第31話 余韻
──遠征部隊 本拠。
キルネに強襲を仕掛けたメンバーの帰還が完了した。
結果的にはティナとレオを奪い返し、エンドが死に、レイズも行方がしれず実質キルネは崩壊。
この第七戦争にファンディングは勝利したといえるだろう。
しかし代償は決して小さなものではない。
全員が生きて帰ることを誓ったエレリオだけが、亡骸で帰って来た。
勿論、セントレイスの被害も甚大である。
部隊全てが落とされることこそなかったものの、戦争の爪痕はグロースに鋭い傷口を残していった。
カイトは一人、悩んでいた。
人同士が憎しみ合い、お互いを傷つけ合うのは何故か。
そんなことをしても……誰も笑顔にならないと分かっているはずなのに。
争った数だけ、悲しみや憎しみは増えるだけなのに。
カイトに圧し掛かった悩みはそれだけではない。
レイズに言われた言葉、メル=ランパードが残した遺志。
自分が何者なのか、知っているようで何も知らなかった。
この戦争は、多くの課題を少年に押しつけてきた。
カイト達は、途中合流したロラン達と情報を分け合い、事の経緯を把握していた。
レオが寝返った理由、レイズが語ったバルハルトとランパードの過去、アリスの想い。
本拠にある医療室で眠ったままのレオとアリスを横に、カイトとナナはただ立ち尽くしていた。
そこへやってきたのは、リリーとティナであった。
「二人はいつ起きるでしょうか?」
重い空気に耐えかねて、ナナが言葉を発した。
「二人は限界を超えた力を使った。まだしばらくは起きないだろうね」
言葉を返したのはリリーだけであった。
ティナはあれからクロエと何も話していないようで、青白いその表情はとても他の人の心配をする余裕はなさそうであった。
「ロランさんは大丈夫ですか?」
ナナの無意識な質問は、この場の空気を更に重たいものに変えてしまう。
本人に悪気はないのだろうが、正直この質問は今のリリーにとって心の痛むものであった。
「ん~……まぁ……大丈夫じゃないわね……」
ロランは本拠に帰還してから、一人部屋で考え込んでいた。
名誉や称号とは、時に途轍もなく重たい足枷に変わる。
ファンディング最強ともてはやされ、弐王といった大袈裟な肩書をぶら下げながら、何一つ守ることが出来なかった。
本拠に戻ってから、自分の無力に苛立つロランに対し、クロエは言葉を残していた。
「確かにレイズからは異常な力を感じた。だが、それでも俺達が負けることは許されない。俺とお前はファンディングの希望だ。それだけは忘れるな」
ティナを攫われるといった失態を犯した、自分自身に言い聞かせるような言葉であった。
今回のことで思い知らされたのはクロエも同じだ。
確かに落ち込むことも大切だろう。
自分を振り返り、あの時こうすればエレリオは生きていたかもしれない。
そもそも自分がしっかりしていればレオは暴走することもなかったかもしれない。
過ぎてしまったことを考え直すのは、とても簡単な作業だ。
その次へと一歩を踏み出すことこそが、とても難しい。
ロランは思いっきり壁に向かって頭を打ちつけた。
鈍い音が響き、額からは血が滴り落ちる。
それでもロランは何度も壁に頭を打ちつけた。
その行動は決して自暴自棄になったからではなかった。
彼は必死に次へと歩もうとしている。
その痛みを無力であった自分に叩きつけ、自らを鼓舞していた。
そんなロランの姿を感じているのか、リリーは独り言のように呟いた。
「確かに今はとても大丈夫とはいえない。でも、私が知っているあの人は、次へと立ち向かう強さがある。だから、私は何も心配なんてしてないわ」
リリーの言葉に、一番心を打たれていたのはティナであった。
そんなティナにカイトは口を開いた。
「ティナさん、クロエさんとは話しましたか?」
「……」
「ティナさんの言いたいことは分かります」
「私は……クロエがあそこまでしたことを理解できない」
「ティナさん、俺は守られる人と守る人では考えが違うといいました。一度でいいから考えてみてください。ティナさんは自分に力があり、もしクロエさんと今の立場が逆だったとしても同じことを言えますか?」
ティナはカイトの言葉に俯くことしか出来なかった。
「俺が分かったようなことを言うのは間違っているかもしれませんが、きっと今一番辛い気持ちなのはクロエさんです」
「!?」
「その理由は、ティナさんならすぐ分かりますよね?」
誰かにきっかけを作って欲しかっただけなのかもしれない。
分かっていたはずだ、クロエの想いを……。
想いがすれ違った時、自分は間違っていないと否定したかっただけだった。
淀んでいた気持ちが、カイトの言葉によって吹っ切れたのが分かった。
顔を上げたティナの目は、いつもの力強い瞳に戻っていた。
「カイト君、ありがとっ!!」
カイトにお礼をし、ティナは走って部屋から駆け出した。
クロエは一人、本拠の側にある丘からルーインを眺め佇んでいた。
「はぁ……はぁ……」
必死に走って来たのだろう、ティナは息切れし、額に汗を滲ませながらやってきた。
ティナの方振り返らず、クロエは静かに世界を眺めていた。
切れた息を整え、小さく深呼吸をして自分を落ち着かせたティナが話しかける。
「クロエ……」
ティナの言葉にも、クロエは振り返ることはなかった。
「ティナの言いたいことは分かる。だが、俺はこの先同じようなことが起きればまた同じことをする。俺の行動を理解してもらおうとは思っていない」
冷たい言葉で突き放そうとするクロエは、ティナの知るいつものクロエであった。
「私もクロエの言いたいことは分かる。いえ……カイト君に言われるまで本当は分かろうとしてなかった。私はあの時、自分の気持ちしか考えていなかった。でも、クロエは私にどう思われようと私のために行動してくれた。相手に嫌われる覚悟がどれだけ辛いのか、私は考えていなかった」
クロエは自分の頭に右手をやり、髪をくしゃくしゃと掻き分けた。
「何を言っている。俺だって自分の気持ちを優先して行動した。ティナを言い訳にして、エンドに苛立ちをぶつけただけかもしれない」
「私達ってお互い頑固者だよね。お互い……分かっているはずなのに。カイト君のほうがしっかりしていたよ」
微笑みながら、ティナは涙を流した。
「頑固なのはティナだけだ」
振り返ったクロエは、少し微笑んでみせた。
「ばか…………助けてくれて、ありがとう」
「……」
クロエはそれ以上何も言わずティナの手を握り、自分の胸元へ引き寄せる。
ゆっくりとクロエの胸に顔を埋めたティナを、その両手で優しく包み込んだ。
静かな丘に、小鳥の鳴声だけが調和する。
空を飛ぶ小鳥が優しくさえずんでみせたのは、二人の想いに魅入られたからかもしれない。
各々が戦いの余韻を完遂するなか、カイトは自分の悩みをどうすればいいか答えを見つけかけていた。
第2章 完