第6話 純血者
カイトより一回り大きいホルスの体は、普段から鍛えられているのが一目で分かるほどしっかりと作り込まれている。
無意識に漂う創遏を感じるだけで、かなりの実力者であることが分かった。
グラシアがホルスを見た瞬間に異常な怯えを見せたのは、きっとこいつが普段から人工歌姫に拷問を与えているからだとカイトはすぐに察した。
「その足を今すぐ退かせ!」
ホルスに向かい突きつけた剣に、カイトは王創を纏わせる。
「なんだぁ? お前に指図される筋合いはねーぞ」
突き立てられた剣に怯むことなく、ホルスは堂々とふるまって見せた。
そんなホルスの態度を見るや、カイトが突きつけた剣を振りかぶり、躊躇なくホルスに斬りかかる。
しかし、微動だにすることなくカイトの剣をホルスは片手で受け止め眼圧を飛ばす。
「貴様は何者だ!」
眼圧と共に向けられた強い殺気に、カイトは怯むことなく立ち向かう。
「あぁ? 人様の縄張りにずかずかと入ってきて偉そうに」
カイトの態度に苛立ち、ホルスがグラシアを踏みつける足に力をいれる。
グラシアは悲痛で顔を歪め、ただ涙を流すことしかできずにいた。
「その足を……退かせと言っているんだ!!」
カイトが爆発的に創遏を高め、受け止められた剣をそのまま無理矢理振り抜いた。
流石のホルスもその勢いに少し後退りし、カイトとの距離をとる。
「大丈夫か?!」
「あ……ありがとうございます」
倒れ込むグラシアを抱えると、その額は赤く傷ついていた。
「無抵抗な女性にこんなことを……お前には恥がないのか!」
ホルスを睨み、カイトが怒りに王創を燃えたぎらせる。
真剣な表情で威圧するカイトに対し、ホルスは高笑いをして返した。
「なに言ってやがる? こんな実験体どもに人間の価値なんてねーんだよ。俺様と対等に扱ってもらえるわけがねーだろ?」
ホルスの言葉に、カイトの怒りが限界を越える。
剣に膨大な王創を纏わせ、渾身の力で剣を振りかざした。
その力を見るや、ホルスも咄嗟に青白い王創を纏い、剣で受けとめる。
「やるじゃねーか。流石は俺と同じ純血者だ」
純血者。
初めて聞いた言葉であった。
「純血者? 何のことだ!」
剣を合わせたままホルスが質問に答える。
「お前はメルの遺志を継ぐ者だろ? 俺達は神の遺志を継ぐ者を純血者と呼ぶ」
「なっ……じゃあお前も」
ホルスが剣を弾くと、そのまま一歩後ろに下がる。
「あぁそうだ。俺は識見の神ラウジャー=グ=クレイが残した遺志、ホルス=クレイだ」
自分とエンド以外にも遺志を継ぐ人間がいたことに、カイトは驚きを隠せないでいた。
明らかに動揺するカイトに、ホルスが話を続ける。
「なんだぁ? 自分だけが特別な存在だと思ったか? 神の遺志を継ぐ者は他に何人もいる。ただ、大聖官であるステラと関係が深かったメルの遺志を継ぐ貴様と、ハイネンの遺志を継ぐエンドが少し異質なだけだ」
ホルスが王創を高めると、地を蹴ってカイトに詰め寄る。
立ち上る青白い王創からは、先程感じたねっとりと張りつくような倦怠感が溢れて出ていた。
「さぁて、貴様から始めた喧嘩だ。続きをやるぞ」
カイトを圧倒する創遏を放ち、ホルスが剣を構え振りかざそうとした──その時。
「やめろホルス! 他の純血者様と争うことは許可していないぞ!」
洞穴から別の男が現れ、ホルスに向かい言葉を投げる。
その男の言葉に、不服ながらホルスは従い剣を納めた。
「たく、今からが楽しいとこだろ? フリードさんよ?」
五十歳くらいであろうか?
エレリオと同世代くらいに見えた年齢相応の気品がある男性は、カイトの目の前まで近寄り、片膝を地面につけ頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。メルの遺志を継ぐ純血者様」
(この人は、あの時の……)
突然現れた男から感じた創遏は、エンドの死体を奪いに来た男の者と同じであった。
「あなたが、フリードですか?」
男が顔をあげ、カイトを見ながら答える。
「はい、私はフリード=バーミリア。人工歌姫の研究を始めた第一人者でございます」
カイトがフリードの胸ぐらを掴み、声を荒げた。
「あなたが小さな赤子を誘拐し、強引に作った歌姫に様々な実験をする張本人ですか!?」
「落ちいてください。こんなの所で長話をしても疲れます。まずは我々の実験室まで来ていただけますかな? 見て頂きたいものもあります」
カイトがグラシアに目をやると、彼女は黙って俯いていた。
その哀しみに満ちた顔を見て、カイトは決意する。
「分かった。だが言っておくぞ! お前がやっていることが間違っていると確信したら、俺はこの研究所を破壊する」
少し不気味に笑うフリードは、頷きながらカイトを招く。
「構いませんよ、あなた一人にできるならね?」
カイトの判断を聞き、ホルスは目を閉じ集中し始める。
「丁度良い、クスハも起きたみたいだな」
「ふむ、それは良い。クスハにも挨拶をさせねば」
クスハと聞いてカイトの表情が引き締まる。
「クスハ……」
「あぁ、確かあのバカがお前に助けを求めたんだってな? たく、人工歌姫ってのはどいつも身勝手なもんだ。自分の立場を分からせねーといけねぇな?」
ホルスが怯えるグラシアを睨みつける。
しかし、カイトが間に割って入りホルスに殺気を向け警告した。
「お前が彼女達に何をしたか知らないが、俺がいる以上好きにはさせない」
正義を振りかざすカイトを、ホルスは嘲笑うように言葉を返す。
「これはこれは、恐れ多い。これじゃあ迂闊に拷問もできね~な~」
馬鹿にするように高笑いをあげるホルスに対し、カイトは至って冷静であった。
「勝手に笑ってろ。それよりフリード、お前が俺に見せたいものがあるならそこまで案内してくれ」
「それでは行きますか」
先に歩くフリードとホルスを背に、カイトはグラシアを庇うよう間に入り後を追った。
「純血者様……有り難うございます……」
小さく頭を下げ、グラシアがお礼を言った。
「やめてくれよ、純血者なんて呼ばれかた鳥肌がたつ。カイトで良いよ、俺もグラシアって呼ぶから」
カイトの優しい笑顔に、グラシアの顔も少し明るくなった。
「はいっ! 有り難うございます、カイト……さん」
「だからカイトでいいって! さんとかつけなくて大丈夫! てか俺の方が年下だよね」
カイトの明るさに、グラシアは産まれて初めて安らぎを感じることができた。
洞穴に入り少し歩くと、中は巨大な空洞になっていた。
更に奥へ進むと、道は再び狭くなり、扉が現れる。
「さぁ、ここですよ純血者様」
フリードが扉を開くと、そこには数多のカプセルが設置され、中は青色の液体がなみなみと入っていた。
「ここが……研究室」
禍々しさを感じる不気味な部屋に、カイトは寒気を感じていた。




