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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第3章 人工歌姫
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第2話 自分が自分であるために

「レデコードの奴らは、神の祝福と勝手に抗弁を垂れ、数多の赤子を犠牲にした」


 クロエがいつになく真剣な顔つきでカイトに語った。


「それなら今もその実験が行われている可能性がある以上、そいつらを止めるべきです!」


 確かにこの部分だけ聞けば、無理矢理実験台にされた人間を救うのを止める理由にはならない。

 救うべきでない理由を何故かはぐらかすように、クロエは話を続ける。


「カイト、お前は優しい。だが優しさだけが人を救うことに繋がるわけではない。今でも実験を行っているのがレデコードの奴らと関係があるか分からないが、軽はずみに人を救うと言うんじゃない」


 カイトはクロエが何を言いたいのかよく分からなかった。

 何故自分の意見が根本的に否定されるのか?

 自分はそんなに可笑しなことを言っているか?

 なんでティナさん達も何も言わないんだ?


 疑問ばかりが頭を駆け巡る。


「本当に救いたいと思うなら、実験を行う奴らを壊滅させると同時に、人工歌姫もお前が殺すんだ」

「──?! 何を言っているんですか!!」


 クロエの無茶苦茶な言葉に、カイトの怒りが爆発した。

 カイトがクロエの胸ぐらを掴み、激しく怒号をあげる。

 こんな姿は今まで誰も見たことがなかった。


「カイト君! やめ……」


 ティナが止めようとしたが、それよりも早くクロエがカイトの顔を思いっきり殴り飛ばした。

 吹っ飛ばされたカイトにナナが駆け寄り背中を支えようとする。

 しかし、カイトはナナの手を払いのけ、尻餅をつきながらクロエを睨みつけた。


「カイト君、違うの! クロエが止める理由は……」

「やめろティナ!! こいつとは俺が話をしているんだ!!」


 間に入ろうとしたティナに向かって大声をあげ、クロエがカイトの目の前に立ちはだかる。


「カイト、何をそんなに焦っている?」


 クロエは気づいていた、カイトが悩み迷走している理由を。


「そんなにレイズに言われたことが頭から離れないか?」


 カイト=ランパード。

 メル=ブレイン=ランパードが残した遺志。

 神の遺志とはなんなのか。

 俺は……何者なんだ。


 考えないようにすればする程、そのことが頭の中にへばりついてくる。


「人助けをして気でも紛らわすつもりか?」


 クロエの言葉は少なからず当たっていた。


「彼女は、俺をランパードと呼びました」


 カイトの赤い王創を見ただけで、クスハはカイトがランパードだと気づいていた。

 今まで、自分の王創を見てそこに気づいた人は誰もいなかった。


「それが救いに行きたい一番の理由か?」

「違います!!」


 クロエの言葉に、カイトは直ぐさま反論する。


「確かに彼女は俺のことを何か知っているかもしれない。だけど、救いたいのはそうだからじゃない」


 反論をしたが、それは間違っているわけではなかった。

 確かに彼女を救えば、カイトは自分のことを何か知れるかもしれない。

 そんな期待がないといったら、それは嘘になる。


 しかし、カイトがランパードだと気づいた時、クスハの顔には驚きと共に、希望にすがるような何ともいえない悲痛に満ちた表情をしていた。

 その面貌(めんぼう)を見た時、カイトはクスハの心が泣いていると感じた。


 クロエが言うように、目の前の他人(かのじょ)を救いたいと思うのは、只の自己満足のためなのかもしれない。


 だけど……彼女はカイトに救いを求めていた。


 誰かも分からない他人(カイト)に……。


「俺は、そんな彼女を見捨てることは出来ない。見て見ぬふりをしたら、俺はこの先……自分を一生許すことが出来ません!!」


 覚悟を決めたカイトの目には、昨日から消えかけていた光が強く灯っていた。

 その目を見たクロエは後ろを振り返り、冷たい口調でカイトに言葉を投げた。


「そこまで言うなら勝手に行けばいい。ただし、一人でだ」

「ちょっとクロエ!!」


 見知らぬ土地で、カイト一人だけで得体の知れない集団に立ち向かう。

 誰が聞いても無謀だと分かる発言に、ティナが止めようとする。

 しかし、そんなティナの気を無視してさらにクロエは条件をだした。


「本来、俺達は直ぐにでもファンディングに帰り、セントレイスの皆とこの先のことを決めなければいけない。猶予は二日だ、それ以上かかるようならお前をルーインに置いていく」


 クロエの無理難題に、思わずリリーも話に割って入った。


「流石にやり過ぎよ! 死ににいくようなもんじゃないの?!」


 止めようとするティナとリリーに反し、カイトはクロエに感謝した。

 師弟だから感じとれるのだろう、クロエの冷たい言葉は遠回しな理解の言葉。

 救いに行くことを許可してくれたクロエに、カイトは立ち上がって頭を下げた。


「ありがとうございます。必ず戻ってきます。だからその間、ナナのことを宜しくお願いします」


 無言のままのクロエが振り返ることはなかったが、カイトはその背中から、頼りになる師匠の面影を確かに感じとっていた。


 話が決まり、ロドルフが仕方なさそうに地図を持ってくる。


「カイト君。本当は教えたくなかったのだが、人工歌姫の実験が行われていそうな場所は目処がついている」


 ロドルフが地図を開き、一点を指差した。


 遠征部隊本拠より南へ約二百五十キロ。

 カイトが空を飛んで移動すれば、三時間程でつく場所であった。

 深い森に囲まれた湖『蓮晶湖(はしょうこ)

 この湖の周辺で人工歌姫と思われる女性が過去に目撃されていた。

 ロドルフが言うには、その付近に幾つもある洞穴が怪しいという。

 しかし、その情報は正確なものではない。


「我々が分かるのはこれだけだ、それでも行くか?」


 カイトに迷いはなかった。


「はい! これだけ分かれば十分です、ありがとうございます」


 急ぎ準備を始めたカイトに、ナナは言葉をかけなかった。

 私が止めても、きっとカイトは行ってしまうだろう。

 それなら無理に引き留めず、素直に見送るのがカイトのため。

 それは、ナナなりの愛情表現であった。


「ナナ、ごめんな。ちょっと行ってくる」


 寂しそうに俯くナナの頭を軽く撫で、安心させようとカイトは笑顔を作った。

 そんな作り笑顔は、ナナに簡単に見透かされてしまうと分かっていた。


「私の言いたいこと……分かっているよね?」


 俯く顔から少し上目遣いにカイトを見つめるナナは、とても愛くるしい。

 不安になっているナナの気持ちを本当に分かっているのか、呑気にもカイトはその瞳に心を奪われていた。


 ナナの言いたいことは「必ず帰ってきて」だ。


 それに答える言葉──それはただ一つ。


「必ず帰ってくる」


 ナナを軽く抱きしめ、カイトは本拠を後にした。


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