第30話 すれ違う想い
手を取り合うことに意味はあるのだろうか。
ルーインを救うことは、ファンディングにとって何のメリットもない。
何故ティナはエンドに手を差し出すのか。
エンドにとってそれは疑問以外のなにものでもなかった。
それなのに、何故かその手からは暖かさを感じる。
その手からは、母と同じ温もりを感じるのだ。
これこそが、慈愛に満ちたティナ=ファミリアという女の力。
ティナの真剣な眼差しに、エンドは僅かに心が揺らいでしまった。
この女性なら、荒んでしまった自分を変えてくれるかもしれない。
この手を掴めば、母の考えていたことが少しは分かるのかもしれない。
おもむろに手を伸ばしたエンドを、クロエは認めなかった。
「どうしたのクロエ?」
突然割って入るクロエの行動を、ティナは理解できていなかった。
ティナの言葉に聞く耳を当てず、クロエは剣を作りエンドに切っ先を向ける。
「やめてクロエ!! 私達は分かり合えるはずよ!!」
ティナは剣を構えるクロエの腕を掴んで邪魔をする。
しかし、クロエはティナを振り払い、自分の意思を誇張した。
「何で?! クロエならエンドの気持ちが誰よりも分かるはずでしょ?! 産まれ持った強大な力が、いかに悲痛なものか。あなたは誰よりも知っている!」
「ああ、良く知っているよ」
「だったら何で?! 想いがあるなら人は助け合える!」
クロエは目を閉じてティナの質問に答えた。
「エンド、お前の気持ちは痛いほど良く分かる。俺もかつて自分の力に苦悩した」
そして次にクロエが目を開いたとき、そこには強い殺意が満ちていた。
「だがお前は最もやってはいけない罪を犯した。ティナを攫い、その力を奪い殺そうとした。俺がキルネを潰す理由はそれだけで十分だ」
クロエの強い殺意に圧倒されたティナは、自分ではクロエを止めることはできないと察し、カイトに助けを求める。
「お願い、このままじゃクロエがエンドを殺してしまう! カイト君、クロエを止めて!!」
必死にカイトに縋りつくティナであったが、カイトはクロエを止めようとはしなかった。
「ティナさん、俺にはクロエさんを止めることはできません」
「なんで?! 想いを見捨てるのはエンドが言ったファンディングの人々と同じよ!」
カイトは分かっていた。
ティナの言葉はとても美学的で、理想そのものである。
だが、理想と現実は違う。
現実が全て理想道理なら、誰も苦難を抱えたりしない。
誰も……人を恨んだりしないのだ。
「ティナさん……守られる人と守る人、それは決して同じ想いではありません。だから、俺はクロエさんの想いを尊重します」
カイトの握った拳は力強く、そして弱弱しく震えていた。
「そんな……」
カイトの真意に、ティナは呆然と事が過ぎるのを見ているしかなくなった。
クロエの無慈悲な一閃が、エンドの心臓に突き刺さる。
胸から滴る血が、エンドを朱く染めていく。
意識が遠のいていくエンドに向かい、クロエは最後に苦言した。
「憎むなら自分を憎め。母を救えなかった言い訳に世界を使うな。何を言っても失ったものは帰ってこない……そして、犯した罪も消えることはない。だから、俺は守りたいもののために戦い続けるんだ」
クロエの想いを感じとったエンドは、少し笑ったように見えた。
ルーイン最強の男は決して倒れこむことなく、最後まで片膝のみを地につけたまま静かに息を引き取った。
クロエが残した言葉の本質を、のちにカイトは知ることになる。
「これで戦いは終わったのか……」
カイト達は戦いに勝利した。
だが、ティナとクロエは目を合わせることはなく、沈黙だけこの場を支配していた。
「……帰るぞ」
クロエが沈黙を破るように声をだした──その時であった。
どこからともなく歌が聞こえる。
とても美しく、そしてどこか悲しい歌声が空間を支配する。
「歌?! なんだこの歌声は!!」
カイトが辺りを見渡すが、周りには自分達以外に誰もいない。
勿論、歌っているのはティナやナナではない。
何が起きているか把握できず、歌に翻弄され皆がエンドから目を離した瞬間。
三人の人間が突然エンドの前に現れた。
三人ともローブに身を包み、顔は深くフードを被りその姿を把握することはできなかった。
(こいつら、どこから?!)
全く創遏を感じとれず、急に現れた三人にクロエも動揺を隠せなかった。
三人はカイト達に目もくれず、エンドの死体を取り囲み何かを始めようとしていた。
何をしようとしているか分からないが、嫌な予感がしたクロエは咄嗟に王創を纏い、すぐさま攻撃態勢に移行した。
「クスハ……やれ……」
「はい……」
一人の男らしき人物が指示を出す。
すると一人がフードを捲り、顔を露わにした。
その姿は、カイトやナナと同い年くらいの少女。
青く長い髪を後ろで束ね、その瞳は淡い緋色に染まっていた。
クロエの攻撃態勢に合わせ、クスハと呼ばれた少女が歌い始める。
その歌声は先程の歌とは別のものであったが、それと遜色無いほどに美しく、そしてやはりどこか寂し気な歌声であった。
クロエが剣を振るうと同時に、結界が三人を包み込む。
その結界は普通の結界とは違い、歌の力で作られているようであった。
クロエの剣をも軽くはじき返すその強度は、レイズが作り出した結界と同等の強度を感じとることができた。
カイトもすぐさま王創を纏うと、クロエに加勢する。
「クロエさん! 俺も戦います!」
カイトの赤く広がる王創を見て、クスハは驚いていた。
「赤い王創……あなたはランパードなの……?」
「なっ?! 俺のことを知っているのか?」
クスハがおもむろにカイトへ近づこうとする。
「何をしている、行くぞクスハ」
男の声に遮られ、クスハは歩みをやめた。
それと同時に、もう一人の人物が歌を歌い始める。
これは初めに聞いた歌声であった。
「お願い……私達を救って……」
クスハはカイトに向かって小さな声で呟いた。
「えっ……?」
クスハの言葉に驚くカイトを他所に、歌声が高鳴り、三人とエンドの死体が一瞬でその場から消えてなくなる。
空間転移とは違う、その速さはまさに瞬間移動といえるものであった。
「なんだったんだ……それにエンドの死体が……」
立ち尽くすカイトとナナに比べ、クロエとティナは何か知っているような顔をしていた。
「クロエさん、何か知っているのですか?」
王創を鎮め、剣をしまってからクロエはカイトに言葉を返した。
「少しだけ気になることはある。ひとまずロラン達と合流するぞ」
カイト達は疑問を覚えつつも、遠征部隊の本拠まで帰還した。




