第4話 初任務
身長二メートルを超えるであろう大男がカイトを見下ろす。
「初めまして。君が今日から入団する新入生かな?」
緊張していたカイトは、声をかけられて少しソワソワしながら返事をした。
「はいっ! カイト=ランパードです!」
「はっはっはっ、緊張しているな。私は第二部隊 隊長のエルマン=サーチスだ」
大柄で獣のように鍛えられた筋肉。
一目見れば強者であると分かるほど重厚な風貌、その中に優しさが共存していような存在感。
(これが……グロースの隊長)
エルマンがその大きな手を差し出し、握手を交わす。
その大きな手からは、不気味なまでに底深く強大な創遏を直に感じることができた。
「第二部隊に配属になったからには、私の大切な部下の一人だ。宜しく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします!」
「早速だが、カイト君のことは副隊長のテスラにしばらく世話係を頼んである。彼女から第二部隊について色々学んでくれ」
挨拶が終わったエルマンはその場を後にする。
再び一人になったカイトはどうしていいか分からず、部屋の中央で周りを見渡していた。
(テスラさんはどこにいるのだろう? そもそもどんな人なのか聞いてなかった……)
そう思った瞬間、突然の激痛と共に視界が乱れ回る。
カイトに襲い掛かったのは、鋭い飛び蹴りであった。
「いってぇーー!! 何すんだよ!」
部屋の隅まで蹴り飛ばさたカイトは、痛みに悶えジタバタと苦しんだ。
「なんだい、こんな蹴りも躱せないのかい」
呆れた顔でカイトを見下す赤髪の女性。
彼女が飛び蹴りをかました張本人である。
「私がテスラよ。そんなヘッポコでよく二番隊に入隊できたわね?」
「あんたがテスラ……さん? いきなり蹴り飛ばしといてよくいうよ」
「ふんっ、戦場では急に死角から攻撃されるなんて日常よ。甘えたこといってんじゃないの! それにね~……」
怒涛の勢いで説教をされ、カイトには言葉を返す隙さえ与えられない。
「分かった? 死にたくないなら強くなることね」
「……すみませんでした」
カイトはすでに項垂れていた。
入団数分にして、いきなり心を折られることになるとは思いもしていなかったのだ。
「分かれば宜しい。明日から早速、私の任務に連れて行くから今日はゆっくりしな」
「いきなり任務ですか? 何をするんです?」
テスラがニヤっと不気味な笑みを浮かべる。
その表情に、カイトは生唾を飲み込み恐怖した。
「明日のお楽しみよ。じゃ~ね~」
嵐のように現れたテスラは、嵐のように去っていく。
それを見ていた周りの部隊員は、いつもの光景を楽しんでいるように笑っていた。
カイトは周りの人達に一礼し、挨拶をする。
「カイト=ランパードです! 今日から二番隊に配属されました! よろしくお願いいたします!」
皆がカイトを拍手で迎えると、一人の男性が笑いながら声をかけてきた。
「まったく、いきなり副長のお供とは。可哀そうな子だ」
「テスラさんですよね。どんな方なのですか?」
「悪い人ではないよ? ただ……新人だろうと容赦ない人だからね~」
男は不安な顔をするカイトの肩を軽く叩き、再び笑って去っていった。
(テスラさん……なんだかヤバそうな人だ。それにしても……明日は何をするんだ? とても嫌な予感がするぞ……)
疑問を抱きながら自分の部屋にいき、カイトは早めに就寝した。
──翌日。
「おはようございます」
旅支度を終えたテスラがホールでカイトを待っていた。
その姿は昨日のラフなスタイルから一変し、菱形の紋章が入った銀色に輝く鎧を身に纏い、騎士の風格を携えていた。
「おしっ、出発するぞ」
「どこに向かうのですか?」
「セントレイスから東に行った先にある『デモードの森』だ。どうも最近、ルーインから紛れ込んだコルネオっていう岩の魔獣が、そこに住みついているみたいなんだ」
「コルネオ? あまり聞いたことないですけど、そいつの討伐ですか?」
「そんなとこだな。私がいるから心配無用だぞ」
「心強いです」
「よし、それじゃあ出発するよ」
一通りの説明を終えると、テスラを先頭にセントレイスを出発する。
テスラは緊張した面持ちのカイトを横目で見ながら、先日の夜のことを思い出していた。
──第二部隊 隊長室。
エルマンに呼ばれたテスラは、隊長室にやってきた。
「ランパードか。なかなか面白い奴が入隊してきたな」
「隊長、カイトのこと何か知っているのですか?」
「いや……まぁ、お前はそう気にするな。それよりコルネオ討伐の件だが、もし余力があるならカイト君の実力を見てやってくれんか?」
「任せといてください。余裕ですよ」
隣を歩くカイトを見て、テスラは疑問を抱いていた。
(隊長が気にかけているみたいだけど、あんな蹴りも躱せないのに大丈夫かしら?)
