第3話 聞きたい言葉
──グロース入団当日。
グロースでは定期的な入団は行われておらず、自分で入団申告して後日入団試験が行われる。
入団試験といっても、創遏の量、性質を調べ、余程の問題がなければ面接をしてほとんどの場合が合格となる。
ルーインからの度重なる襲撃により命を失う者も多いため、自らグロースに入団したがる人も少なく、来るもの拒まずな状況になっているのだ。
カイトはグロースに入団後、そのままグロースの寮に住むためしばらく家には戻ってこられなくなる。
カイトとナナは幼い頃に起きた戦争によって家族を失っており、共にセントレイスの教会にある児童施設で育ってきた。
その施設の責任者であるマナ=グラシウスは、戦争孤児であったカイトとナナには特に思い入れが深く、カイトのグロース入団を最後まで止めていた。
「カイト、ほんとうに行くのかい?」
八十歳を過ぎた老体を杖で支えながら、マナは玄関までカイトを見送りにやってきた。
「マナばあちゃん……今まで育ててもらったのに、グロースに入るなんて無理いってほんとゴメン」
「あんたはやると決めたら絶対にやってきたからね。辛くなったらいつでも帰っておいで」
「マナばあちゃんこそ、辛くなったら会いにおいでよ」
育ててくれたマナの元を離れる自分に負い目を感じていたカイトは、せめて心配を減らしたいと無理に笑ってみせた。
そんな心情を見透かしたマナは、少しだけ笑顔を作って話題をそらす。
「ばかもん、お茶らけおって。ナナには会ったのかい?」
「今から会いに行くところ」
「後悔のないように、ちゃんと愛の告白はしておくんだよ」
「な、なにいってんだよ!」
「あんたがナナに惚れてることに気づいていないのなんて、ナナ本人だけだよ」
カイトは顔を真っ赤にして黙り込み、恥ずかしそうに地面を見た。
「自分の信念を突き通すのもいいけど、ナナのこともちゃんと考えてあげなよ」
「……いってくる」
マナに別れを告げたカイトは、教会裏の丘を見上げる。
ナナがどこにいるか聞いたわけではなかったが、カイトは無意識に丘の上を目指した。
「やっぱここにいたか」
「……カイト」
丘からはセントレイスの全景が見え、さらにその先には美しい大海原が広がっている。
穏やかな海に日の光がキラキラと輝くその景色は、静かで優しく……そしてどこか寂しく。
まるで、ナナの心を表しているようだった。
「ここから海を見ながら、よく歌の練習をしてたな」
「……そうだね」
二人の会話はなかなか弾まなかった。
(くそっ。ばあちゃんのせいで変に意識して、何喋っていいのかわかんねぇよ)
一人そわそわするカイトに向かい、ゆっくりとナナが口を開く。
「カイトは、誰よりも強くなるのが夢だったもんね」
「……ああ。俺達みたいな思いをする人を一人でも減らすためには、強くなってルーインの奴らに勝てるようにならないといけない。俺が強くなって、この不条理な世界を変え……」
「本当に……それが理由?」
話途中でナナがその言葉を遮った。
──カイトは今でも瞼を閉じると思い出す。
死んでいった家族や友達、燃え盛る故郷、ナナと隠れて震えることしか出来なかった無力な自分を。
ナナはそんなカイトの本心に気づいていた。
カイト本人すら気づいていない、その強い復讐心が彼の原動力。
彼が強さを求めるのは、誰かのためじゃないのだ。
「俺は、強く……強くなって」
「違うよ。私が聞きたい言葉は、それじゃない」
ナナが聞きたい言葉は、カイトの信念ではない。
彼女が聞きたい言葉は、彼の想いであった。
「……死んじゃやだよ」
丘に吹く風が髪を切なく靡く。
泣き出しそうな瞳で見つめるナナに、カイトは思わずその肩を抱き寄せた。
「……ごめん。俺は、絶対にナナを一人にしない」
その言葉を聞いて安心したナナもカイトを抱き締めると、二人はしばらくお互いの心臓の鼓動を感じていた。
(大好きだよ……カイト)
「そろそろ時間だ、行くな」
「頑張ってね!」
「おうっ!」
最後はさわやかな笑顔で見つめ合い、優しい春風が二人を包み込むように舞い踊っていた。
──グロース正門。
(確かここで待っていれば案内役の人が来てくれるんだったな)
正門にたどり着いたカイトがキョロキョロと辺りを見渡していると、そんなカイトに気づいた女性が手を振りながら歩いてくる。
