第26話 幼き日に
名もなき小さな村。
そこで産まれた一人の赤ん坊は、悪魔の子と忌み嫌われた。
赤ん坊は産まれた時にあげた泣声と共に異常な量の創遏を放ち、その圧力で周囲の人間を震え上がらせた。
出産で体力の残っていなかった母親はその創遏に耐えきれず、産まれた我が子を抱きかかえる前に命を落とす。
泣き止むと同時にスヤスヤと眠る赤ん坊を見て、村の人々は恐怖に震える。
村の人々はその赤ん坊の父親に問いただした。
何故あんな赤ん坊が産まれたのだ。
何かの実験で作り出したのか?
お前は悪魔を作った。
あの赤ん坊はこの村を滅ぼす悪魔だ。
容赦なく批判される父親は、その重圧に耐えきれず村から逃げ出してしまった。
残された赤ん坊は、ボロボロのベッドの上でスヤスヤと眠っていた。
今すぐ殺すべきだ。
いや、手を出すな……悪魔の逆鱗に触れる。
……関わるんじゃない。
放っておけば時期に死ぬ。
村の人々が赤ん坊と関りを持とうとしないなか、一人の女性が赤ん坊の噂を聞きつけやって来た。
数日の間放置されていた赤ん坊はかなり衰弱しており、死ぬのも時間の問題である。
弱った赤ん坊を女性は躊躇することなく抱き上げた。
抱き上げられた赤ん坊は、初めて人の温もりに接し、女性を見て微笑んだ。
「何て可愛い子……なんの罪もないこの子に悪魔だなんて……この子は私が育てます!!」
村人に赤ん坊を引き取ることを告げるが、誰もその言葉には賛同しなかった。
「レーベンだ……余計なことをしやがって……」
「そのまま死ぬまで放っておけばいいのに……やっぱりあの女も悪魔の末裔だからか……」
ぼそぼそと喋る村人を他所に、レーベンは笑顔で家まで赤ん坊を連れて帰る。
家で一人、赤ん坊を見つめながらレーベンは独り言を呟いた。
「悪魔か……こんな思いをする連鎖は、絶対に終わらせないと。エンド……そうだ! あなたはエンド=センティア。この世界の不条理に終わりを告げる勇者、エンドよ……」
レーベンの声にエンドは笑って答える。
「あはっ、気に入ってくれたみたい! 私はレーベン。レーベン=センティア。今日からあなたのお母さんよ……」
レーベンがエンドを育て始めてから七年の月日が流れた……ある日のこと。
順調に成長し、赤子から少年へと大きくなったエンドは、家の外で元気よく走り回っていた。
相変わらず村の人々はレーベン達と交流を持とうとせず、エンドはいつも一人で遊んでいた。
「お母さん、何で村の人達は僕達のことが嫌いなの? 僕、なにか悪さしたかな?」
月に数回、レーベン達は買い物のために村へとやってくる。
誰もレーベン達とは目も合わせようとせず、唯一会話をしてくれる商人にも、最低限の買い物を済ませたらさっさと帰れと愛想なく厄介払いされる。
勿論、エンドには友達といった相手などできたこともなく、レーベンが仕事をしているときはいつも一人きりで過ごしていた。
「ごめんね、エンド。村の人が冷たいのは、きっと母さんのせいなの……」
「お母さんの? 何で? お母さんなにか悪いことしたの?」
少しだけ悩んだレーベンは、エンドの手を優しく握り悲しそうな眼をしながら話を始めた。
「お母さんね、この世界の人間じゃないの……」
七歳の少年には理解できない話であった。
レーベンはエンドが産まれる三年前にルーインから次元を越え、ファンディングにやってきた。
研究者であったレーベンは、ルーインの核について独自に研究していた。
ルーインの崩壊が始まっていること、それを止めるためには膨大な創遏が必要であることをすでに発見していたのである。
当時から四凰の歌に秘められた創遏に可能性を感じていたレーベンは、単身で次元を越えファンディングに協力を求めた。
しかし、ファンディングとルーインの争いは遥か昔からの因果。
ルーインを救ってほしいなどといった話を鵜呑みにする者など誰一人いなかった。
それでも諦めなかったレーベンは、小さな村の外れに家を建て、ファンディングの人々を逆撫でしないよう細々と暮らし、いつか現れると信じて理解者を探し続けていた。
村の人々はレーベンを毛嫌いし、村から追い出したいと考えていた。
しかし、ルーインからの使者と噂されていたため、下手に扱うと逆襲されると恐れ、関りを持たないようにしていたのである。
「お母さんは異世界の人なの?」
不思議そうに見つめるエンドに、レーベンは思わず目を逸らしてしまった。
「ごめんね……怖いよね……」
泣き出しそうなレーベンを、エンドは無邪気な笑顔で抱き締めた。
「お母さんカッコイイ!! 異世界の人だなんて、この世界を救いにきてくれたヒーローみたいだ! お母さん大好き!!」
表裏のない素直な言葉に、レーベンの瞳からは堪えていた涙が溢れ出した。
自分がファンディングに来てから十年。
誰も自分のことを理解してくれず、好きだ何て言ってくれる人は誰もいなかった。
太陽のように明るいエンドの笑顔が、自分に覆いかぶさっていた曇天を全て晴らしてくれた。
「ありがとう……ありがとうエンド……」
思わず抱き締めたエンドが苦しそうに手を叩く。
「痛いよお母さん! 抱き締めるの強すぎー!!」
「あっ、ごめんね……お母さん嬉しくってつい……」
見つめあった二人の顔は笑顔で溢れていた。
エンドと過ごす毎日は幸福に満ちていた。
そんな幸せはいつまでも続くと思っていた。
あの日を迎えるまでは。
エンドが九歳を過ぎたころである。
相変わらず村人とはなじめず、二人で過ごすレーベンとエンドであったが、最近レーベンは気にかかることがあった。
このところ、エンドがよく窓から空を見上げ、独り言を呟く日が多く見られた。
「今日もお空とお話ししているの?」
レーベンがエンドに話しかけたが、この日は何か様子がおかしかった。
いつもだったら、なんでもなーいっといってとぼけるエンドだった。
しかし、今日はレーベンの言葉が耳に入っておらず、ただひたすら独り言を呟いていた。
「神……メル……ランパード……ステラ……」
何を言っているのか分からなかったレーベンは、エンドの肩に手を乗せた。
その時、エンドから膨大な創遏が溢れ出し、漆黒の王創がエンドを包み込む。
強大な創遏の圧力に吹き飛ばされたレーベンは一瞬意識が飛びかけるも、何とか気を保ちエンドに目を向ける。
漆黒の王創に包まれたエンドの目は黒く変色し、そのままレーベンを見つめ口を開いた。
「俺は……戦神ハイネン=イグラニア=リスタード。ファンディングを滅ぼす者だ……」




