第10話 怒りの代償
──最深部へと続く長い階段。
その階段がある部屋は、中央広間を抜けた先にあり、そこにはリーンハインが待機していた。
ティナの創遏を頼りに、クロエがその部屋へとたどり着く。
「リーンハイン。お前がここにいるってことは、この先にティナがいるのは間違いないな」
「やっぱあんたが一番に来たかクロエ。俺も今回は真剣に戦うとするかな?」
やる気があるのかないのか。
マイペースなリーンハインを見たクロエは、戸惑うことなく王創を放ち創遏を高める。
「相変わらずのんきな奴だ。素直に通す気はないんだろ? さっさと終わらせるぞ」
クロエが作り出す漆黒の黒刀。
細い刀身の片側に刃がつく剣を緋剣と呼び、刃の長さは一般的に取り扱いのし易い一メートル強が普通だ。
しかし、クロエの作り出す緋剣は刃渡りが二メートルを超える。
その長い刀身に黒い王創が纏わりついた姿を前にした者に訪れるのは、確実な死だ。
クロエから放たれる殺気に臆することなく、青い王創を身に纏うリーンハイン。
「なんだ? 先を急ぐんだろ? この前、使いかけてやめた力を使わないのか?」
クロエはリーンハインを舐めていたわけではない。
だが、王喰を使うにも最深部に続く階段を破壊してしまう可能性がある以上、力をある程度抑えるしかなかった。
それを分かった上でリーンハインはクロエを挑発した。
「部屋を崩壊させるのを恐れているのか? 強大な力は時に不便なものだよな」
「ああ、まったくその通りだ……だがお前を倒さなければ先には進めない」
クロエが少し考えた後に、決心を決める。
「何を黙り込んでるのよクロエちゃん? そんなことしていたら、いつまでたってもお姫様のところには辿りつかない……」
リーンハインが笑いながらクロエをからかっていると、クロエが一つの法遏を唱えた。
二人が一つの空間に閉じ込められ、空間ごとキルネ本部の外まで一瞬で転送される。
「なっ……!?」
クロエのまさかの行動に、リーンハインは驚きを隠せずにいた。
「何考えてやがる?! もうすぐお姫様にたどり着くってのに、自分から振り出しに戻るを使うか普通?!」
クロエの王創が体内に集まっていく。
「あぁ……本意ではないがな……俺のすぐ後にはカイトがいる、ロラン達も来ている。ティナを最速で救うためには、俺がお前をぶちのめすのが一番早い」
自分の思惑と異なる行動に、リーンハインは焦るも直ぐに剣を作り出し戦闘態勢に入る。
「こんな大胆で合理的な行動。やっぱり弐王クロエ=エルファーナは俺と全然違うタイプだな」
クロエの周囲から王創が消え、片目が黒く染まる。
不気味な静寂が、リーンハインに圧力をかけた。
「さて、俺を散々コケにしたことを後悔させてやるよ」
リーンハインがクロエの動向を警戒する。
手足の動き、創遏の増減、空気の揺れ、その微かな変化も見逃さぬよう身構える。
瞬き一つせず集中するリーンハインの風格は、第一師団 団長を背負うに相応しいものであった。
創遏を高め、青くうねりを上げる王創は周辺の空気に重々しく圧力をかける。
辺り一帯の重力が、何倍にも重くなったかのような錯覚を与えた。
しかし、その圧力は同じ次元で戦うことのできる者同士で初めて意味を成すものである。
一瞬。
その言葉では表現できない程の刹那。
気がつくと、クロエはリーンハインの後ろに立っていた。
「なっ?!」
振り返ると同時に振り下ろされたクロエの剣を、間一髪で受け止める。
しかし、その強烈な一撃は地をも割る天変地異。
剣から放たれた衝撃波に、リーンハインは彼方まで吹き飛ばされた。
「くぅそがぁあぁぁ!!」
一撃でボロボロにされた体を振るい起こすリーンハイン。
体を起こしたリーンハインから、大量の冷や汗が流れ落ちる。
かなりの距離を吹き飛ばされたはずだった。
なのに何故だ、目の前にはクロエが立っている。
「嘘だろ……この距離を一瞬で移動したのか?! 俺が体を起こすのに一秒と経ってないんだぞ……」
リーンハインは絶望していた。
そう、まさに絶体絶命。
キルネの第一師団長を務め、今までに数々の強者との戦いを勝利に収めてきたリーンハインは、紛れもない猛者である。
命の危険こそこれまでにいくらでもあったものの、この絶対的なまでの絶望は初めて味わうものであった。
「俺は第一師団長……ルーイン最強の戦闘部隊、キルネの最高幹部だぞ?! ファンディングとこんな差があってたまるか!」
「違う……間違っているぞ、リーンハイン。お前の力はグロースの部隊長と比べても、明らかに上だ。一つ良いことを教えてやるよ。ファンディングの諺だ。神の怒りは天の制裁、弐王の怒りは世界の撃滅。神の怒りをかっても弐王の怒りかうべからず……なんてな?」
リーンハインが必死に剣を振り抵抗する。
「こんなバカなことがあってたまるか! 俺はエンド様の側近。こんなにもあっさり負けるなんてあってたまるか!」
リーンハインが限界まで創遏を上げ、剣を振りかぶる。
しかし、その剣が振り下ろされることはなかった。
剣を振り上げた刹那、静寂なるクロエの一撃がリーンハインの首を斬り落とす。
「リーンハイン、俺の怒りは高くついたな……」
クロエが王喰を収めると同時に、リーンハインが崩れ落ちる。
「だいぶ遠くまで来ちまった……さっきの場所まで空間転移で飛ぼうにも、城を覆う厄介な結界が邪魔しているな。さっきまでこんな結界なかったのに」
クロエは急ぎ、キルネ本部に向かった。
──キルネ本部を覆う結界。
その正体を知るためには、少し時間を戻す必要がある。
カイトがクウェンツと対峙していた時と同じく、別行動をとっていたロラン達がレイズとレオの前にたどり着いていた。
「レオ! しっかりして!!」
レイズの横に立つレオに向かい、アリスが叫ぶ。
アリスの声は届かず、レオはずっと遠くを呆然と見つめていた。
「無駄ですよ、レオの心は私が破壊しました。残っているのは、強い復讐心のみです」
高笑いするレイズに向かい、ロランが攻撃を仕掛ける。
しかし、その攻撃を遮るようにレオが割って入った。
「くそっ……」
レオを盾にするレイズに、中々近づくことができないでいた。
「一体レオに何をしたんだ!!」
ロランがレイズに憤激する。
「そうですね、ステージを盛り上げるストーリーが欲しいところでした。何故、彼がこのようになったのか教えてあげましょう」
レイズが前回の襲撃時に何があったのか話始めた。