第8話 魔獣
ロドルフとグラニアが共に武器を構え、じりじりとお互いの距離を縮めると、二色の王創が激しくぶつかり合う。
反発しあう王創は決して交わることはなく、淫らにうねりを上げる。
強者同士の戦いでは良く見られる光景であった。
『彩暴走』
いつからか分からないが、王創が舞い、美しく荒ぶるその光景を皆そう呼んだ。
王創の放つ色は、本人の奥底に眠る本質を表している。
闘志を表す 赤
静寂を表す 青
純粋を表す 黄
自由を表す 黒
正義を表す 白
慈愛を表す 桃
独裁を表す 紫
他にも数多の色があり、色によって人の心胆を知ることができる。
ロドルフが放つ黄緑には勇敢。
グラニアが放つ緑には自信。
ルーインの魔獣を従え、自分に絶対的な自信を持っていた魔獣の王は、別の王……弐王にそのプライドを粉々にされた。
そして、一度でも心の芯が崩れてしまった者がそのまま戦場に立つのは、無謀の一言に尽きるのかもしれない。
「いくぞロドルフ!!」
落ち目を感じる自身を無理矢理に奮い立たせ、グラニアが剣を構え突撃する。
グラニアが剣を振りかざすと同時に、ロドルフが巨大な斧を持っているとは思えないほどの超スピードで懐に入り込む。
しかし、それを見越していたグラニアが大きく口を開け、灼熱の獄炎を放つ。
獄炎に巻かれながらも、怯むことなく振りかざした斧がグラニアを捉えた。
横に割れた腹部から真っ赤な血しぶきが噴き出し、グラニアは地に膝を突く。
「何を焦っているグラニア。いつものお前ならこんな攻撃当たらんだろう」
炎に巻かれ多少の火傷を負ったものの、手応えのなさにロドルフが疑問を抱いた。
「クロエに怯んだ自分が許せないか?」
「……うるさいぞ」
明らかに動揺するグラニアは、虚勢を張ることしかできなかった。
「私は三千年前の神話で神に仕えた伝説の魔獣、鬼神グルグランデと人間の混合体。神の化身と謳われたエンド様以外の人間に、遅れをとるなどあってはならぬことだ」
「神に仕えたか……それなら臆するのも仕方ない。弐王は神をも超越した力を持つと意味して作られた称号。神に仕えていたことを自慢しているようでは、弐王と対等なステージに立とうなど片腹痛い」
人の精神が壊れる時、その時は案外呆気なく、そして突然にやってくる。
それまで、一つの王として君臨してきたグラニアの中で何かがプツンと切れてしまった。
「きさまぁ……貴様も私を愚弄するのかぁぁあぁ!!」
グラニアの肉体がどんどん膨れ上がり、もともと巨大だった体は一回り──いや、二回り巨大化した。
自我を失い、明らかに暴走状態に入ったグラニアがけたたましい咆哮を放つ。
「人間がぁああぁぁ!! 魔獣の王……このグラニア様に……たてつくなど……」
醜く変貌したグラニアがロドルフに向かい、拳を振り落とす。
ロドルフは振り落とされた拳を斧で受け止め、悲しみに満ちた瞳でグラニアを見つめた。
「グラニアよ、今のお前の姿は王でない……只の魔獣そのものではないか。この数年……幾度もお前とは剣を交えた」
拳を跳ね除けたロドルフは、少しだけ距離を取り、斧を両手で支え天高く構える。
「お前は我がグロースに甚大な被害をおよぼした憎き敵であり、そしてお互いに認め合った強敵でもあった。お前との因果、ここで断ち切ろう」
暴走するグラニアに向かい、ロドルフが静かに斧を振り落とす。
グラニアの斬撃によって禍々しく淀んだ空気が斬り裂かれ、一瞬の静寂に包まれる。
「ぐぅ……ぁ……ぁ……」
ロドルフの一撃で体が縦に真っ二つになり、グラニアの体が崩れ落ちる。
「さらばだ……魔獣の王よ」
グラニアの死体を背に、ロドルフはゆっくりとその場を後にした。
キルネの城塞に侵入したカイト達は、ティナとレオを探し、中央部へと向かっていた。
「なんて広い城だ、グロースの三倍はありそうだ。ティナさんとレオはどこにいるんだ」
巨大な城に戸惑いを隠せずにいたカイトをクロエが叱咤する。
「しっかりしろカイト、冷静に創遏を探ればティナの創遏は感じとれる。間違いなくこの先の最深部にいるだろう。不可解なのは、レオの創遏を全く感じとれないことだ」
クロエと同じく、ロランとリリーもレオの居場所を把握できないでいた。
しかしただ一人、アリスだけは何かを感じとっていた。
「こっち、こっちにレオがいる気がする……」
ティナの創遏を感じる方角とは別の方角を、アリスは指差した。
「アリス、レオを感じとれるのか?」
「ロランさん……はっきりとは分かりません。だけど、こっちにレオがいる気がするんです……」
クロエが立ち止まり、アリスに尋ねる。
「レオを感じるんだな?」
「……はい」
「よし、自分を信じて行ってこい! ティナは俺とカイトとナナで助けに行く。レオはアリス達に任せるぞ」
「いいのですか……?」
「ああ。本当ならティナの方は俺一人で十分だが、ナナがティナに会いたいだろうから、仕方なくカイトも連れていく。ロラン達と一緒にレオを連れ戻しに行ってこい!」
「はいっ! クロエさん、ありがとうございます!」
クロエの提案で部隊は二つに分かれる。
ティナの救出には、クロエ、カイト、ナナ。
レオの救出には、アリス、ロラン、リリー、エレリオが向かうことになった。
アリス達とはぐれ、先を急ぐクロエにカイトが愚痴を垂れる。
「俺がいらないってどういうことですか~」
「なんだ? 足手まといの自覚がなかったか?」
「は~、俺もクロエさんと一緒にいる時間が長いですからね。そんな低レベルな煽りはききませんよ」
カイトの傲慢な態度に、思わずクロエは笑ってしまった。
「はっはっは、カイトも中々図太くなったもんだ。初めて会った時は敵の襲撃にちびりかけていたくせにな」
「なっ! そんなことないですよ!!」
必死に言葉を返すカイトにナナも笑いをこらえられず、思わず笑顔になる。
「まったく、敵の本拠地だっていうのに二人はマイペースなんだから……」
程よく和んだ雰囲気のまま、三人は中央広間まで到達した。
カイトが辺りを見渡すと、中央広間には一人の男が立っていた。
その男を見て、カイトの顔つきが真剣になる。
中央広間に配備されていたのは第八師団 副師団長クウェンツ=ガルムードであった。