煌びやかな花柄が描かれた布を纏い、派手でありながら同時におしとやかな印象を受ける服装。
セントレイスでは殆ど見かけない東北の民族衣装、着物と呼ばれるものを身に纏い、背筋の通った可憐な女性がカイトに話しかけてきた。
「君がカイトくんかな?」
「そうです。あなたが案内役の方ですか?」
女性は軽く頭を下げ一礼すると、グロースの刻印が刻まれた菱形のペンダントをカイトに見せる。
「初めまして。私はグロース案内役のシェン=リーゼン。シェンって呼んでね」
「はいっ、宜しくお願いします!」
「それじゃあ早速案内していくね」
正門から敷地に入ると、壮大な城門が目の前に現れた。
白と黒を基調とした美しいフォルム。
それは、世界をまとめるに相応しい凛とした風格を放っていた。
(これほど近くで城を見るのは初めてだけど……やっぱりでかいな)
「カイト君は今日から入団だけど、その前にファンディングの勢力図は分かってる?」
「なんとなくですが」
「じゃあ折角だから一回説明しておくね」
この世界でもっとも権力がある組織、それが『グロース』である。
そして、グロースの内部順列はこうだ。
最上位に最高司令官 エレリオ=バルハルト。
次に第一部隊隊長 ラヴァル=リンガット。
それと同位に遠征部隊隊長 ロドルフ=サーチス。
次に第二、三、四、五部隊長と続き、そこから下は各隊の支援部隊となっている。
このグロースが世界の均衡を保っているのだが、それとは別で絶対的な力を持った二人の王、弐王が存在する。
一人はロラン=グエリアス。
グロースに協力的で活発な性格。
弐姫の一人、リリーの守り人である。
もう一人はクロエ=エルファーナ。
自由人であり、自分の気分次第では平気でグロースにも敵対する。
弐姫の一人、ティナの守り人である。
この弐王の力は絶大であり、一人でグロースの総戦力を軽く凌駕するといわれている。
二人はグロース最高司令官であるエレリオが育ての親であるため、普段は何かあればグロースに協力的だ。
そのため、グロースはこの世界で頂点に君臨することができている。
グロースの次に力のある組織に『スーリア』や『レルトスレ』といった組織があるが、弐王の存在が圧倒的であるために、力関係はグロースの独擅場となっていた。
「なんとなくこの世界の力関係が分かった? それと別の話だけど、皆が知っての通り弐姫は最高峰の歌姫に付けられる称号ね。今だとティナさんとリリーさんだね」
シェンが説明を終えると、カイトは何かを考え込むように眉間へシワを寄せる。
「……クロエ=エルファーナ」
「クロエさんのことが気になるの?」
「少し前、ルーインに襲われた時に助けてもらったんです」
一ヶ月前にルーインに襲われた時のことが頭を過る。
「クロエさんが他人を助ける? そんなことあるんだね」
笑いながら答えるシェンに、カイトが疑問をぶつけた。
「ティナさんに言われて来たっていってたんですけど、クロエさんってどんな人なんです?」
「あ~、ティナさんが絡んでたのか。あの人はティナさんの守り人でティナさん以外には興味がないからね。多分グロースが崩壊しそうな時でも、ティナさんが絡んでいなかったら気にもしないような人だよ」
「何か凄いですね。そういえば守り人って何ですか?」
先程から度々でる守り人。
その言葉に聞き覚えのないカイトは、首を傾げながらシェンに尋ねた。
「歌姫には特別な力があるから、やっぱりルーインに狙われることが多いんだよね。だから歌姫には守り人が必ずいるの」
「専属の護衛みたいな感じですか?」
「そんな簡易的な関係じゃないよ。絶対的な信頼ができる相手を守り人に選ぶわ。恋人や家族に近い感覚かな?」
「……恋人ですか」
「さぁ、話しながら歩いてたらついたね。ここが君の入隊する第二部隊の寮だよ」
「ありがとうございました」
カイトがお辞儀をすると、シェンは笑顔で手を振って去っていった。
菱形の紋章が入った扉の前に、緊張感が鼓動を速くする。
(よし、入るぞ……)
扉を開けるとお洒落なバーが広がっており、そこは沢山の人で賑わっていた。
「おっ、新入生が来たな」
入口で立っていたカイトに、一人の大男が話しかけてきた。