第5話 デモードの森にて
──デモードの森。
そこには太古から聳える木々が根を張り、木の隙間からはかすかな光が差し込み、幻想的な明暗を作り出す。
森の中は小鳥のさえずる声と、そよ風に揺らぐ木々の音がするだけの森閑とした空気に包まれている。
特に異常のないまま、カイトとテスラは歌姫の泉までたどり着いた。
「ここまで特に何もなかったわね」
テスラがゆっくりと辺りを見渡す。
不気味なまでに静かな木々の中心に湧きだしている泉は、日の光がほのかに反射し、淡く青色に煌めいていた。
(これが歌姫の泉。何か……不思議な力を感じる)
カイトは泉に引き寄せられるように足を進めた。
「何か感じるのかい?」
「いえ、何となく不思議な感じがしただけです」
その時、森の奥から一人の女性が歩いてくる。
黒い長髪にスレンダーなボディ、胸元が少しはだけ、大人の色気が漂う女性にカイトは少し頬を赤くした。
「へぇ~、君はこの泉の力を感じとれるのかい?」
女性を見るや、テスラは長槍を作り警戒体制をとる。
そのまま矛先を向けると、強い殺気を放ち女性を睨みつけた。
「誰だいあんた?」
「やだ怖い。そんな物騒な物をこっちに向けないでほしいわ」
女性は両手を上にあげ、笑みを浮かべながらカイトに目を向ける。
「こっちを向きな! コルネオの出現からこの森への一般人の立ち入りは禁止されているはずだよ!」
「そうなの? 私そんなこと知らなかったわ」
そう言いながらも女性はテスラを無視し、カイトに向かいゆっくりと歩みを寄せた。
「とぼけるんじゃないよ。あんたからは禍々しい創遏が溢れでてるよ。ルーインの人間だね?」
「ふふ……察しの良いことで」
テスラの言葉にカイトも慌てて剣を構える。
カイトも女性から漂う禍々しさは感じていたが、まさかルーインの人間がいるとは思いもしなかった。
「ルーインの人間が、こんなところで何をしているのですか?」
「教えてほしいかい? この子を倒すことができたら教えてあげてもいいわよ」
女性が片手に創遏を集中させると、空間に歪みが発生し、そこから体長十メートルはある岩の化物が現れた。
「こいつがコルネオか、噂通りのデカさだね」
テスラはすぐさまコルネオに駆け寄り、槍を突きつけた。
しかし、鋼鉄のような強度をもつコルネオに軽々と弾き返されてしまう。
「なかなか硬いね」
槍を構えなおすと、テスラは集中力を高めて再び攻撃体制に入る。
しかし、コルネオはそんなテスラを無視してカイトに向かい猛突進した。
「やばいっ!」
咄嗟に剣で防御するも、コルネオの巨体による体当たりを正面から受け、カイトは泉の中心部まで吹き飛ばされてしまう。
「カイト!!」
カイトの元へ駆け寄ろうとするテスラの前に、コルネオが道を塞ぐように立ちはだかる。
「人の心配をしている場合なのかしら?」
コルネオの後ろで女性が高笑いをしていた。
その甲高い笑い声に、テスラは苛立ちをつのらせる。
「邪魔くさい木偶の坊だね。私を怒らせるんじゃないよ!」
一気に創遏を高めると、周囲に冷気の風を作り出し槍の矛先に鋭い氷を纏わせる。
「粉々に砕け散りな!」
高速で何度も槍を突き刺すと、コルネオの体は瞬く間に凍りつきボロボロと崩れ落ちた。
「あら、案外やるじゃない」
コルネオがやられても、女性は余裕の笑み浮かべテスラを挑発する。
それに気をとられることなく、テスラが泉に飛び込み、急いでカイトを引き上げた。
「ごほっごほっ……」
水を大量に飲んでしまったカイトは、苦しそうに咳き込んだ。
「しっかりしなさい! 私はまだあの女の相手をしないといけないから、自分のことは自分で何とかしなさい!」
意識はあるが腹部を強打し、カイトはその場から動けないでいた。
(くそっ、これじゃあただの足手まといだ。回復くらいは自分で何とかしないと)
傷自体を治すことはできないが、カイトは創遏を集中し、少しでも痛みを緩和することに専念する。
「さて、コルネオを倒したらここにいる理由を教えてくれるんだったね?」
