第24話 二つの光
カイトは当たり前になりかけて忘れていた。
一緒に暮らしている人物が、世界最強の男であったことを。
弐王──その称号がいかなるものなのか……改めて思い知ることになる。
窮地に現れたクロエを見て、カイト達は安堵の表情を浮かべた。
「クロエさん……遅いですよ……」
既にボロボロのカイトは緊張の糸が切れ、座り込んでしまう。
周囲を見渡すクロエは、レイズを見て眉間に筋を立てた。
「クロエ!! こいつはヒースさんじゃない!! こいつはヒースさんの姿をしたレイズよ!!」
ティナがクロエに向かって必死に叫ぶ。
「ああ……こいつから漂う創遏はヒースとまるで違う。おい、その姿は何のつもりだ? 返答次第では今すぐ殺すぞ」
クロエは直ぐに大方の成り行きを把握していた。
今にもくたばりそうなカイト、拘束されたティナとエンド。
そして、巨大な魔法陣を作り出しているであろうヒースの姿をした別人。
よりにもよって、自分を育ててくれた母ともいえるヒースに成りすますレイズに、静かな怒りが溢れ出る。
「クロエ=エルファーナ!! あなたが来るのを待っていましたよ!!」
現れたクロエを見て、レイズは酷く興奮していた。
「質問の答えになっていないぞ」
すぐさま王喰を発動させ、クロエが創遏を高める。
「私と話がしたいなら力を見せてみなさい!」
レイズも創遏を高めると、デ・ペントレゴラの発動を促した。
──極大殲滅法遏『デ・ペントレゴラ』
神々の争いで使われた禁戒法遏の一つ。
使用には莫大な創遏を必要とし、ステインですら扱うことはできない超法遏である。
巨大な魔法陣に凝縮された創遏は光の柱となり、照らすもの全てを焼き尽くす。
術者の創遏により、その威力は底知れず膨れ上がり、神話ではその一撃で世界の十分の一を荒野に変えたとまでいわれている。
巨大な魔法陣が輝き、今にもセントレイスを焼き尽くす光が放たれようとしていた。
それを見たクロエは詠唱を始め、レイズの魔法陣と向かい合うように、同じく超巨大な魔法陣を作りだす。
クロエに秘められた莫大な創遏が、魔法陣に吸い込まれていった。
「「デ・ペントレゴラ……発動!!」」
レイズとクロエは同時に声を上げ、魔法陣を起動させる。
膨大な創遏が凝縮された魔法陣から、セントレイスを覆いつくすほど巨大な光のエネルギーが解き放たれた。
向かい合って放たれた二つの光がぶつかり合う。
あまりの衝撃に、世界が崩壊したかのような錯覚が起きる。
見たことも、感じたこともない莫大な創遏に、カイトはただ口を開けたまま放心した。
二つの光が静かに混ざり合い、消えていく。
光が全て消え、魔法陣も消えさり、世界が一瞬の静寂に包まれた。
次の瞬間、消えた光の後を追うように、耳を劈く轟音と、全てを薙ぎ払うかのような衝撃が辺りに響き渡る。
カイト達は衝撃に吹き飛ばされぬよう、必死で堪えていた。
衝撃と轟音がやむと同時に、次元の裂目も口を閉じる。
「なんだよこれ……これが弐王の戦い……」
カイトは次元の違う戦いを目の前にし、鳥肌が収まらないでいた。
デ・ペントレゴラが消え、静かに向かい合うレイズとクロエであったが、急にレイズが笑い始める。
「さすがですね。私のペントレゴラを、同じペントレゴラで相殺するとは。やはり我が主が一番に期待する男です」
笑みを浮かべ喜びを見せるレイズに向かい、クロエが剣を突きつけた。
「さぁ、さっきの質問に答えてもらうぞ」
クロエが振りかざした剣を、レイズが剣で受け止める。
「あぁ、この体についてですか? この体は姿をまねしているのでも、作り出したのでもありません。ヒース=バルハルトそのものです」
「ふざけるな! 俺達はヒースが火葬されるのを目の前で見た!! いい加減なことをいうんじゃない!」
クロエの反論に、レイズは首を傾げ答える?
「見た? あなたは誰が火葬されるのを見たのですか? あなた達が見たのは本当にヒースでしたか?」
レイズの言葉に、クロエは思わず剣を止める。
「何を言っている?」
「あなた達が火葬したという死者は、本当にヒースでしたか?」
「何を言っているんだ!!」
レイズの回りくどい言葉にクロエが苛立ちを見せる。
「あなたは頭が良い、察しているのでしょう? あなた達が見たヒースの死は全て幻覚です。いや、正確にはヒースが死んでいることに間違いはありません。ですが、その死体は火葬などされていません。いま目の前にいる私こそがヒースの死体ですよ」
怒りの限界に達したクロエが剣をしまい、拳に創遏を集中する。
「もういい、お前を殺す……」
鋭い眼光でクロエはレイズに狙いを定める。
「ふふ、あなたと戦ってみたいところですが……これ以上は主に許可されていません。あなたが更なる成長を遂げると期待していますよ」
笑いながら捨て台詞を吐くと、レイズは煙のように消えていなくなってしまう。
「消えた……」
王喰を鎮め、クロエがティナの傍に移動する。
「少し痛いぞ……」
クロエがティナを呪縛する鎖に創遏を流し込む。
すると鎖が一瞬で粉々に弾け飛ぶ。
「っ……」
少し痛そうな顔をしつつも、鎖から解放されたティナはゆっくりと起き上がった。
「カイト、ナナ、よく頑張ったな」
クロエの言葉にカイトは安堵し、思わず目に涙が浮かぶ。
もうだめかと思った。
エンドの力に敗れ、皆を失うところだった。
自分は強くなったと思っていた。
いや、間違いなく強くなったはずだ。
しかし、自分が思っていたよりもずっと世界は大きかった。
「泣くなカイト、まだ終わってないぞ……」
クロエはエンドの目の前に立ち、剣を構える。
カイトは涙を拭い、ふらつきながら立ち上がった。
「クロエ=エルファーナ。俺はまだ負けてない……」
鎖で束縛されたまま、エンドは力を振り絞り起き上がる。
「エンド、お前を殺してこの戦争を終わらせる」
クロエが剣を振りかぶったその時、ティナがクロエの腕にしがみつき攻撃を止めさせた。
「待ってクロエ……エンドは……エンドには想いがある……」
ティナに止められ、クロエは剣を下す。
「なんのことだ?」
エンドが舌打ちをし、顔をしかめた。
「糞が、やはり女になんぞ話すのではなかった……」
ティナはエンドの目的を話し出した。