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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第3章 人工歌姫
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第3話 天使の笑顔

 カイトを見送ったナナは、どうしても気になっていたことをクロエに尋ねた。


「どうして初めにルーインの歌姫を救うことを許可しなかったのですか? クロエさんの言い分は、誰が聞いても一方的過ぎました。何か救ってはいけない理由があるですか?」


 クロエ以外の皆も何か知っている様子であった。

 それなのに誰もその理由を話そうとしなかったことに、ナナは大きな疑念を抱いていた。


「あいつは今、色々と抱えすぎているからな」


 初めにカイトを否定したのは、クロエなりの優しさであった。

 今のカイトには、この真実は重たすぎるかもしれない。


「ナナちゃん、人工歌姫は呪われているの」


 ティナがクロエの変わりに過去の話を始めた。


 ──八年前。


 この頃は、赤子の行方不明になる事件が特に多発しており、グロースでは対策会議が開かれていた。


 当時三番隊の隊長になってまだ日の浅かったティナは、人工歌姫の実験に強い懸念を抱いていた。

 そのため、レデコード殲滅作戦の会議が行われた際、誰よりも率先してその作戦に志願したのである。

 その時の最高指令官であったグラスは、ティナ一人には少し荷が重たいと心配し、クロエの元を頼っていた。

 この頃のティナとクロエは既にお互いに惹かれあっており、クロエもティナのためならと率先して作戦に参加した。


 村人と小さな防衛組織デリエドが結託しただけのレデコードは、戦闘力にそれほど長けてはいなかった。

 更にクロエのお陰もあってか、作戦は順調に進み、レデコードの研究施設をあっという間に制圧することに成功。

 制圧した研究施設をティナ達は見て回るうちに、おぞましい光景を目に焼きつけることになった。


 青色の液体がなみなみと入った円錐状のカプセルが数多に並び、その殆どの中で人間の赤子らしき物体がドロドロになって原型を留めずに漂っていた。


 強い吐き気と嫌悪感がティナを襲う。


 口を手で抑え、何とか正気を保ちながら百は越えるであろうカプセルを見て回る。

 最後にたどり着いた一番奥の部屋に、一つだけ明らかに他とは違う物があった。


 他と比べて厳重に守られていたカプセルの中には、青色の液体の中で可愛らしい少女がスヤスヤと眠っていた。


 十二歳前後であろうか。

 小さな体に、細く折れてしまいそうな腕。

 顔も少し痩けており、とてもまともな生活をおくっているようには見えなかった。


 ティナがゆっくりとカプセルに近づくと、少女もゆっくりと目を開ける。


「お姉ちゃん、誰??」


 緋色に染まる瞳が、少女の正体を語っていた。


 クロエがカプセルに繋がる機械を触ると、青色の液体が抜け、カプセルが開く。

 キョトンと不思議そうな顔で座る少女にティナが手を差しのべると、急に少女は顔色を変え震えながら怯え始めた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 カプセルの隅で小さく身を丸めながら謝る少女に向かい、ティナは優しく笑顔を見せる。


「大丈夫よ……怖かったね? もう大丈夫、お姉ちゃん達が助けに来たから」


 少女は恐る恐る震えながらティナに尋ねた。


「あなたは、私に痛いことをしに来たのじゃないんですか?」

「大丈夫、私達はあなたを助けに来たの。自分のお名前は分かる?」

「……クリ……ティア」

「クリティアちゃん? 可愛い名前ね! 私はティナ、宜しくね」


 優しい笑顔に安心したのか、今度はティナの差しのべた手をクリティアは握り返した。


 施設を歩きながらクリティアと話す内に、この実験の全貌が少しあらわとなる。

 クリティアが言うに、この数年で十歳を越えることができたのは自分だけらしい。


 実験の成功体として女神の祝福を受けたクリティアは、更に数々の実験を体に受けた。

 時には生命力の確認と称し、刃物で身体中を斬りつけられ、更には火を放たれたこともあったようだ。

 傷だらけになると、青色の液体に体を浸される。

 そうすると傷はたちまち治り、そしてまた実験をされた。


 人工歌姫とは名ばかりで、実際は歌を歌うことすら数多の実験と組み合わされ、まともに気持ちよく歌うなどできたことはなかった。


 その話を聞いたティナは、ただ涙を流すことしかできなかった。


「辛かったね。ごめんね、お姉ちゃんがもっと早くこれたら……」


 辛そうに話すティナに向かい、クリティアは幼い笑顔を向けた。


「そんなことないよ……お姉ちゃん達が来てくれたから、私は今日から自由に歩ける」


 ──ただ歩くだけで幸せを感じる。

 十二歳程の少女が話す言葉であろうか?


 クリティアを優しく抱きしめ、ティナは声を出して涙を流す。

 そんなティナをクリティアは優しく撫でた。

 どっちが大人なのか、クロエはその光景を見て一人微笑んでいた。


 施設から出たクリティアは、外の世界を見て口をあんぐりと開けて驚いた。


「……広い……これが世界?」


 いつも施設の小さな部屋かカプセルの中で過ごしてきたクリティアにとって、世界はとても眩しかった。


 思わず走りだし、芝を踏んでまた驚いた。


「フワフワする……すごぉーーい!!」


 これが本来、少女のあるべき姿であろう。

 楽しそうに駆け回るクリティアを見て、ティナとクロエは安堵の表情を浮かべる。


「これが外! これが世界! お姉ちゃーん!! これが外のせぇーーかぁーーいぃぃーー!!」


 満面の笑みで笑うクリティアは、まさに天使そのものであった。


「ティナがあの笑顔を救ったんだ、やったかいがあったな」

「うん。本当に、良かった」


 セントレイスに帰る途中、日が沈み暗くなり出してきたので、森で夜営をすることになった。


 手慣れた手つきで夜営の準備をしていたティナ達であったが、一つ気がかりなことがあった。

 少し前から、クリティアの顔色がどうもよくない気がしていたのである。


「クリティア、大丈夫?」


 ティナが隣に寄り添うと、少し安心したようにクリティアが肩を寄せる。


「うん、ちょっとはしゃぎすぎちゃった」

「ご飯食べれる? もう少しで出来るから、それまでテントの中で休んでおいで」


 フラフラと歩くクリティアを支え、ティナがテントまで誘導すると、直ぐにクリティアは眠ってしまった。


「クリティアは大丈夫か?」


 テントから出てきたティナの元にクロエがやって来た。


「うん。よっぽど疲れたのかすぐに寝ちゃった」

「そうか、何もなければいいがな」


 ティナは少しだけ不吉な予感がしていた。

 何がと言われたら分からないが、こういう時ティナの勘は良く当たる。

 今回は外れるように祈ったティナであったが、それから一時間程たった時、無情な叫び声が森に響き渡った。

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