第2話 自分が自分であるために
「レデコードの奴らは、神の祝福と勝手に抗弁を垂れ、数多の赤子を犠牲にした」
クロエがいつになく真剣な顔つきでカイトに語った。
「それなら今もその実験が行われている可能性がある以上、そいつらを止めるべきです!」
確かにこの部分だけ聞けば、無理矢理実験台にされた人間を救うのを止める理由にはならない。
救うべきでない理由を何故かはぐらかすように、クロエは話を続ける。
「カイト、お前は優しい。だが優しさだけが人を救うことに繋がるわけではない。今でも実験を行っているのがレデコードの奴らと関係があるか分からないが、軽はずみに人を救うと言うんじゃない」
カイトはクロエが何を言いたいのかよく分からなかった。
何故自分の意見が根本的に否定されるのか?
自分はそんなに可笑しなことを言っているか?
なんでティナさん達も何も言わないんだ?
疑問ばかりが頭を駆け巡る。
「本当に救いたいと思うなら、実験を行う奴らを壊滅させると同時に、人工歌姫もお前が殺すんだ」
「──?! 何を言っているんですか!!」
クロエの無茶苦茶な言葉に、カイトの怒りが爆発した。
カイトがクロエの胸ぐらを掴み、激しく怒号をあげる。
こんな姿は今まで誰も見たことがなかった。
「カイト君! やめ……」
ティナが止めようとしたが、それよりも早くクロエがカイトの顔を思いっきり殴り飛ばした。
吹っ飛ばされたカイトにナナが駆け寄り背中を支えようとする。
しかし、カイトはナナの手を払いのけ、尻餅をつきながらクロエを睨みつけた。
「カイト君、違うの! クロエが止める理由は……」
「やめろティナ!! こいつとは俺が話をしているんだ!!」
間に入ろうとしたティナに向かって大声をあげ、クロエがカイトの目の前に立ちはだかる。
「カイト、何をそんなに焦っている?」
クロエは気づいていた、カイトが悩み迷走している理由を。
「そんなにレイズに言われたことが頭から離れないか?」
カイト=ランパード。
メル=ブレイン=ランパードが残した遺志。
神の遺志とはなんなのか。
俺は……何者なんだ。
考えないようにすればする程、そのことが頭の中にへばりついてくる。
「人助けをして気でも紛らわすつもりか?」
クロエの言葉は少なからず当たっていた。
「彼女は、俺をランパードと呼びました」
カイトの赤い王創を見ただけで、クスハはカイトがランパードだと気づいていた。
今まで、自分の王創を見てそこに気づいた人は誰もいなかった。
「それが救いに行きたい一番の理由か?」
「違います!!」
クロエの言葉に、カイトは直ぐさま反論する。
「確かに彼女は俺のことを何か知っているかもしれない。だけど、救いたいのはそうだからじゃない」
反論をしたが、それは間違っているわけではなかった。
確かに彼女を救えば、カイトは自分のことを何か知れるかもしれない。
そんな期待がないといったら、それは嘘になる。
しかし、カイトがランパードだと気づいた時、クスハの顔には驚きと共に、希望にすがるような何ともいえない悲痛に満ちた表情をしていた。
その面貌を見た時、カイトはクスハの心が泣いていると感じた。
クロエが言うように、目の前の他人を救いたいと思うのは、只の自己満足のためなのかもしれない。
だけど……彼女はカイトに救いを求めていた。
誰かも分からない他人に……。
「俺は、そんな彼女を見捨てることは出来ない。見て見ぬふりをしたら、俺はこの先……自分を一生許すことが出来ません!!」
覚悟を決めたカイトの目には、昨日から消えかけていた光が強く灯っていた。
その目を見たクロエは後ろを振り返り、冷たい口調でカイトに言葉を投げた。
「そこまで言うなら勝手に行けばいい。ただし、一人でだ」
「ちょっとクロエ!!」
見知らぬ土地で、カイト一人だけで得体の知れない集団に立ち向かう。
誰が聞いても無謀だと分かる発言に、ティナが止めようとする。
しかし、そんなティナの気を無視してさらにクロエは条件をだした。
「本来、俺達は直ぐにでもファンディングに帰り、セントレイスの皆とこの先のことを決めなければいけない。猶予は二日だ、それ以上かかるようならお前をルーインに置いていく」
クロエの無理難題に、思わずリリーも話に割って入った。
「流石にやり過ぎよ! 死ににいくようなもんじゃないの?!」
止めようとするティナとリリーに反し、カイトはクロエに感謝した。
師弟だから感じとれるのだろう、クロエの冷たい言葉は遠回しな理解の言葉。
救いに行くことを許可してくれたクロエに、カイトは立ち上がって頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず戻ってきます。だからその間、ナナのことを宜しくお願いします」
無言のままのクロエが振り返ることはなかったが、カイトはその背中から、頼りになる師匠の面影を確かに感じとっていた。
話が決まり、ロドルフが仕方なさそうに地図を持ってくる。
「カイト君。本当は教えたくなかったのだが、人工歌姫の実験が行われていそうな場所は目処がついている」
ロドルフが地図を開き、一点を指差した。
遠征部隊本拠より南へ約二百五十キロ。
カイトが空を飛んで移動すれば、三時間程でつく場所であった。
深い森に囲まれた湖『蓮晶湖』
この湖の周辺で人工歌姫と思われる女性が過去に目撃されていた。
ロドルフが言うには、その付近に幾つもある洞穴が怪しいという。
しかし、その情報は正確なものではない。
「我々が分かるのはこれだけだ、それでも行くか?」
カイトに迷いはなかった。
「はい! これだけ分かれば十分です、ありがとうございます」
急ぎ準備を始めたカイトに、ナナは言葉をかけなかった。
私が止めても、きっとカイトは行ってしまうだろう。
それなら無理に引き留めず、素直に見送るのがカイトのため。
それは、ナナなりの愛情表現であった。
「ナナ、ごめんな。ちょっと行ってくる」
寂しそうに俯くナナの頭を軽く撫で、安心させようとカイトは笑顔を作った。
そんな作り笑顔は、ナナに簡単に見透かされてしまうと分かっていた。
「私の言いたいこと……分かっているよね?」
俯く顔から少し上目遣いにカイトを見つめるナナは、とても愛くるしい。
不安になっているナナの気持ちを本当に分かっているのか、呑気にもカイトはその瞳に心を奪われていた。
ナナの言いたいことは「必ず帰ってきて」だ。
それに答える言葉──それはただ一つ。
「必ず帰ってくる」
ナナを軽く抱きしめ、カイトは本拠を後にした。