しばらく歩くと、二人は広い草原にたどり着く。
「この草原を越えたらデモードの森だ。森に入る前にカイトに聞いておきたいのだけれど、あんたは創遏をどれだけ使いこなせるの?」
「剣を作り出すことと少しなら空を飛んだり、多少の法遏を使えます。ただ焦ってるとなかなか上手くできなくて」
カイトが創遏を集中すると、刀身がほのかに赤く色づいた剣を作り出す。
その剣を作り出すのにかかった時間はおよそ三秒。
それを見ていたテスラは、呆れた顔でため息をついた。
「見た目だけは一丁前な剣だね。森に着く前に創遏について少しおさらいしておくかい」
創遏とは、人間の内に秘めた力のことだ。
一点に集めることにより無から物を具現化して剣などの武具を作ったり、自分自身の力を増強したりできる。
さらには、自然の力を増大させ空を飛んだり、炎や雷を操ったりすることも可能だ。
しかし、力を使い過ぎれば様々な代償があり、自分の限界を超えた能力を使うと最悪の場合は死に至る。
この限界値や性質は鍛錬で底上げすることができるのだが、中には産まれた時点でとんでもない才能を秘めた者もいる。
「まず基本は自分が取り扱いの得意とする武器を一瞬で作れるようになり、自由に空を飛べるようになることよ」
一瞬で長槍を作り出すテスラ。
その時間は一秒とかからず、カイトとは雲泥の差であった。
「私はこの槍が一番のお気に入りなの。カイトは剣が作れるっていったけど、剣が一番得意なのかい?」
「はい。一通りの武器を作ったことはあるのですけど、今の剣が一番しっくりきます!」
「剣は癖が少なくて万人受けするからね。創遏は自分の産まれ持った才能はもちろんだけど、日々の鍛錬で無限大に鍛え上げることができるからしっかり鍛えて強くなるのよ」
「はいっ!」
「よし、じゃあそろそろ森に向かうよ」
草原を越えると、次第に巨大な木々が広がる森が見えてきた。
その巨大な森は遠くから見ても圧巻であったが、目の前に着くと一本一本が数十メートル級はある木々がとてつもない圧力を与えてくる。
「ついたね。ここがデモードの森だよ」
鬱蒼とした木々が日の光を遮り、森の入り口はまるで夜のように暗くなっていた。
「そういえば聞いてなかったのですが、コルネオっていう魔獣はよく討伐するのですか?」
「いや、正直私も初めての相手だね」
思わぬ返しにカイトは驚く。
「そんな初めての相手に俺なんかいて大丈夫です?」
「ビビってるのかい? 魔獣なんて何千と種類がいるからね。初めて戦うなんてよくあることよ。それよりも気になるのは、デモードの森で魔獣が発生したってことだね」
樹海のように薄気味悪い場所であるのに、テスラの口振りは意外なものであった。
カイトから見れば、デモードの森はまさに魔獣の巣窟のような雰囲気を放っていたのだ。
「こんな鬱蒼とした森で今まで魔獣が発生しなかったのですか?」
「デモードの森には、歌姫の泉と呼ばれる場所があってね。その泉からは、浄化の力が湧き出ているからあまり魔獣が好まないんだよ。そもそも魔獣は、ルーインのやつらがこっちの世界を襲撃する時に連れてくることがほとんどだから、こんな街から外れた森にいることが謎だね」
「そうなんですね」
「さぁ、ここからは気を引き締めな。私が守ってやるけど、任務の最中に死んでも自己責任だからね」
テスラの言葉に緊張した表情のまま、カイトは森の中へと歩みを進めた。
カイト達が森に入るのと同時刻。
──森の中心部。
歌姫の泉では、一人の美しい女性がカイト達の存在に気づいていた。
「誰か来るね、殺しちゃおうかしら……」