第4話 残酷と分かっている未来
「結局クリティアご飯食べなかったね」
夜ご飯ができたタイミングで、一度ティナがクリティアを起こしに行く。
しかし、深く眠っていたクリティアは揺すっても起きず、そのまま寝かしておくことにした。
食事を済ませたティナ達は後片付けをしていると、突然事態が急変した。
「ァァあ……がぁああぁーー!!」
獣の叫び声かのような悲鳴が森に響き渡る。
その声は、クリティアが眠るテントからであった。
その声を聞いたティナは血相を変えてテントまで駆け寄った。
すぐにティナとクロエがテントの入口を開く。
「クリティア! どうしたの!?」
慌ててテントに入ったティナが絶句した。
「ァァあ……お姉……ちゃん……痛い……たす……けて」
口から血の泡を吹き、白目を向きながらクリティアが転げ回る。
ティナ達は何が起きているのか全く分からなかった。
苦しみに悶え、自らの首を両手で締めつけるクリティアの上に股がり、抱きしめながらティナが叫ぶ。
「クリティア! いま助けるから!!」
自分の全力を乗せ、ティナが歌を歌う。
この時すでにティナは癒の歌を使いこなすことができており、苦しむクリティアを助けるために限界ギリギリの創遏を込めて歌を歌った。
しかし、安らかな歌声をかき消さんばかりにクリティアが叫び声をあげる。
「なんで?! 何で私の歌が効かないの?!」
必死に歌い続けるティナの声が、次第にはっきりと聞き取れるようになってきた。
泣きながら歌うティナの肩にクロエが手を当てる。
「もう、やめるんだ」
ティナの歌声がはっきりと聞こえるようになったのは、クリティアの叫び声が止まったからであった。
「嫌だ……まだ、まだ救える」
涙でよく前が見えない。
クリティアの顔が見えない。
お願い、また笑ってみせてクリティア……
「やめるんだティナ!!」
既に、クリティアの体は冷たくなり始めていた。
緋色の瞳は真っ白に変色し、脱け殻のように動かなくなってしまった。
そんなクリティアを……ティナはいつまでも抱き締めて離そうとしなかった。
後に、クリティアの死体が原因追求のために解剖されることになった。
体を開いて驚く事態が発覚する。
死後、筋肉が硬直して分からなかったが、クリティアの骨が全てドロドロに溶けていた。
更に調べた結果、エルマ細胞による依存毒素が原因であると判明した。
エルマ細胞を注入された体はその細胞と融合すると、その後は定期的にエルマ細胞を再摂取する必要があったようだ。
エルマ細胞にある強い毒素を抑えるため、再び青い液体に体を浸す。
そうして更に毒素が体を支配していく。
更に厄介なことが、特殊な力を秘めたこの毒素にティナの癒の歌が効果をなさないことも判明した。
緋色に変色する瞳は、その毒素が体内に溜まったことによって表れる一つの危険信号だった。
「何が女神の祝福だ……こんなのは只の呪いと同じじゃないか」
苛立ちに震えるクロエは、強く握り込みすぎた拳から血がポタポタと垂れていた。
「……私が救おうとしたから」
ティナがボソッと呟いた。
その悲観的な言葉に、クロエはついティナの胸ぐらを掴んでしまう。
「そんなことを言うな……クリティアの笑顔は、本物の笑顔だったはずだ。だから頼む……そんな顔をするな」
ティナの瞳は霞み、心が抜け落ちたようなその顔をクロエは見つめることが出来なかった。
私は……救いたかった。
何も知らず、救えたと思っていた。
身勝手な偽善が、クリティアを苦しめてしまった。
全身の骨が溶ける激痛、あのまま施設にいればここまで苦しむことはなかったはずだ。
──私がクリティアを殺してしまった。
自分勝手な思いかもしれない。
ただ、あの天使のような笑顔が……もう一度だけ見たかった。
クロエがカイトに話したように、自分の善意が必ず相手にとっても善意になるとは限らない。
救いを求める者を救うことが、必ずしも相手のためになるわけではない。
戦争によってカイトの心は酷く傷んでいた。
今のカイトにこの事実を話せば、心が折れてしまうのではないかとクロエは心配していたのであった。
助けたい、しかし助けることができない。
その重圧に耐えれなくなるなら、人を救う重荷を今のカイトに背負わせたくはなかった。
「そんな……それなら何でカイトに行かせたのですか?!」
ナナはクロエに強い苛立ちを覚えた。
クロエの気持ちは理解できる。
だけど、最終的に何も知らないまま救いに行くことを許可したら、それは残酷と分かっている未来に歩ませただけの無責任な行為だ。
「ナナ、お前が俺を責めるのは覚悟のうえだ」
「だったら何で?!」
クロエが最後に目を合わせたカイトには、強い光が灯っていた。
その光は、心に行き詰まったカイトが必死に前へと進もうとする意思の表れであった。
「俺は、男が漢になろうとする強い意思を尊重する」
自分で選び、自分で行った行為にどんな責任が纏わりつき、その結果がいかなるものでも受け入れる。
それはカイトに与えたクロエの非情な修行であった。
しかし、クロエは信じていた。
あの目をしたカイトなら──きっとそれを乗り越えて帰ってくると。
珍しく俯き不安そうに語るクロエの姿を見て、ナナは言葉を返すことが出来なかった。
きっと、カイトを引き留めることが出来なかったクロエは、最も責任を感じているのだろう。
無理矢理でも止めることはできたのに、カイトの成長を信じたクロエをこれ以上責めることはできなかった。
ナナは覚悟を決める。
帰ってきたカイトが、どれだけボロボロになっていたとしても、真っ先に私が抱き締めに行く。
クロエが信じてくれたカイトを、私が支え続けてみせる。
それが、歌姫から守り人にできる精一杯の愛情だ。
あたふたと周りを見渡し、不安に苛まれるのはもうやめよう。
堂々と背を伸ばし、胸を張って帰ってくるのを待とう。
私が信じ、愛する人のことを。
「ナナちゃん……」
凛とした顔つきで覚悟を決めたナナを見て、ティナはとても心嬉しかった。
成長しているのはカイトだけじゃない、ナナも立派に成長している。
我が子を見るようなティナの眼差しは、自然と綻んでいた。
──カイトが本拠を出てから、ちょうど三時間がたった。
「はぁ……はぁ……ついたぞ」
休むことなく全速力で空を駆け、額から汗を流しながらカイトが森の上空に到着した。
空から森を眺めると、濃い青色に染まる小さな湖を確認することができた。
「あそこが蓮晶湖か」