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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第2章 世界第七戦争
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第27話 母の決断

 突然何かが憑依したかのように、エンドの人格が変化した。

 何故急にこのような事態になったのか原因は分からない。


 周囲の木々は、エンドから放たれる創遏によって灰のようにサラサラと崩れ落ち、家の上空だけがまるで新月の夜が如く暗黒に包まれる。

 空からは身を引き裂くような冷たい風が吹き荒れ、今にも家中を氷の牢獄に変えようとせんばかりであった。


 全てはエンドから放たれる強大な創遏に、周辺の自然が支配されていたからである。


 エンドは瞬く間に漆黒の王創に飲み込まれ、その姿は闇に隠れようとしていた。

 闇から微かに見え隠れするエンドの体は小刻みに震え、目からは赤い涙が滴り、苦しみに悶えていた。

 当たり前である、エンドはまだ九歳。

 その小さな体では、溢れ出す無尽蔵の創遏に耐えきれるはずがない。


 そして、真っ黒に染まるエンドから僅かに見える苦しみを、母が見逃すはずがなかった。


「エンド!!」


 全てを飲み込もうとする暗黒に、レーベンは何一つ躊躇することなく身を投げ入れた。

 レーベンの体は幾千の鋭い斬撃に斬り裂かれたかのように、瞬く間に血だらけになっていく。

 苦痛に顔を歪めながらも、我が子を救うため、レーベンは一歩も下がることなく最短距離でエンドに駆け寄った。


 エンドの目の前にたどり着いたレーベンは、力一杯に我が子を抱き締めて叫んだ。


「お願い!! エンドを連れて行かないで!!」


 叫びは届いていないのか、エンドはぶつぶつと独り言を呟いていた。


「俺は……ハイネン……神が残した……遺志の子……」


 魂が抜けたようにただ遠くを見つめるエンドの顔を、レーベンは両手で優しく包み、額と額を寄せ合った。


「違う……あなたは神なんかじゃない。あなたはエンド=センティア。私の大切な(むすこ)……」


 レーベンが見せた笑顔に、エンドを包んでいた漆黒の王創は弾け飛び、周辺を覆っていた禍々しい創遏は何事もなかったかのように跡形もなく消え去った。


「お母……さん……?」


 意識が戻ったエンドは、何が起きたのか理解できていなかった。

 ただ、傷だらけの母親の姿を見て自分が何か危害を加えたことだけ察し、自然と涙が零れ落ちた。


「お母さん……僕……僕がお母さんを……」


 震えるエンドを、レーベンは優しく抱き締めた。


「大丈夫よ……お母さんは平気、エンドはどこも痛くない?」

「う……うぅ……あぁぁぁあぁぁ……」


 優しい笑顔のレーベンを見て、エンドの心は安堵に満ち、我慢できなくなった感情をレーベンの胸に擦りつけた。


 少しそのまま時が経ち、疲れて眠ってしまったエンドの頭を、レーベンはいつまでも優しく撫で続けた。



 ──翌日。


 昨日の出来事がよっぽど体に負荷をかけたのであろう、いつも早起きのエンドは昼近くなってもスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。


 レーベンは昨日から眠ることなく、ずっと調べ物をしていた。


(エンドが口にした名前……ハイネン=イグラニア=リスタード。古い書物で見た覚えがあった……確か、神話にある神の名……)


 レーベンが本棚にある無数の本を読み返していると、突然家の窓を割って鋭い矢が飛んできた。


「──?!」


 驚いたレーベンは咄嗟にエンドを起こし床に伏せる。


「な~に~お母さん? もう朝~?」


 寝ぼけるエンドを他所に、矢は更に複数本飛んできた。


「出てこい!! この悪魔!!」


 レーベンが恐る恐る外を見ると、村中の人々が武器を持ち、家の前に押し寄せていた。

 それを見たレーベンは直ぐに事態を把握し、額から大量の冷や汗を流す。


(もしかして……昨日の出来事を誰かに見られていたの?)


 レーベンの予想は的中していた。

 村人数人が、レーベンの家の上空に現れた暗闇を見て様子を窺いに来ていたのである。


「やはりこいつはルーインから来た悪魔だ!! 昨日の禍々しい創遏がその証拠だ!! 村を消される前に殺すんだ!!」


 狂気に溢れた村人は、とてもレーベンの言葉を聞く様子ではなかった。


 ここにいては殺される。

 そう判断したレーベンは、自分の机に一つの法遏を唱え、すぐさまエンドと共に裏の勝手口からこっそりと抜け出した。


 必死に走り森の奥に逃げたものの、直ぐに村人に感づかれ徐々に追い込まれていく。

 逃げきれないと覚悟を決めたレーベンは、一つの大きな決断をした。


 状況を把握できていないものの、嫌な予感を感じていたエンドはキョロキョロと辺りを見渡し、不安にさいなまれていた。


「お母さん……僕達殺されちゃうの……?」


 必死に母にすがろうとするエンドの目は、いつもの生き生きとした瞳ではなく、恐怖で霞んでいた。

 そんなエンドを両手で優しく包み込み、耳元でレーベンは囁いた。


「ゴメンねエンド……あなたは今からとても辛い体験をすることになる。だけど……必死に生きてほしい。これから先、お母さんはもう、あなたと一緒に生きることはできないから……」


 震える唇を噛み締め、レーベンは力強い眼でエンドを見つめた。


「エンドは私のヒーロー。遠く離れても、心はいつもあなたと一緒!!」


 無理矢理作った笑顔は……流れ落ちる涙でくしゃくしゃに崩れかけていた。

 そのボロボロの笑顔は……この先、エンドの心にいつまでも残る母の最期に見せた最大の愛情であった。


 九歳の小さな少年の瞳から、静かに一筋の(なみだ)が流れ落ちる。


 エンドから少し距離をとったレーベンは、手を正面にかざし、拳にありったけの力を込めた。

 渾身の創遏が、小さな次元の裂目を作り出す。


「お母さんの創遏で作れる次元の裂目は、人が一人通るだけが精一杯の大きさ……」


 母の行動を理解したエンドは、必死に母にしがみついた。


「いやだ……お母さんと一緒じゃなきゃ嫌だ!!」


 エンドがしがみついたまま、レーベンは強引に体を引きずり次元の裂目に向かってエンドを思いっきり投げ入れた。

 命を吸い込むかのように開いた次元の裂目は、エンドが入った途端、瞬く間に口を閉じ親子を引き裂いていく。


 次元の中で必死に叫ぶエンドに向かい、レーベンは目を合わすことができなかった。


「エンド……あなたの心にはいつもお母さんがいるから……あなたは一人じゃない……」


 俯いたまま涙を隠す母が、息子に残した最後の言葉であった。

 その言葉を最後に、次元の裂目は完全に閉じてしまった。


(エンド……私の心にも、いつもあなたがいるから……だから……私はもう一人じゃない……)


「うぅああぁぁ……あぁあぁぁ……あぁぁーーーー」


 必死に堪えていた母の泣声が、孤独な森に響き渡った。


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