第18話 正義の鉄拳
──セントレイス西部。
ここではドラグとクルルが対面していた。
剣を構え、警戒態勢に入っているドラグに対し、クルルは大きなクッションに寝転がりふて腐れている。
「つまんない、つまんなぁーーい!!」
子供のように喚くクルルに、ドラグは困り果てていた。
「お前は師団長なんだろ? 戦おうともせず、一体何をしにきたんだ?」
ドラグに話しかけられるも、クルルは退屈そうに法遏で水の玉を作り出し、一人で遊んでいた。
「クルルはあのおじいちゃんと戦いたいの~!! あんたろくな法遏使えないんでしょ?? そんな人の相手してもつまんなぁーい!!」
クルルの態度に困っていたドラグであった。
無意識にクルルから放たれる創遏を感じとり、自分と比較する。
内から溢れる創遏の高さに勝率がかなり低いことを察し、ドラグは下手に手をださないことにした。
(まったく、何もしないうちはいいが……あの女の子からはかなりの創遏を感じる。下手に暴れられては、俺一人じゃ対処できないぞ)
「な~に? クルルに暴れられたら困るの~?」
「ッ!?」
心の中を読まれ、ドラグは動揺を隠せないでいた。
「安心して~、クルルは退屈だからって暴れたりしないから~。あんたみたいな弱虫いじめてもなぁ~んにも楽しくないんだも~ん」
自分よりも圧倒的に小さい女の子に貶され、普通だったら怒り、おもわず攻撃にでてしまうところである。
しかし、良くも悪くも慎重なドラグは、そんな小さなプライドを持ち合わせてはなかった。
(攻撃してこないなら好都合。はっきりいって俺では勝ち目は薄い。俺は自分一人の無茶で周りに被害を与えることはしない。こんなんだからシアンに隊長の座を奪われたのかもしれないがな……俺は元々隊長の器ではない。だから、今自分ができる最大限の対処をするまでだ)
クルルの挙動に注意を払い、警戒態勢を維持するドラグ。
そんなドラグにクルルは呆れていた。
「あ~あ、つまんな~い……」
──セントレイス南部。
ここでは、アーサムとグラスが対面していた。
「私の相手は元グロース最高司令官のグラス。もともと武闘派で、知力よりも武力で世界の均衡を維持してきた。グロースの歴史にも確実に名を遺すであろう人物。今ではその武力と経験を、次世代の育成に使っていると聞きます」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらアーサムがグラスを見つめる。
「立派に調べたじゃないか。自分の知識を披露するのは面白いか?」
にやけ顔のまま首を傾げ、得意げに話を続ける。
「あなたの弱点もしっかり調べてあります。年老いて、最近は心臓に病を抱えているみたいですね? そんな老体でキルネの師団長と戦うつもりかな?」
グラスが拳に創遏を集中し、構えに入る。
「男の鉄拳に歳など関係ない!!」
踏み込もうとするグラスにむかい、アーサムは体から霧状の法遏を散布し始める。
(……これは)
すぐさま違和感を感じっとたグラスは、咄嗟に自分を覆うように結界を張り、霧を吸い込まないようにした。
その判断は間違っていなかった。
アーサムが放った霧には強い毒性がある。
人間が吸えば、五分もしないうちに呼吸困難や神経組織を麻痺させるものであった。
「流石に判断力がありますね。馬鹿な奴はこの霧だけであっという間に死滅します」
「こんな子供だましのような毒。キルネではこの程度で成り上がることができるのか?」
「そんな訳ないでしょう。まだまだ楽しい時間はこれからですよ」
アーサムが手をかざすと、辺りが暗闇に覆われグラスの周囲に仲間の死体の山が現れる。
(これは幻覚か……)
死体が次々と立ち上がり、グラスに向かいゆっくりと歩き出す。
助けてと嘆く者、お前のせいだと貶す者。
長年戦場に立ってきたグラスの頭にある、数々の死体の記憶達が幻覚になってグラスに襲い掛かる。
グラスは瞼を瞑り、自分の過去と対話を始めた。
(懐かしい顔が沢山おるの。憎んだ者、愛した者、肩を並べ競い合った者。皆過去の戦争で死んだか、俺が殺した。こ奴らが生きていたら、俺の人生はどう変わっていたか……)
幻覚と分かっていても、思わず自分の過去と語ることにグラスは気を取られてしまう。
その隙をアーサムが見逃すはずなかった。
突然、グラスの背中に激痛が走る。
「こんな簡単に隙を見せて、老兵を殺すのは簡単な作業ですよ」
アーサムの剣がグラスの背中を斬り裂いた。
傷口が煙を出しながら物凄い速さで腐っていく。
「ふふふ、猛毒を塗った剣です。これであなたの全身は直ぐに腐り果て、ただの肉片になるでしょう」
勝利を確信し、笑みを見せたアーサムが違和感を感じとる。
グラスに付けた傷の腐食が止まり、逆に治り始めた。
(おかしい。私の剣に練りこんである毒は、ルーインでも屈指の猛毒。解毒もしていないのに腐食が止まるはずない……)
グラスが振り返り、アーサムに鋭い眼光をむける。
「この小童が。俺が思い出に浸っているところに水を差しおって」
創遏を高めると同時に、グラスの筋肉が膨れ上がる。
みるみるうちに二回りほど巨大に膨れ上がり、背中の傷も塞がっていく。
「な、さっきまでの姿とは別人じゃないか……」
巨大になるグラスの姿に、アーサムは呆気にとられていた。
「なんだ? 俺のことを良く調べていたんじゃないのか? 鉄拳のグラスの異名を知らんのか?」
『鉄拳のグラス』
一切の武器を使わず、セントレイスに降りかかる災害を全て拳一つで制圧してきた。
その姿から、ファンディングではいつしかその通り名が根づいたのである。
グラスは拳を握り合わせると、バキバキと音を鳴らしながらアーサムに迫る。
「や……やめましょう。私は自分より力のある人には服従します。あなたの力は分かりました、これからはあなたの下で私をこき使って下さい」
アーサムは慌てて剣をしまい、グラスに向かい膝を突き頭を下げる。
「これより、我が忠誠は貴方様のために……」
戦闘の意思を失くしたアーサムに向かい、グラスはゆっくりと歩み寄る。
グラスが目の前まで来た瞬間、アーサムが頭を下げながらにやりと笑う。
「あなたへの忠誠の証に、これをくれてやりましょう!」
懐に隠していた小刀を、アーサムがグラスの腹部に突き立てた。
「ひゃっひゃっひゃっ! この小刀にも強力な猛毒が練りこんであります! 今度こそ終わりですよ!」
突き刺さった小刀に意もせず、グラスが拳に力を入れる。
「小賢しいわ!!」
グラスの拳が心臓を貫き、アーサムは泡を吹きながら絶命する。
醜く痙攣するアーサムの死体を見つめ、グラスは思わず独り言をつぶやいた。
「全く。こんな阿保たれも俺の記憶に残るとは、不快極まるな」