第14話 忘れえぬ愛
レオの容赦ない攻撃がエレリオを襲う。
感情を失い、暴走状態にあるレオの戦闘力は、エレリオを大きく上回るものであった。
そんな中、エレリオはレオを傷つけまいと防御に徹していた。
徐々に体力が失われ、耐えきれなくなるのも時間の問題である。
(何とか……何とかレオを正気に……)
「レオ!! しっかりしろ!!」
エレリオがレオに声をかけるも、その声はレオの気持ちを逆なでしてしまう。
「エレ……リ……殺す……」
レオの攻撃は更に強まり、押されるエレリオを見かねてロランが間に入ろうとする。
「来るな!!」
ロランに向かいエレリオが声をあげた。
「親父! そのままだとレオに殺されるぞ!!」
「分かっている。だが、これは俺が……父親が何とかしないといけないんだ!!」
やむことのない猛攻に、エレリオは必死に食らいつく。
その姿を見ていたアリスは、耐えきれずレイズの方へと歩き出した。
「何ですか? あなたではこの結界を壊せませんよ?」
結界越しにレイズを見つめると、膝を突き、額を地に擦りつけながら願いをこう。
「お願いします……レオを……返してください……」
涙を流し、頭を下げる姿にその場の全員が驚愕した。
敵であるレイズに願うアリスの姿には、恥もプライドもなかった。
レオを救いたい、その一心でアリスは額を地面に擦りつけた。
「私はどうなってもいい……実験にでもなんにでも使ってください……だから、だからレオを……レオを元に戻してください」
本来なら止めるべきであろうが、アリスの純粋な行動に対し、誰も口出しすることができなかった。
「アリス=フリューゲル。四凰の歌を持つ一人。あなたの再生の歌は、全ての物質を元に戻すとともに、全ての原子を崩壊させることもできる。とても魅力的な力ですね……あなたが我々の元に来るというなら考えてあげましょうか?」
レイズの言葉に思わず顔を上げるアリス。
「本当ですか?!」
アリスの必死な顔を見て、レイズは再び笑い声をあげた。
「はっはっは、何て面白い顔ですか。図が高いですよ小娘。私がその気になれば、簡単にあなたを奪うことができます。それに……正直ね、私個人は四凰の歌になど興味ないのですよ」
思わぬ答えにアリスの表情が絶望へと崩れる。
「そんな……それならあなたは何でこんなことをしているのですか……」
「全ては始創の意思、私は始創の目です。それにね? もう私にも止められないのですよ。私がレオにかけた法遏は呪いともいえる呪縛。標的を殺すまで解けることはない、エレリオを殺すまでね」
ロランとリリーはその言葉に驚きを隠せなっかた。
「酷すぎる……そんなの酷すぎるよ……」
アリスもその場に泣き崩れてしまった。
「あなた達の行動は全て無駄なのですよ、いったでしょう? これは親子の殺し合い。どちらか死ななければ面白くないでしょう」
レイズとアリスが話し合う最中も、レオの攻撃はやむことはなかった。
──真っ暗だ──
真っ暗で何も見えない……
女の子が泣く声が聞こえる……
一体誰が泣いているんだ?
俺はレイズとの戦いで……
どうなったんだっけ?
確か、母さんの死んだ話を聞いて……
あぁ、分かっている。
きっとあれは嘘だ……
分かっているんだよ。
全部、俺の勝手な独りよがりだ。
親父は家族を愛していた。
微かに覚えているんだよ……
まだ小さかった俺の手を握り、一緒に歩いていた姿。
母さんと三人で笑いながら過ごした日々を……
暖かくて、とても大きな手だった。
今も感じるじゃないか、あの時の暖かい手の温もりを……
何だ……
周りが明るくなってきた……
暗黒から目が覚め、レオの視界がゆっくりと戻る。
感じた手の温もり、それはレオの手を握るエレリオ大きな手。
それだけではなかった……。
「親父、親父!!」
ロランの叫び声にレオが正気に戻る。
レオの手の平は、エレリオから流れる血で赤く染まっていた。
手に感じた温もりは、それによるものであった。
「あ……あ……」
目の前の光景にレオは絶句した。
剣を握るレオの手をエレリオが掴み、自らの心臓に突き刺していた。
「な……んで……」
目に光が戻ったレオを見て、エレリオの苦しそうな表情は笑顔に変わる。
「レオ……戻ったか」
安心したエレリオが口から大量に吐血し、その場に倒れこむ。
胸からは絶え間なく血が吹き出し、辺りは赤く染まる。
咄嗟にエレリオを抱き寄せたレオもまた、その赤に染まっていった。
「なんで!! なんでこんなことしてるんだよ!!」
「自分の子供を救えるなら……命を投げ出すことを躊躇う親なんていない……」
エレリオの瞳から生気が徐々になくなっていく。
それでもエレリオは必死にレオを抱き締めた。
「すまなかった……ずっと謝りたかった……本当にごめんな……」
レオの瞳からこぼれた涙がエレリオの頬をつたる。
「なに勝手に謝ってるんだよ……わかんねぇよ……謝らないといけないのは俺の方じゃないか……」
レオは、抱き締める力がどんどん弱くなるエレリオを強く引き寄せた。
「勝手に死ぬんじゃねーよ!! まだ生きなきゃ、まだ俺は親父になんもしてやれてねーんだよ!!」
「レオ……愛して……いた……誰よりも……お前を……愛し……て……」
エレリオの手は、ゆっくりとレオから離れていった。
そのまま動かなくなってしまったエレリオは、安心したように笑っている。
最後に息子と抱き合ったエレリオは、昔の優しい父親の顔であった。
「親父……俺が……俺が……うぁぁぁあぁあぁぁーー!!」
レオを負の瘴気が覆いつくす。
それはレイズがレオにかけた法遏とは違い、純粋に暴れ狂うレオの感情であった。
「ぁあぁぁ……」
再び暴走状態に入ったレオは、見境なく辺りを破壊し始めた。
それを見ていたレイズがにやりと笑う。
「やれやれ……エレリオの思わぬ行動で興が削ぎれたところでしたが、再び暴走してくれるとはなんとも面白い。まだまだ楽しませてもらいましょう」
レイズがロランとリリーに向かい法遏を唱える。
すると、二人は小型の結界に閉じ込められてしまう。
「しまった!!」
ロランが咄嗟に結界を壊そうとするも、その強度はキルネ本部を覆う結界と同じであり、ロランの攻撃を軽く弾き飛ばす。
「さて、邪魔をしてはいけませんよ。今度は愛する恋人との一騎打ちが始まりますよ」
暴走するレオがアリスの前に立ちはだかる。