第12話 真実より意味のある嘘
百億年生きてきたというレイズ。
そんな話を信用しろというのは無理がある。
「何が監視人だ! 百億年生きてきたって?! そんなことあり得るわけないだろ!」
勿論、レオもこんな話を易々と信用しなかった。
「あなたが信用するかなんてどうでもいいのです。それが真実だったことに変わりはない。それとも、信用できない私の話はもう聞くのをやめますか? あなたの母親の死の真実、忘恩の血族の真意」
正直今のレオにとって忘恩の血族なんてものはどうでも良かった。
母親の死、その言葉だけがひっかかっていた。
レイズが言うことが真実か確かめるすべはない。
しかし、その話だけは聞いておかなければ後悔する、そんな想いがレオから離れなかった。
「そうです、素直に話を聞けばよいのですよ」
攻撃を躊躇うレオに、レイズは話を続けた。
「あなたは母親の死因を病死と聞いているのですか?」
「そうだ、俺は母が死ぬところを目の前で見た。間違いないはずだ」
「病死に見せかけた他殺だったらどうしますか?」
レイズの言葉に顔色が青ざめるレオ。
「どういうことだ……母は皆に愛されていた。そんなことをする奴なんていない」
「一人いるではないですか、分かりませんか?」
意味深に話すレイズに、思わずレオが叫ぶ。
「お前は何を言っているんだ!!」
レオの明らかさまな動揺に、レイズはにやつきながら話を続ける。
「あなたの母を殺したのは他でもない。あなたの父、エレリオ=バルハルトです」
自分の父が母を殺した。
そんな言葉を簡単に受け入れる者はいない。
しかし、レオの心にある父親像は決して良いものでない。
レイズの話を聞いて驚く反面、どこか納得してしまった。
「あの糞親父が……母さんを……」
心が不安定になっていくレオに、レイズが追い討ちをかける。
「これは第六戦争の時の話です……」
──世界第六戦争。
今より七年前に起きた大規模な戦争。
この戦争を最前線で戦い、勝利に収めたのが弐王と、当時グロース司令官補佐であったエレリオである。
この戦いの活躍により、エレリオは最高司令官に任命された。
そして、レオの母が死んだのも戦争の終戦と同時であった。
「あなたはこのタイミングが偶然だと思いますか?」
レオはレイズが言いたいことを何となく察していた。
「当時、戦争を起こしたオルドールという組織は、ルーインでもキルネに次ぐ勢力をもっていました。いや、メルドや私が元々所属していたことを考えると、キルネよりも強かったかもしれません」
「お前や第二師団長のメルドが?!」
「そうです、私は組織にこだわりはありません。その時に必要な場所に属するだけです。メルドは私に忠誠を誓っているので、それについてくるだけです」
レイズが話をしながらゆっくりとレオに近寄る。
「弐王の圧倒的な力、エレリオの指揮力、その二つをもって攻めるグロースに対し、オルドールは容赦のない人外非道な戦略で対抗しました。戦争は長引きお互いに疲弊した時、オルドールは直接エレリオにある話を持ち掛けました」
呆然と立ち尽くすレオの顔を、レイズが優しく撫でまわす。
「この戦争を終わらすために、お前の妻、ヒース=バルハルトの命を差し出せ」
エレリオが受けた提案。
妻の命を引き換えに、戦争を終わらせたという名誉を与えるものであった。
エレリオの妻ヒースは、先代の弐姫の一人であり、国民にとって愛すべき象徴であった。
オルドールは弐王の圧倒的な力に勝機の低さを感じた。
せめて自分達の名誉を守るために、ヒースの命を奪ったという大義名分が欲しかったのである。
「エレリオはこの提案に何て答えたと思う?」
レオの体が小さく震えていた。
「奴は直ぐに答えたよ。自分が名誉をもらえるなら本望、これで俺は総司令に駆け上がれると」
その言葉に、思わずレオがレイズに向かい剣を突きつける。
「ふざけるな……そんな……馬鹿な……」
何が真実か分からず、レオは困惑した。
「それだけじゃありませんよ。奴は、普通に妻を殺したとあっては自分に否がある。毒をもり、病死という形にできないか? と自ら提案してきました」
「嘘だ……そんな……」
「嘘だと思いますか? その証拠に、奴はお前の母の葬式に来たか? それどころか、死の間際にも現れなかっただろ?」
レオの頭の中は真っ白になり、何も考えられなくなっていた。
「バルハルト一族、その血脈の本質は裏切り。あなたの父は、自分の名誉のために平気で家族を裏切ったのです。だからあなたの面倒の全てを他の人間に任せた。関わりたくなかったのですよ、ヒースの血が流れる者に」
語られた過去に、レオの精神は壊れ始めていた。
「そんな……そんな……」
レオは涙を流し、その場に項垂れた。
(ふふ……容易いものですね、人の心とは……)
壊れそうなレオにレイズが手を差し伸べる。
「復讐する機会を与えましょう、私の手を取りなさい。なに、恥じることはない。あなたは忘恩の血族、素直にその血に従って生きるのです」
レオがレイズの手を握った瞬間、レイズが法遏を唱える。
レイズが唱えたのは、心の弱った者の精神を乗っ取る法遏であった。
「さぁ、エレリオを殺すことだけを考えるのです」
レオの瞳から活力が消え、ぶつぶつと独り言をつぶやく。
「エレ……リオ……殺す……」
レイズは笑いながら話を終えた。
「これが前回の襲撃で私とレオの間に起きた出来事です」
「……そんな」
アリスは思わず振り返り、エレリオを見つめる。
「……」
黙ったままのエレリオをみかねて、ロランが怒りを爆発させた。
「馬鹿野郎が……レオ!! そんな糞野郎の嘘に騙されやがって!! 俺は親父の真意を知っている。お前は一体なにを見ていままで生きてきたんだ!!」
怒りのままにロランが王創を纏う。
しかし、レオにはロランの声が届いていなかった。
「無駄ですよ、レオには誰の声も届かない。今彼の頭にあるのはエレリオを殺すことだけです」
レイズに向かいロランが斬撃を飛ばす。
その斬撃を軽く躱し、キルネ本部を覆いつくす巨大な結界を作り出した。
「さて、私はこの殺し合いを結界の外からゆっくり見学させてもらいますよ」
「ふざけるなよ……」
ロランが創遏を上げ、結界に向かい剣を振り降ろす。
だがロランの一撃をもってしても結界には傷一つ入らなかった。
「無駄ですよ。あなたの不完全な力では、始創の結界を壊すことはできません。レオを殺したら相手になってあげますよ」
結界の外でレイズが高笑いする。
「こんな強度の結界を簡単に作り出すだと? 奴は一体……」
困惑するロランの前に、レオが剣を構え立ちはだかった。




