第17話 防衛戦
カイト達がキルネ本部に乗り込んでいる間も、セントレイスでは戦いが続いていた。
ステインやルディが幹部との戦いを終える中、他の部隊の戦闘は激しさを増していく。
──セントレイス北部。
ここでは、シアンとシフが交戦していた。
シアンの猪突猛進ともいえる攻撃に、シフはやや押され気味であった。
「何とも愚直な攻撃。だがそれにも関わらず、恐ろしい力強さですね……」
シフは自らの剣に炎を纏わせる。
激しく燃え滾る熱量は、炎というよりも煮えたぎる灼熱。
触れたもの全てを溶かさんとするその力は、まるで地獄の業火。
「私はこの炎の力で師団長までのし上がりました。あなたの全てを焼き尽くしてあげましょう」
自信満々に剣を振りかざすシフに対し、シアンは予想外の行動にでる。
自分の剣に創遏を集中し法遏を唱えると、シフと同様に炎を剣に纏わせる。
「ほう、私に対して同じ炎で立ち向かいますか。ですが、あまり扱いに慣れていないように見えますよ?」
「まぁ、剣に法遏を乗せるのは初めてだからな」
シアンの言葉にシフは思わず笑ってしまう。
「なんですかそれは。そんな思いつきの戦い方で私に勝つつもりですか? まったく馬鹿馬鹿しい」
「そうだな。お前程度の奴を倒すのに、自分の土俵で戦ったって俺のためにはならない。相手の得意分野で打ち勝ってこそ、強さの誇示になるってもんだ」
シアンとシフの剣が激しくぶつかり合う。
衝撃で周囲に炎が散乱し、二人の周り一帯が灼熱の海に変わっていく。
「いいのですか? これだけ派手に炎をまき散らしたら、街が燃えて無くなってしまいますよ?」
「問題ねぇよ。うちの隊員達は俺の無茶には慣れっこだ」
街に降り注ぐ炎に対し、ルルを筆頭に隊を組み、第四部隊の隊員達が全て水の結界で防いでいた。
「まぁーた隊長のお守りだよ~。あたしらは隊長の家政婦じゃないでやんすよ~?」
愚痴を垂れるルルに向かい、シアンは笑ってみせた。
「すまねぇーな。それくらいしか役にたてないんだから頑張ってくれ」
「カチィーン!! もぅ怒った!! 今日のおやつのプリン、隊長の分まで食べてやるんだから!」
シアンとルルのやり取りを見て、シフは感心していた。
「素敵な部下ですね。そんな部下を私が殺したら、あなたは絶望しますか?」
右手に創遏を集中し、燃え盛る球体をシフが作り出す。
そのままルルの方に目をやり、不気味な笑顔を見せた。
「やめとけよ、お前には無理だ」
「なんですと? それではやってみますか?」
シフは燃え盛る球体をルルの方に投げ飛ばす。
しかし、シアンが直ぐに球体の目の前に移動し、ボールのように蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた球体は上空で弾け飛ぶと、水の結界に向かって火の粉が降り注ぎ、結界に触れると同時に蒸発して消える。
「おや、これを簡単に蹴り飛ばすとは」
「驚くほどじゃないだろ。お前はなんで悪人ぶる? その気があったらもっと強力な攻撃を躊躇なく使えただろ? わざと俺が攻撃を止めるための隙までみせて、何がしたい?」
シアンの洞察力にシフは驚いた。
「若いのにたいしたものですね……ふむ、一つ教えてあげますか」
シフがおもむろにキルネの内情を語り始めた。
「キルネには二つの派閥があります。エンド様に忠義を尽くす者、レイズ様に忠義を尽くす者」
エンドを筆頭に、一つの巨大な組織に見えていたキルネの内情は、大きく二つに分かれていた。
自ら好んで破壊行為をしないエンド一派。
リーンハイン、ジャム、シフ、ネルチア、クルルがそこに属していた。
ルーインでは力の誇示が絶対であるため、自ら力を見せつけようとしないエンドは影で臆病者呼ばわりされていた。
しかし、エンドの溢れ出る強大な力は威圧をかけずとも、他の追随を許すことはなかった。
それとは真逆のレイズ一派。
メルド、グラニア、アーサム、ドルドームが属した。
絶対的な暴力で他を従えるその姿は、ルーインでも圧倒的な支持を得ており、まさに悪のカリスマであった。
一部では、エンドよりもレイズの方が強大な力を持っていると噂されているが、現状はエンドがキルネを仕切っていた。
「今回の戦争の発案者はレイズ様。それどころか、過去に起きた第六戦争の発案者もレイズ様だという噂もある。あの人が何を考えているか分からないですが、私の忠義はあくまでエンド様にあります。この戦争に乗り気なはずがないでしょう」
シアンが言葉を返す。
「だったら初めから攻めてこなければいいだろう」
「そうしても良いのですが、エンド様は歌姫の力をどうしても手に入れたいようなのです。その使い道を知る者はいませんが、私はエンド様のお力になれればなんでもいい。エンド様とレイズ様の利害が一致しているうちは素直に命令に従いますよ」
話を終えたシフに向かってシアンが剣を振りかざす。
二人の剣は火花を散らせながら激しく交差した。
「ブレブレな野郎だな。エンドだとかレイズだとか、自分が戦う理由に他人を使うんじゃねぇ!」
「ほう、ならばあなたは何故強さを求めるのですか?愛する者のため、仲間のためではないですか?」
シアンの炎が更に大きく燃え盛る。
「違うね、仲間だと思うものは全て守ってみせる。だが、強さを求めるのはそれとは関係ない」
「ほう、だったら何だというのですか?」
「男だったら一度は考えたことがあるだろ? 俺は物語の主人公になりたい。主人公ってのは誰にも負けない最強の男、だから俺は誰よりも強くなりたい!」
会話を交わしながら剣を交えるにつれ、シアンの創遏が大きくなっていく。
先程までシフより劣っていた炎が、いつの間にか互角になっていた。
(こいつ、凄い速さで戦いを吸収している……)
「今はまだ周りからは餓鬼だといわれる。だが強くなれば俺は認められ、俺が世の中の中心になる」
「力を誇示し、独裁者にでもなるつもりか?」
「……違うね」
「それなら何故だ?」
「格好いいじゃねーか」
「は??」
シアンの子供染みた答えに、シフは口が開いたまま驚いた。
「誰よりも強く、誰からも慕われる。そんな格好いい男になりたいだけだ」
シフは思わず声を出して笑ってしまう。
「呆れるほどに幼稚な考えですね。だがそんな真っすぐ芯の通った幼稚、私は嫌いじゃないですよ」
「笑いたければ笑うがいいさ、俺はそれでも強くなってみせる!」
シアンの言葉で吹っ切れたシフは、限界まで創遏を高める。
「やれやれ。私も今だけは何も考えず、この戦いを楽しむとしますか」
両者が力を高め、最終局面とも思わせる緊迫した空気が立ち込めた。
シアンとシフが同時に前に出る。
どちらかが死ぬであろう強者同士の死闘。
張り詰めた空気とは裏腹に、激しくぶつかり合う二人の顔は、無邪気に遊ぶ子供そのものであった。