第1話 レデコード
遠くの山から朝日が顔を出す。
──とても静かだ。
豊かな自然が、太陽の光を浴びて生き生きと彩を主張する。
こうして世界を見ると、ファンディングもルーインもそう変わらない。
ファンディングの日常と違うといえば、点々と空を飛ぶ異界な魔獣が妖艶に漂っていることだろう。
カイト達が遠征部隊の本拠に帰還してから一日が過ぎた。
自然豊かな大地の反対には、荒れ果てた平地がどこまでも伸びていた。
天国と地獄とは正にこのことを言うのであろう。
昨日まで、ここには広大な山脈が広がっていたはずだ。
浮遊していたキルネ本部は跡形もなく消えており、レイズの歌声がどれほど凄惨なものだったかをその大地が語っていた。
カイトは昨日から一睡もできず、昂る心臓を落ち着かせるため、一人レオとアリスの元にやって来た。
「まだ起きないか……」
怪我こそはティナの歌によって大方回復したものの、二人はいまだ眠りについたままであった。
スヤスヤと眠る二人を見ていると、戦いが終わった実感が増していく。
それを実感する度に、心臓が昂るのが分かった。
それから一時間ほど時が経つと、各々が広場に集まり今後の動きについて話し合う場ができていた。
こういった時、いつもエレリオが先頭に立って話を始めた。
誰から話を始めるか、彼を失った虚無はすでに始まっている。
「すみません。これからどうするか話す場だとは分かっているのですが、どうしても気になることを聞いてもいいですか?」
意外にも、真っ先に口を開いたのはカイトであった。
「エンドの死体を奪っていった奴らは一体何者なのでしょう?」
カイトの質問にはティナが答えた。
「カイト君が気になっているのも無理ないわね」
現場にいたクロエとティナ以外にも、その話を聞いたリリーとロランも何かを知っているようである。
ロドルフもこの件について心当たりがあり、何も知らないのはカイトとナナだけであった。
「カイト君はフードを捲って歌を歌った女性を覚えている?」
緋色の目をした青髪の女性。
カイトが最も記憶に残っているのは、クスハと呼ばれていたその彼女であった。
「はい、彼女はしかっりと覚えています」
一つ深いため息をついてティナは話を始める。
「彼女は『人工歌姫』よ」
「人工?! いったいどういうことですか?!」
人工といった言葉に反応を荒げたのは、カイトとナナの二人だけだった。
「その名の通りよ。彼女達は人の手によって作られた歌姫」
「なんでティナさんはあの時の出来事だけでそんなことが分かるのですか?」
「彼女の目を覚えている? 緋色の瞳。あれは女神の祝福を受けている証拠よ」
人工歌姫についてティナが説明を始めた。
過去に、産まれたての赤ん坊が次々と誘拐される事件が起きた。
その犯人は『レデコード』。
レデコードは、美貌の女神ステラを崇拝するオカルト集団である。
彼らが赤ん坊を集めるのは禁じられた実験のためであった。
幼き女の赤子に、エルマ細胞と呼ばれる青色の液体を注入することで、無理矢理に神の遺志を植えつけていた。
そのエルマ細胞は、女神の涙と呼ばれる鉱石を加工し、液状にしたものであった。
体内に神の遺志を植えつけられた子供の約九十九パーセントが、その数時間後には骨から溶けて死んでしまう。
しかしごく稀に遺志が体を受け入れ、そのまま成長を遂げる子供がいた。
その子供が十歳になると、例外なく瞳が緋色に染まるという。
ここまで生き残ることができ、緋色の瞳を手にいれた実験体には女神の祝福が舞い降りたと特別扱いされる。
緋色に染まり、人工的に神の力を手に入れた者を『人工歌姫』と呼んだ。
ステラの遺志を増やそうと禁忌を犯すレデコードは、世界が第一級に危険視する集団であった。
「そんな集団がいたなんて……」
カイトとナナは驚く反面、疑問を抱いたことがあった。
「そんな危険な集団なのに、俺達はレデコードという言葉を初めて聞きました。何故そんな大切な情報を俺達は耳にしなかったのですか?」
「そこからは俺が教えてやる」
カイトの疑問に、クロエが話を始めた。
「元々、レデコードはファンディングにある『フォルート』の村人が結託しできた集団だ」
「ファンディングの人間が?! なら尚更なんで俺達が知らないのですか?!」
「焦るな……フォルートの村人は元々、歌姫の泉を管理する集落でもあったんだ」
「ええ?! 歌姫の泉を?! なんでそんな人達が?!」
次々と話を遮るカイトとナナに対し、クロエの額に筋が浮かび上がる。
「おい……ティナの時は大人しく聞いていただろ。次に俺の話を遮ったら潰すぞ」
横目でクスクスと笑うティナに苛立ちを覚えながら、クロエは続きを話し始める。
フォルートは五十人程のとても小さな集落であり、尖った思考の者が多くセントレイスからは少し毛嫌いされていた。
神は奇跡の象徴。
神なくしてこの世界あらず。
我が身は全て神の赴くままに……。
神に対して極度の自愛心を持つ彼らは、その中でも特に女神ステラを強く崇拝した。
歌姫の泉にはステラの遺志が残ると主張する彼らは、なかば強制的に泉の管理を行った。
しかし、その度が過ぎた行いはある日をもって終わりを告げる。
グロースとはあまり友好的な付き合いをしていなかった、ファンディングの防衛組織『デリエド』。
フォルートはそのデリエドと結託し、レデコードと名前を変えて人工歌姫の実験を始めた。
赤子がいなくなる事件が多発したのは、それから直ぐであった。
各地から赤子がいなくなる報告をうけたグロースは、ファンディング全土からレデコードの殲滅を依頼された。
そこへ駆り出された部隊こそ、当時ティナが隊長を務めていた第三部隊。
そして、その補佐として弐王クロエであった。
「レデコードを滅ぼしたのは他でもない、俺達だ」
次々と語られる過去に、カイトとナナの口は驚きで開いたままであった。
「正式には『レデコード殲滅作戦』として歴史に残っているが、奴らの思考が危険すぎたために、この出来事が後世にあまり伝わらないように隠蔽された。カイト達が知らないのも無理はない」
「そうだったのですか……」
カイトは一人、俯き悩みを浮かべた。
(お願い……私達を救って……)
最後にクスハと呼ばれる少女にかけられた言葉が、頭から離れなかったのである。
「クロエさん、俺はクスハと呼ばれていた女の子に私達を救ってと助けてを求められました」
ナナを筆頭に、その場の全員がカイトの言葉に驚いた。
今までそのことを黙っていたカイトに、ナナは少し苛立ちながら言い寄った。
「そんなことがあったの?! なんで言わなかったの?!」
カイトはそれまで誰にも言えなかった。
戦いが終わったばかりで、エレリオも死んだ。
全てを守れなかったのに赤の他人を救いたい。
こんな満身創痍な状態に、そんな話ができるわけなかった。
「クロエさん、なんで彼女は俺に助けを求めたのでしょうか?」
クロエとティナは目を合わせ、少しだけ悩んでから口を開いた。
「なんでカイトが選ばれたかは分からん。だが、救いにいくのは許さないぞ」
カイトの心を見透かしたように、クロエがカイトに話を始めた。