した個体、いわばゴミのようなものです。いやはや、なかなか片付けをするのが不得意でしてね。片付けをする前に新しいものを作っていたらこの様です」
フリードは笑いながらこのおぞましい光景を語った。
「嘘……だろ……? 元はこれが全部、人間だったのか……?」
カイトは怒りを通り越し、何も感じることができなかった。
いや、正確には目の前の光景を受け入れることが出来なかったのだろう。
およそ三百ものカプセルが隙間なくぎっしりと並べられ、その全てに肉片が浮いている。
原型を留めていない肉片だけ見ても、それが人間だったとは信じることが出来なかった。
「ルーインに来たのは正解でした。ファンディングでは正義をかざす偽善者が多すぎて、中々に被検体を集めることが出来なかった。しかし、ここでは力で簡単に赤子を集めることができる!」
両手を広げ、堂々と異端な発言を述べるフリードはまさに狂気の塊に見えた。
──すぐにこいつを殺すべきだ。
そう思う反面、カイトはただ否定するといった単純な思考だけで殺すのはフリードと変わらないと思いとどまり、今は自分を必死に抑えることにした。
「さて、ここからが本番です」
そう言い、意気揚々と次の部屋に案内される。
そこには、更に異常な光景が待っていた。
先程と同じ様なカプセルが十個。
その中には、人間の子供が眠っていた。
「これらは成功体です。二から六歳までに成長を遂げた逸材。十歳を越える素質をもった子供達です」
一つ一つのカプセルを見るが、どの子供達も本当に生きているのか、ただ液体の中に浮いているだけで自ら動く者はいなかった。
そして、一番奥のカプセルの前にたどり着いた時……カイトは呆然と立ち尽くすことになる。
カプセルの中に浮いていたのは、エンドであった。
「何で……エンドがこのカプセルに」
カイトは一体ここで何が行われているのか分からなくなってきた。
ここは人工歌姫の研究室ではなかったのか?
何故……ここにエンドの死体が。
目まぐるしく襲いかかる疑問を払拭するように、フリードが話し始める。
「おや? グラシアから詳しく聞いていませんか? このカプセルでは、エンドの死体からハイネンの遺志を抽出する実験を行っています」
「遺志を抽出する? そんなことが……」
「はい。ハイネンの遺志を抽出し、ステラの遺志を植え込んだ子供達に移植する。それこそがエルマ細胞の毒素に打ち勝つ最良の手段だと考えています」
遺志の抽出。
形無きものを抽出するという発想を、カイトは理解することが出来なかった。
それよりも、何故そこまでして人工歌姫を作ろうと考えるのか、それが真っ先に頭を過る。
「お前の目的は一体なんなんだ?」
フリードはエンドの入ったカプセルに手を当てながらカイトの質問に答えた。
「率直にお答えしましょう。私は神を越える存在に成りたいのです」
「神を……越える……?」
「正確には近く再臨すると言われる神の頂点、大聖官ステラを我が手に従えたい」
美貌の女神ステラ。
またの名を、大聖官ステラ。
フリードが言うに、ステラは神々の頂点であり、神の中でも唯一無から生命の創生を可能とし、人間を作り出した神ともいわれている。
「従えたいって、お前はステラを崇拝しているんじゃなかったのか? それに一体どうやって?」
カイトは話についていこうと必死に質問を返す。
「崇拝していますよ、誰よりも。だからこそ誰にも渡したくない。ステラは私だけの存在になるのです。そのためには力が必要。だから私は神の遺志を融合させることに挑戦しているのです」
「神の遺志を融合?!」
「そうです。エルマ細胞からステラの遺志を抽出し、人工歌姫を作る。そこへ更に他の遺志、ちょうど手にいれることに成功したハイネンの遺志を植えつけることにより、更なる強大な遺志を作り出すのです! その遺志を私に打ち込むことにより、私は神を越える存在になる」
フリードの信念にカイトは恐怖を感じることしか出来なかった。
同じ人間とは思えない、まさに自己愛と強欲の塊。
「お前は何でこんな奴についているんだ?」
カイトはホルスに疑問を投げかけた。
「こいつの欲が気に入ったからだ。平凡で退屈な毎日にフリードは楽しみを与えてくれる。女をいたぶる楽しみをな」
──ここは腐っている。
平然と笑いながら喋る二人に、カイトは我慢できなくなっていた。
こいつらの頭の中は、自分の欲求を満たすことしかない。
少しでも様子を見ようと思ったのが間違いであった。
カイトは覚悟を決めた。
この研究所を破壊する、そして歌姫を自由にする。
怒りのまま、カイトは王創を剥き出しにした。
「俺は、お前達を理解することはできない」
剣を構え、創遏を高めた瞬間――足元の床が口を開き、カイトを暗黒の奈落に叩き落とす。
「カイト!?」
深い闇に落とされたカイトに向かい、グラシアが叫ぶも開いた床は直ぐに閉じてしまう。
「全く、これだからメルの遺志はいらんといったのだ。見た目で分かるだろう? あんな正義面した奴の遺志などいらん」
「なんてことをするんですか!?」
反抗するグラシアの髪を、ホルスが鷲掴み持ち上げる。
「痛い! やめて!!」
「うるせーな、お前は俺のオモチャでもしてればいーんだよ」
そのまま壁に勢いよく叩きつけられ、グラシアは意識を失ってしまった。
「殺すなよホルス、貴重な成功体だ」
「分かってるよ、痛みつけるだけだ」
不適に笑みを見せる二人は、純粋な外道であった。
深い穴の底まで落ちたカイトは、古びた牢獄のような場所にたどり着いた。
(くそ、かなりの高さから落とされた。どうやって上まで戻ればいいんだ?!)
空を飛ぶにしても頭上は真っ暗で何も見えない。
周りを見渡すも、前方に見える牢獄から唯一かすかな光が見えるだけであった。
その光に導かれるよう進むと、小さな部屋のような空間にたどり着いた。
「ここは……」
独り言を呟くと、驚いたような女性の声が返ってきた。
「だれっ?!」
カイトが声の方に目をやると、そこには青髪の綺麗な少女が一人座っていた。