槍を構えたままテスラが女性に近づくと、少しやる気を出したのか、手を前に出し、誘うように指を揺るわせる。
「ふふ、あなた名前は?」
「グロース第二部隊 副長 テスラ=ラルだよ」
「私はルーイン最高位部隊『キルネ』の第八師団長 ネルチア。強い人は好きだよ」
キルネと聞いて、テスラの表情は明らかに動揺していた。
「まさかとは思ったけど、やっぱりキルネの人間かい。それにしても師団長クラスの奴がこんなところで何をしてるんだい?」
「私は創遏と歌姫の力にとっても興味があってね。その力の根源について研究しているんだけど、この泉からはとても不思議な力を感じるのよ」
泉を手ですくい上げ、その美しさにネルチアは魅了される。
「この泉にはあんた達の嫌いな浄化の力があるはずだよ」
「浄化? こんな微々たる浄化の力なんてどうでもいいわ。それよりも、この泉には人間に秘められた内なる力を解放するかのような、不思議なエネルギーを感じるの」
「聖なる泉が貴様たちルーインの力になんてなるわけないでしょ!」
テスラがネルチアに向かって槍を振りかざした次の瞬間、目の前にいたはずのネルチアが自分の背後に立っていた。
「なっ、いつの間に……」
テスラが振り返ると同時に、素手でテスラの脇腹をネルチアがえぐり取る。
「がはっ……」
口から吐血し、傷口からも血が溢れ出す。
ただの一撃でテスラは崩れ落ちた。
「脆いわね。殺り甲斐がないじゃない」
ネルチアは、笑みを浮かべながら倒れこむテスラの顔を踏みつける。
突然の出来事に、カイトは一瞬放心状態になった。
しかしすぐに我に返ると、何とか傷ついた体を起こし、剣を構えなおしてネルチアに斬りかかる。
「足をどかせ!」
カイトの攻撃は空を斬る。
瞬きすらしていないはずなのに、ネルチアが攻撃を躱す瞬間を見ることすら出来なかった。
「止まって見えるわよ? そんなことより……坊やは少し気になるわ。連れて帰って分解してみようかしら?」
ネルチアが睨みつけると、カイトは金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
(な……んだこれ、体が……動かない……)
剣を振ろうと必死に力を込めるが、体中が痺れているようにいうことを聞かなかった。
「カイト……にげ……ろ……」
テスラは血まみれになりながらもカイトを心配し、必死に逃げるよう促す。
そんなテスラの姿に、カイトの脳裏には血まみれで倒れる母の姿が重なった。
(だめだ、このままじゃテスラさんが死んでしまう……)
「くっそ……動け……」
「無駄よ坊や、私の金縛りからは逃げられない」
ネルチアは一歩ずつゆっくりとカイトに近づくと、不気味な笑みを浮かべる。
(このままじゃこの前と何も変わらない……また何もできないのか俺は……誰か……)
カイトはコンサートの日に襲われた時のことを思い出していた。
ナナを前に、助けを祈ることしか出来なかったあの時を。
(違う……助けを待つな……あの時の悔しさ、もう忘れたのか!! 俺がやらなきゃテスラさんが死んでしまう……俺が、俺が何とかするんだ!)
「動け、バカヤロォォーー!!」
叫び声と同時にカイトから凄まじい量の創遏が弾け出す。
赤いオーラがカイトに纏わりつき、瞳はうっすらと赤く染まり始めていた。
「その力はまさか……それに、私の金縛りを自力で解いたのかい?」
ネルチアがカイトの変化に驚いた瞬間、カイトがとてつもない勢いでネルチアを遥か後方まで蹴り飛ばす。
そしてすぐさま倒れているテスラの元に駆け寄り創遏を集中しすると、脇腹の傷口を塞ぎ止血してしまう。
「カ……イト……? あんた……急に何で」
傷が塞がり、少しだけテスラが体力を取り戻す。
「自分でも急にどうしたのか分らないですが、今はあいつを倒すことに集中します」
カイトが振り返ると、頭から血を流しながらネルチアが戻ってきた。
「なんだいこれは。坊や……殺してやる」