第23話 デ・ペントレゴラ
ヒースの姿をしたレイズと向かい合い、ティナは震えていた。
「私の姿を知っているのは、この場であなただけですね。ティナ=ファミリア」
レイズの言葉には少し誤りがあった。
ヒースの姿に、カイトとナナは何故か見覚えがあったのである。
「どこでだ、どこかで見たことがあったはず」
なかなか思い出せないカイト達に向かい、ティナが話始めた。
「カイト君達に見覚えがあるのも無理はないわ。あの女性はヒース=バルハルト。レオ君のお母さんでもあり、私とリリーが弐姫になる以前に弐姫の称号を持っていた人よ。リリーに鼓傑の歌を教え、エレリオさんと共に幼かったクロエやロランを育ててくれた人」
ティナの話にカイトとナナはやっと思い出す。
当時、ステージで歌っていたヒースを見たことがあるものの、まだ幼かった二人はしっかりと顔を覚えていなかったのである。
「そうだ。まだ俺が九か十歳の時、マナばあちゃんに一度だけ連れていってもらったコンサートで歌っていたんだ。まさかあの時の女性がレオの母さんだったなんて」
レイズは首を傾げながらティナに尋ねる。
「私がヒースと分かって剣を振るうのは何故ですか?」
ティナが王創を強め、レイズを睨みつける。
「あなたはヒースさんの姿をしているけど、中身はヒースさんじゃない……すぐに分かった。あなたから感じる創遏はヒースさんとはまるで別人。それに、あなたの姿は歌姫として全盛期であった若い頃のヒースさん。いったいどこでその体を手に入れたの?」
レイズは大きく手を広げ、ティナにおいでと手を振った。
「何を言っているの? 私はヒースそのものよ? さぁおいでティナ、久しぶりに抱き締めてあげる」
レイズの言葉に、ティナから怒りがほとばしる。
普段、滅多に怒りを面に出さないティナが怒りに歯を噛み締めていた。
「やめなさい……私達は病で苦しむヒースさんの最後を見届けた。誰よりも綺麗な歌声、誰よりも優しくていつも笑顔だったヒースさん……あなたが歌った禍々しい歌声、人を見下すその面構え……あなたがヒースさんの姿でいるなんて私は許さない」
今にもレイズに飛びかかりそうなティナに向かい、エンドにかけたものと同じ法遏をレイズが放つ。
「くぅ……」
光の鎖に囚われたティナは、その場に拘束され膝を突いた。
「やれやれ、理解力のない者と話をしたくはありません。一つだけ教えてあげましょう、ヒース=バルハルトの死因は病ではない」
「なっ……何を言っているのよ!!」
拘束されたまま、ティナが必死にもがきながら叫ぶ。
「話はここまでです。あとは自分でゆっくり考えなさい」
レイズが再び、空に向かって手をかざす。
創遏を手に集中した次の瞬間、凄まじい轟音と共に超巨大な次元の裂目が発生する。
その裂目からは、セントレイス全域が見えていた。
「レイズ……何をするつもりだ……」
拘束されたエンドが力を振り絞り、体を起こす。
「消してさしあげるのですよ。セントレイスをね……」
レイズの両目が茶色く変色し、膨大な創遏が体に集まっていく。
そのまま詠唱を始めると、直径数十キロメートルはあろう魔法陣が浮かび上がった。
その魔法陣を見たティナの顔が青ざめる。
「あれは……デ・ペントレゴラ……」
カイトとナナは何が始まるのか分からず、困惑していた。
「何なのですかあの巨大な魔法陣は!? ティナさん! 何が起きているのですか?!」
ティナは緊迫したまま生唾を飲み込んだ。
「あれは禁戒法遏の一つ、超広範囲を破壊する殲滅法遏『デ・ペントレゴラ』。レイズは、セントレイス全てを焼き尽くすつもりよ……」
「ッ?!」
あまりのことに、カイトとナナは一瞬理解ができなかった。
しかし、ティナの青ざめた表情に途轍もない危機感を感じたカイトは、ボロボロの体に鞭を入れレイズに向かい剣を構える。
「やめておきなさい、あなたが私を止めることはできません」
レイズが鋭い眼差しでカイトを睨むと同時に、衝撃波を放つ。
力を使い果たしているカイトは、その圧力に耐えきれず簡単に吹き飛ばされてしまう。
「黙って見ていなさい、セントレイスが無くなる瞬間を」
セントレイスでも、突然できた巨大な次元の裂目に皆が呆然と立ち尽くしていた。
皆が空を見上げ固まっているなか、クルルだけが裂目から見える魔法陣の存在に気づく。
「あれって、まさかレイズ様の……嘘でしょ……クルル達もいるんだよ? 一緒に全部消すつもり?」
何かを察しているクルルに向かい、ドラグが問いかける。
「あれは何だよ?! 一体に何を始めるつもりだ?!」
「うるさいわね!! あんた何てどうでもいいのよ!! くそったれレイズ……普段から自分以外は駒みたいに扱って、だからクルルはあいつが嫌いだったのよ」
突然怒り出したクルルにドラグは固まってしまった。
「確かシフは……いた!!」
空間転移を使い、クルルはシフのところまで一瞬で移動する。
「クルル殿?! あれは何ですか?!」
シフとシアンも戦いを止め、裂目を見上げていた。
シアンは突然現れたクルルに向かい、警戒する。
(あいつは確か第九師団長……あいつの相手はドラグだったはず……無傷じゃねーか、ドラグは何やっているんだ)
「レイズの奴がクルル達ごとセントレイスを消すつもりよ! クルルもう我慢できない!! いまセントレイスにいるエンド様の派閥は、クルルとシフとジャムの三人。ジャムは裏切ったみたいだし、クルルとシフは一旦ここから離れるよ!」
クルルが再び空間転移を唱えると、シフとクルルはその場からいなくなってしまった。
「なんだ、何が起きているんだ……」
シアンは何が起きようとしているのか分からず、どう対処するべきか考えていた。
他の部隊も、突然現れた次元の裂目と巨大な魔法陣に戸惑い、困惑していた。
そんなセントレイスの状況を他所に、レイズが法遏の準備を終える。
「さぁ、戦争の終わりを告げる光です……」
レイズが法遏を放とうとしたその時、突然一人の男が魔法陣と次元の裂目の間に現れる。
現れたのはクロエであった。




