第11話 監視者
──セントレイス中央。
キルネ襲撃の際、セントレイス中央の護衛についていたのはレオであった。
レイズはグロースの配備を予測し、自らは単身でセントレイス中央にやってきた。
「来やがったな、ここは俺が守ってみせる!!」
レイズを目の前にし、レオは迎撃態勢に入る。
「レオ=バルハルト。予定通りですね」
仮面の内でレイズは不気味に笑っていた。
「俺がいることを予測していた? 分かってここにお前が来たのは、何か意味でもあるのか?」
レイズは手を広げ、攻撃の意思がないことを示す。
「私はあなたと争うつもりはありません。忘恩の血族、バルハルトの子よ」
レイズの意味深な言葉に、レオが創遏を鎮める。
「忘恩の血族? 何が言いたい?」
「教えてあげましょう、あなたの血族の過去……それに母親の死の真実を……」
母親の死。
その言葉にレオは動揺が隠せず、レイズの話に耳を傾けた。
──レイズが語った過去。
今より約七百五十年前……当時グロースを創立した一族、ランパード家。
創設から三百年もの間グロースをまとめ、世界の中心を担ったとされていた。
そんなランパード家は、世間から憧れと同時に、妬みも受けていた。
バルハルト家もまた、ランパード家を羨み妬む者達の集まりであった。
とある時、バルハルト家がランパード家に交戦の申し入れをする。
当時、最強と謳われたランパード家に対し、少数で力も無かったバルハルト家。
誰が見てもバルハルト家に勝機はなかった。
案の定、圧倒的な敗北に終わったバルハルト家は、一族の絶滅を覚悟した。
それもその筈、相手は世界が愛するランパード。
それに反旗した一族が、世間から許されるはずがない。
しかし、ランパードが放った言葉は意外なものであった。
「我が一族、直属の部下にならないか?」
部下……死ぬまでこき使おうというのか。
バルハルト家は不服ながら、その言葉に賛同するしかなかった。
一旦一族の崩壊を間逃れたバルハルト家は、いつかグロースを強奪する。
その憎しみ染みた復讐心を抱くまま、ランパード家に仕えることになった。
これからどのような仕打ちをうけるのか。
雑用、危険な戦場に送られる捨て駒、何がこようがやり遂げてみせる。
お前達を蹴落とすために……。
復讐心を燃やすバルハルト家だが、現実は思うものとは大きく違った。
巨大な城を掃除しているのはグロースの一般兵……だけじゃない。
貴族であるランパード家が、全員率先して雑巾をかけている。
世界を仕切っているランパード家が一般兵と一緒に掃除。
しかも他の誰よりも率先して動いている。
その光景にバルハルト家は呆然とした。
世界のトップに君臨する一族が雑用?
ランパード家は掃除が趣味なのか?
それだけではなかった。
ルーインからの襲撃、その度に戦闘の最前線にいつも立つのはランパード家であった。
ある日、バルハルトは尋ねた。
「世界のトップに立ち、優雅な人生を確約されているのに、何故そんな下っ端がするようなことまでやるのですか?」
ランパードは笑顔で答える。
「俺達は世界を動かしているのじゃない。世界が俺達を動かしているのだ」
その時、バルハルトは何を言っているのか理解できなかった。
しかし、事あるごとに皆の前に立ち率先して動く姿に、ランパード家を理解し、次第に憧れ尊敬していった。
一時は世間から批判を浴びたバルハルト家も、ランパード家と同じ時を過ごすうちに認められ、気づけばグロースで二番目に勢力を持つようになっていた。
そんな時──大規模な内戦が起きる。
ランパードの地位を狙った輩が団結し、一丸となって紛争を起こした。
内戦事態はそれ程珍しいことではない。
しかし、今回は大きな問題があった。
現在のランパード家当主は病を抱えており、とても満足に戦える状態になかった。
ランパードを守るため。
昔では考えもしなかった。
だが、その一心でバルハルト家は必死に戦い、内戦を勝利に導いた。
内戦は終わったものの、戦いの最中に病が進行したランパード家当主は命の危機に瀕していた。
城の病室では、ランパードとバルハルトの一族が当主の安否を心配していた。
自らの命が長くないと悟った当主は、弱弱しく皆に告げる。
「私は直に死ぬ……次のグロースの司令官は私の息子に託す……バルハルト、息子を助けてやってほしい……」
息子を助けてほしい。
ランパードは死の間際、唯一信頼できたバルハルトにグロースと家族の命運を託した。
しかし、その言葉はバルハルトの心の奥に残っていた本質に語り掛けてしまうことになる。
(なんだ……結局、後継ぎは息子か……)
自分達はどこまでいっても駒だ、ランパード家を越えることは許されない。
このままでは、この秩序を一生変えることができないんだ。
(……ならば、ここで皆殺しにしてしまえ)
バルハルトの心に悪魔が語り掛けた。
信頼を得ていたバルハルトが、この病室で弱ったランパード家を奇襲するのは簡単な作業であった。
気がついたら部屋は赤く染まっていた。
そこに只一人立っていたのは、バルハルト家当主だけであった。
証人を残すわけにはいかない。
当主はランパード一族だけではなく、自分以外のバルハルト家も残虐した。
そしてこの事態を全て賊のせいにし、真実をもみ消して国民に発表した。
「ランパード一族とバルハルト一族は、私を残し皆死んでしまった。どうか、グロースを再建するために私に力を貸してほしい」
城から涙ながらに演説をし、国民の賛同を得た。
既に国民から信頼を得ていたバルハルトが、国民に認められるのは簡単であった。
こうして真実は闇の中に消え、グロースのトップにはバルハルト一族か、その推薦にあたるものが君臨するようになった。
レオは驚愕し、動揺を隠せずにいた。
「そんな、適当な話……だいたい真実は分からないはずだ! 過去の内戦についての書物はなにも残ってない。全部お前の作り話だ!!」
話を受け入れようとしないレオに、レイズは笑って返す。
「信用できないのも無理はないですね。ただ私は全て知っている、その時代を生きていたのですから」
「なっ……何百年も前の話だろ? 何言ってやがる!」
レイズの言葉にレオは困惑した。
「たかだか何百、私はレイズ=ミル=レバンテ。始創に作られし監視者。既に百億以上の時を生きています」