第15話 二人で見上げた空
暴走しながらレオは泣いていた。
自分の行動が起こした結末。
辛いことはいつも誰かのせいにし、被害者ぶっていた己を悔やみ、悔やんでも帰ってこない時間。
俺は何のために生きてきたんだ……
何を見てきたんだ……
もう何も分からない……
誰か……俺を止めてくれ……
そんなレオの心の叫びを感じとり、アリスも同じく涙を流していた。
──五年前。
レオがロランと生活を共にするようになって、二年ほどの時が経った頃であった。
ある日、リリーが一人の少女を連れてやってきた。
風にさらさらと靡く茶色い髪、澄んだ水面のように透きとおった瞳。
レオはその少女に思わず見とれてしまった。
「ロラン、レオ、今日から私が面倒を見ることになったアリスだよ」
紹介されるも、アリスはリリーの後ろに隠れ、恥ずかしそうに身を縮めていた。
「リリー、この子がこの前話していた子か?」
「そうだよ、とてつもない歌声を秘めた少女。きっと私やティナと同じく四凰の歌を秘めている」
ロランはアリスに近寄ると、優しく笑って話しかける。
「こんにちは……俺はロラン、後ろの坊主がレオだ。この間の戦争でお母さんとお父さんを失くして孤児院にいたんだってね。突然、知らない人と一緒に過ごすのは怖いよね。ゆっくりでいいから俺達と仲良くなってくれたら嬉しいな」
アリスは俯きながら小さく頷いた。
「レオ! お前も挨拶くらいしないか!」
アリスに見惚れていたレオは、ロランの声に少しビクッと驚き、よそよそしく挨拶をする。
「お、俺はレオ……よろしく……」
レオはアリスを直視できず、恥ずかしそうに眼を逸らす。
そんなレオを見かねたロランは、ケツを叩いた。
「なにをモジモジしているんだ! アリスちゃんはお前と同い年だぞ、しっかりしないか!」
リリーがレオの様子を見るや、何かを察してニヤニヤと笑いだす。
「なんだぁ~い? さてはレオ、アリスに一目惚れでもしたなぁ~?」
「なっ! そんなわけないだろ!! こんな暗い女は俺の好みじゃねーし!!」
必死に反論するレオの姿は、照れ隠しをする子供そのものであった。
慌てふためくレオを見て、アリスも思わずクスクスと笑顔を見せた。
「なにお前も笑ってるんだよ!!」
「ふふ……だって、可笑しくて……」
アリスの笑顔を見てリリーは驚いた。
戦争で両親を失い孤児院に来て二年間、アリスはずっと死んだような眼をしていた。
人との関わりを持とうとせず、一人孤児院の隅に座り込んでいたらしい。
勿論、そんなアリスの笑顔を見た者は誰もいなかった。
唯一アリスの表情が緩んでいたのは、孤児院の屋上で一人歌を歌っている時だけだった。
数ヶ月前、たまたまその歌声を耳にしたリリーは、その歌の底深さを感じとる。
それから、一人でアリスに一緒に歌おうとアプローチをしていた。
初めはリリーを避けていたアリスも、毎日会いに来るリリーに少しずつ打ち解けていく。
それを見ていた孤児院からの提案で、リリーがアリスを引き取ることになった。
リリーですら数ヶ月かけて、やっとまともに話をしてくれるようになっただけだ。
無論、アリスの笑顔はまだ見たことがなかったのである。
「やるじゃないの、この色男~」
「あぁもぉー! やめてくださーい!」
照れ隠しをするレオ。
それを見たアリスとリリーとロランが笑顔になり、一気に四人の距離が縮まった気がした。
それから、レオとアリスが仲良くなるのに時間はかからなかった。
アリスがリリーの元に来てから一年ほど月日がたった頃。
この頃になると、アリスとレオはセントレイスの外れにある丘の上でよく空を眺めていた。
日が沈み、星がきらめきを見せ始めたのを見て、アリスがおもむろに歌を歌い始める。
アリスがおもむろに歌を歌い出す時は、決まってどちらかの時だ。
一つは気分が良く、晴れやかな気持ちの時。
もう一つは緊張する自分を落ち着かせる時。
今回は後者であった。
「ずっと聞きたかったんだけど、レオはどうしてお父さんが嫌いなの?」
アリスの問にレオは遠くを見つめた。
「親父は家族を捨てた。母さんが死んだ時、あいつは仕事を優先して姿を見せなかった」
「それから嫌いに?」
「……昔は凄い優しかった。なんでも俺のワガママを聞いてくれて、仕事で忙しくても休みを見つけては母さんと三人でよく遊びに連れていってくれたんだ」
「レオは大好きだったんだね」
「でも、母さんが戦争中に病気で倒れてから、だんだん変わった。なかなか病院には顔を出さなくなって、最後も。それどころか葬式にさえこなかった。そのあとすぐに俺をロラン兄に預けて確信した。あいつには家族よりも名誉の方が大切なんだって」
レオの寂しそうな顔を見てアリスが寄り添う。
「!?」
急に寄り添うアリスにレオは驚くと同時に、心臓の鼓動が高まった。
「アリス……? どうしたんだ?」
レオは緊張し、顔は赤くなっていた。
それに比べ、アリスの表情は浮かなく、とても悲しそうであった。
「レオ……お父さんが生きてるってことは、幸せなことなんだよ。この世界は私みたいに戦争で家族を失う人がたくさんいる。私にはもう、守ってくれる家族も、守りたい家族もいない……」
レオの胸に顔をうずめ、アリスは涙した。
アリスの震える声、泣き顔がレオに一つの決心をさせる。
「俺は、俺はアリスの守り人になる。誰も守ってくれないなら俺がアリスを守る」
突然のレオの言葉にアリスはキョトンとしていた。
アリスと目が合い、レオは自分の発言に段々と恥ずかしくなってきた。
「あっ、いや……守り人っていうのは、その……」
「ふふふ、私そんなつもりで話してたんじゃないのに」
顔を真っ赤にし、レオが下を向く。
「いや、俺は、その、何ていうか……」
「……いいよ」
「えっ?!」
「レオ、今日から私の守り人になって。レオなら私……いいよ」
アリスの返事にレオは無邪気な笑顔を見せる。
「本当に?!」
「うん、ちゃんと守ってよ?」
「当たり前だ! 俺が絶対にアリスを守ってみせる!」
レオの体をアリスが優しく抱き寄せる。
「じゃあ、レオが困ったときは私が助けてあげるね」
「おう……」
暴れるレオを見て、アリスは昔の記憶が蘇っていた。
「レオ、辛いよね……私が今助けるから……」




